第109話、予言の子
養父であるペルパジア大臣とお話しして終わりだと思っていたジュダ。だが現実には、またまた王のプライベートな菜園に呼び出され、不愉快にも彼の顔を拝むことになった。
「まあ座れ」
ヴァーレンラント王はベンチを指さした。
何故、国王と同じベンチに座らねばならないのか。不機嫌さを顔に露骨に出しながら、ジュダは少し距離を置いて座った。
王と同じ席につけるなど、あり得ないことだ。しかし、それをありがたがるような好感度を持ち合わせていないジュダである。
だがわかることはある。この距離だとレギメンスの黄金のオーラが感じ取れるということ。王のオーラに敵意はないが、緊張しているようだった。
よくもまあ宿敵であるスロガーヴを同じベンチに座らせられるものだと、呆れとも感心ともとれる複雑な心境になるジュダだった。
「貴様を、ラウディは騎士として選んだ。わかっているな?」
「ええ」
そんなことを言うために呼んだのだろうか? あるいは、ジュダの正体を知らず、自身の騎士にと取り立てたラウディの決定を覆させるための説得だろうか。
「ラウディは、しばらく王都を離れる。貴様もついていけ」
「はい……?」
王都を離れる、とは初耳だった。じっとヴァーレンラント王が視線を向けてきているのに気づき、ジュダは正面に顔を戻して頷いた。
「わかりました」
「彼女の周りは、物騒過ぎる」
「同感です」
ここ最近の事件――王子暗殺絡みが多すぎる。これにはジュダも、ヴァーレンラント王と同じ意見である。
「王都を離れるというのは? 自分はまだ説明を受けていないのですが」
「南に、私の直轄地があって、そこに別荘があるのだ。周囲から隔離された王族のプライベートな環境なのだがな……。ラウディにそこで三週間ほど、休みを与えたい」
隔離された環境と聞いて、いよいよスロガーヴである自分を排除にきたか、と内心身構えたジュダだが、ラウディに三週間ほどの休暇と聞いて、耳を傾けるのを継続した。
「学校では、ラウディの人気が苛烈化しているらしいな」
「ええ、モテモテですよ」
よかったですね、と皮肉れば、王はそっぽを向いた。
「そんな状況だから、あれにも休養が必要だと思うのだ。隔離された環境であれば、あれが本来の性別で羽をのばしても、咎める者はおらん」
「王子ではなく、女の子として」
「そういうことだ」
ヴァーレンラント王は正面をじっと見つめた。
「貴様は、あれの性別を知っておるだろう? だから、あれを見守ってやってくれ」
「……言われなくても、守りますよ」
わざわざ念を押されなくても。
「それはそれとして、ラウディの婚約問題はどうなされるおつもりですか?」
ジュダは問うた。
「少しの休暇で状況が変わるとも思えませんが」
「何か名案はあるか?」
王の言葉に、ジュダは思わず彼の横顔を見た。
「本気で聞いているんですか?」
「何か意見があって言ったのかと思ってな」
「私にわかるはずがありません」
ジュダは顔を逸らした。
「そもそもが、王族の話ですから。何故ラウディが男として育てられているのかわからないのに、他人である私がいくら知恵を絞っても意味はないでしょう」
「……予言だよ」
ボソリとヴァーレンラント王は告げた。
「予言……?」
「そうだ」
遠い目になるヴァーレンラント王。その視線は空へと上がっていく。
「我が王家では、子が生まれる前に術者が占いをする。悪いことがありませんように、よいことがありますようにと願いを込めて。……だがどうにも悪い影がちらつき、術者がその原因を探るためにより深いところへ潜った。そこで、一つの予言を受けた」
生まれる前の占いはわからないでもない。だがそこから予言とは……。しかもそれを真に受けているのか。そう思うと、何とも馬鹿らしい話だとジュダは思った。それはつまり――
「予言で、ラウディは王子として育てろ、とでも言われたのですか?」
その予言に従って今があるとすれば、それで性別問題を抱えることになったラウディが、かわいそうではないか。
「予言はこうだ。『ヴァーレンラントの王よ。次に生まれるそなたの子が、男であるならば、魔を打ち払う偉大な王となる。娘であったなら、その娘は魔王の嫁になる』のだそうだ」
「は……?」
魔王。それはスロガーヴの伝説とは別の、魔族を従え、世界を滅ぼそうとした魔の王。時々スロガーヴと混同されることがあるが、スロガーヴは闇の魔獣と呼ばれるのが一般的であり、魔王という印象はない。
「馬鹿らしいと思うか?」
「ええ、はっきり言えば、そう思います」
ジュダは真顔を崩さない。
「でも、信じたんでしょう? 予言なのですから。そして実際に生まれたのは、女の子だった……と。予言が本当なら、ラウディは魔王の嫁になってしまう……」
「魔王という眉唾な存在とて、実際にそれが現れてしまったら運命は避けられなくなる。我が娘を、魔王の嫁にするつもりはなかった。だから私は術者に相談した。どうすれば、それを回避できるか。……ラウディを、守れるか」
「その結果が――」
「男装させ、男――王子として育てることだった。ラウディが二十を迎えるまで王子でいられたなら、魔王の嫁にならなくて済む」
「何故、二十なんですか?」
「……魔王は、二十までの娘しか嫁にしないのだそうだ」
ヴァーレンラント王の言葉に、ジュダは何とも言えない顔になった。
無茶苦茶な話だ。正直、信じられない。いるかもわからない魔王は、二十までの娘しか妻にとらない?
「それ、騙されていませんか? それか、あなたが私に嘘を言っているのでは?」
「嘘だったら、よかったのだがな」
国王は疲れた表情を見せた。
「実に馬鹿げた話だ。そう鼻で笑った結果、国が傾いた前例は少なくない。どんなに馬鹿げた話でも、予言である以上、無視はできん」
そう語る王に、ジュダは口を閉じる。凡人には理解できない話だ。しかし魔王なる存在に、ヴァーレンラント王家が妃を出すなどあってはならないこと。また国の命運、民の命を考えれば、魔王と関わり合うことなく済ますために、やれるだけはやらなくてはならかった、と王は言った。
「……何でラウディなんだ」
ジュダは思わず呟く。ヴァーレンラント王は薄く笑った。
「私もこの十八年ほど、ずっと同じセリフを繰り返したよ。だが、答えはでなかった」
「何故、この話をしたんですか?」
王家の、国家機密であるラウディの性別問題。その真相を、何故部外者であるジュダに語ったのか。
「貴様はもう関係者だ」
ヴァーレンラント王は顔をしかめ、正面を睨みつけた。
「ラウディを守る騎士だ。彼女が選び、貴様もそれを受け入れた。であるからには、万が一の事態になった時、貴様にも責任を果たしてもらう。スロガーヴ、もしもの時は、魔王を討て」
「……それは、光の一族であるレギメンスの役割では?」
魔王退治などは――そう言うジュダに、王は皮肉げに返した。
「彼女の騎士となった以上、貴様は彼女と共にある。つまりその時は魔王退治の道連れということだ。これ以上の説明が必要か、スロガーヴ?」
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