第108話、休暇命令


 ヴァーレンラント王の執務室に呼び出されたラウディにとって、王はいつものように厳めしかった。


「油断だぞ、ラウディ」

「申し訳ありません」


 騎士学校の貴族トイレにおける待ち伏せ事件は、王の耳に届いていた。ラウディの性別問題にかかわる秘密が露見する危機だったと思えば、ヴァーレンラント王が心配になるのは当然だった。


 油断だったと言われれば、その通りなので、ラウディは言い訳しようがない。

 かつては、まずメイアが確認し、安全を確認したのちラウディが使用したのだが、ここ最近では、確認は端折りになりがちだった。

 それよりも外部に不審な動きがないか警戒していたから、トイレに関して確認が疎かになっていた。


 催眠魔法による暗殺未遂など、ラウディの身に危険が降りかかっていたから、それらの方により警戒が向いていたというべきか。国王としても、ラウディの安全に気をつけていたから、今回の件もかなりヒヤリとさせられたのだった。


「さすがに、メイアが優秀とはいえ、一人では限界があろう。人員は増やす」

「はい……」


 護衛を増やすということは、少なくとも強制退校はなしということだ。ラウディはそう解釈し、内心ホッと一息ついた。

 あまりゴテゴテとした護衛を引き連れていくのは、息が詰まるのでできれば遠慮したいが、このところの事件の連続を思えば増員もやむなしとラウディも思っている。


 周りの生徒を威圧しないよう、交流の妨げにならないようにという配慮のメイアのみだったが、何度も命を狙われれば彼女の気も変わる。


 それに、最大の関心事だったラウディの忠臣たる騎士候補はすでに見つけたので、実のところ退校になってもまだ救いはあった。


 今回のトイレ待ち伏せ事件は、王子としては恥ずかしいトラブルではあったが、王の指摘通り、油断せず手順通りにやっておけばこうはならなかったことは事実だ。油断なきようやっていかねばならないと、反省するところではある。


「しかし――」


 ヴァーレンラント王が窓に歩み寄る。


「だいぶ、学校生徒たちは浮ついているようだな」

「はい。……ソフィーニアの件がありましたから」


 操られたお姫様を命懸けで救おうとした王子様。男をみせてしまったラウディであるから、女子貴族生からの好感度アップを狙ったアタックが過熱している。……なおその王子様は、女であるが。


「少し冷ます必要がある。……そうだな」

「はい……」


 ラウディは体が強張るのを感じた。嫌な予感がする。もしかしたら適当な縁談をでっち上げて、周囲を牽制するとか、そういう考えが浮かんだが、それはないかと思い直す。


 ラウディが女であることを思えば、ニセの縁談は、事実を知っている者が無難になるが、適切な相手がいるとも思えない。

 または性別問題を知らないまま相手を作った場合、その令嬢が勘違いし、ソフィーニア・イベリエ姫と同じようなトラブルを引き起こさないとも限らない。


「少し、学校を離れるべきだろうな……」

「父上、それは……」

「別荘で休暇というのはどうだ?」


 そっけなく、ヴァーレンラント王は告げた。


「最近色々あって疲れてもいよう。二、三週間くらい学校を休んで、心身ともリラックスしてくるとよい」

「あ、ありがとうございます……」


 一瞬、僻地に飛ばされるとか悪い予感がしたが、二、三週間という期限を言われたことで、幽閉や隔離ではないとわかり安堵する。父親として、子を心配しての休養提案だろう。


 リラックスするというのは悪い話ではない。思えば色々面倒な事件に巻き込まれた。

 が、一つ気がかりはある。


「父上、よろしいですか?」

「何だ?」

「別荘での休暇はいいのですが、護衛の人選は……。その――」


 ジュダを誘ってもいいのか、ラウディはそれを口に出すのを躊躇った。

 ラウディとしてはジュダとは相思相愛。表向き王子と騎士の関係だが、ラウディが王都を離れるなら、彼にも同行してほしかった。……ずっとそばにいてくれると、約束したのだから。


「……私の騎士も、同行させても?」

「……」


 すっと、ヴァーレンラント王は息を吸い、視線を王都へと向けた。心なしか表情が渋くなったように、ラウディの目に映った。


 ――父上は、ジュダのことをよく思っていないかもしれない。


 顔合わせは済んでいるし、話もしているはずだ。以前、王城にジュダが呼び出され、王と面会しているのも知っている。……その時のことを、ジュダは意味深に、ラウディを頼まれたと言っていた。

 そのジュダは、父王のことをよく思っていない。そういうところで実は、無礼を働いて王の機嫌を損ねたのではないか、と不安になる。


「それは、あやつ次第だろう」


 ようやくヴァーレンラント王はそう言った。決めるのは自分ではない、と言わんばかりだった。……一言命令してしまえば早いのに、とラウディは思った。王であるなら、それが可能だ。


 ただ、それをしないのは、ラウディが自分の騎士にとジュダを選んだことへの配慮かもしれないとも思う。自分の騎士に命令できるのは、その主だけ。国王といえど、ラウディを無視してジュダに命令はできない。……もっとも、正式に発表されたわけでもなく、今のところはどうとでもできてしまうものではあるが。


「……ちなみにだが、ラウディ」


 ヴァーレンラント王は、改まった。


「貴様のいう騎士。あやつとは、どこまで関係は進んでいるのだ?」

「はい?」


 唐突な質問に、ラウディは固まった。どこまで関係が進んだ、とは? 彼に気持ちを打ち明け、彼もまたその好意を受け入れてくれた。世間体があるから、恋人などと口が裂けても言えないが、実際のところは、異性との恋愛関係になる。


「もしや、体を許した、などとは言わぬよな?」

「か、体っ!?」


 素っ頓狂な声が出た。ヴァーレンラント王はどこまで知っているのか? そこまで来ると廃教会の告白の件も知っているのではないか?


「な、何をおっしゃるのです、父上! そ、そんなこと、あるはずないではありませんか!?」

「嘘はついていまいな……?」


 敵を射殺せるくらいの鋭い目を向けてくる父王である。

 心外である。だが一瞬、彼に抱きしめられる自分を想像してしまい、ラウディは赤面してしまう。


 ――ない! まだ、そういうのはない! 抱いてほしいけれども!


「嘘はついていません……!」


 別の意味で、ちょっと悔しく思うのは何故なのか。嘘をつかなければいけないほどの過剰な接触は、いや普通の触れあいですら、まだ、である。

 果たして自分はどんな顔をしていたのか。ラウディに対して、ヴァーレンラント王は気まずそうに背を向けた。


「そうか」


 とだけ、王は呟いた。

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