第107話、ルーベルケレス家の書状
手紙をもらった翌日、ジュダとラウディは王族専属馬車で王城へ向かった。
ラウディは、呼ばれた理由に思いを馳せ、まさか退校になるのでは、と緊張していたし、ジュダの本音を言えば、やはり王城に行くのは憂鬱そのものだった。
いっそ学校の方に来てくれたら、などと思うジュダだが、相手は国王と大臣では、どちらが出掛けるべきか言わずもがなだ。
とはいえ、緊張の原因である父王に会うラウディと違って、ジュダが会うのは養父であるペルパジア大臣なので、そこまで悪いものではない。……将来について、というのが嫌な予感をさせるのではあるが。
王城に到着し、途中、ジュダとラウディは、相手が違うので別れる。
「それじゃ」
ラウディの顔が引きつっていた。父親のことを尊敬しているという普段の言動がありながら、どうして青ざめているのか理解に苦しむジュダである。
ジュダは、大臣の部屋を訪れ、ペルパジアと面会した。
「よく来た。前回会ってから、さほど経ってはいないが……元気かね?」
「おかげさまで。
「悪くない。よくもないがね」
「何か問題が?」
「大臣という立場にいるからね。相も変わらず国に関わる問題が山積みだ」
「それは、大変ですね」
ジュダは同情した。騎士学校でのんびり生活している間に、世界では色々なことが起きている。それは喜ばしい話もあれば、面倒もあって、また悲劇もある。
だがその全てを知る術はないし、その必要もない。いかにジュダがスロガーヴであろうとも、手の届く範囲のことしかできないのだ。
普段会うと忘れがちだが、ペルパジアは大臣であり、本来は多忙のはずだ。なので、ジュダは、さっさと本題に入ることにした。
「それで、私の将来の件とは?」
舌の先がざらついた。ジュダの正体が人間ではなく、スロガーヴであることを知るペルパジアである。王の命を奪えとけしかけられたこともあるから、やはりいい予感はしない。
「ふむ。……つかぬ事を聞くがジュダ、今、君は誰かに恋愛的な感情を抱いているかね?」
ペルパジアは、天気のことを言うようなさりげなさだった。だが言われたジュダはドキリとさせられた。
まったく予想していなかった。まさか恋愛事情につっこまれるとは。しかも間の悪いことに、ジュダは、ラウディに対して好意を抱いている。彼女とも、何もなければ恋仲といってよい。
しかし、スロガーヴとレギメンス。その敵対関係を考えれば、身分の問題を差し引いても口にすべきことではないことは明らかだった。……たとえ、秘密を知っている養父であっても。
「……いえ。特には」
「そうか。それはよかった」
よかった?――ペルパジアの言葉を、ジュダは怪訝に思った。もしや自分とラウディの関係を恋愛感情ありと疑っていたのではないか。
「いや、君にとってよい話かと言うと、あまり自信がないがね。何せ君は、貴族嫌いだろう?」
「……ええ、まあ」
ますます警戒する。貴族嫌いの指摘は、本当のところだ。人それぞれ、中にはよい貴族もいるだろうが、あまり好意的ではないのは確かだ。
「ちなみに、君は将来のことをどう考えている? ……つまり、家庭を持つことについて」
「家庭……」
考えもしなかった。ジュダはしばし宙に視線を彷徨わせる。ここ最近まで、母の仇討ちに燃えて、将来のことなど考えていなかった。
ラウディと出会い、その復讐について棚上げとなり、彼女を守ることに考えは移った。互いに結ばれない関係だが、より友情と深めてやっていこうと思っている。ペルパジアのいう恋愛的な感情も多分に含まれているだろうが、結婚しなくても関係は育めると考えている。
「一生独身を貫く気なら別だが、やはり君も人間なのだから、異性に恋をしたり、家庭を持つこともあるだろう」
スロガーヴは化け物ではなく、人間の特別変異である――それがペルパジアの持論である。だから、ジュダが人間として生きていく、普通の家庭を築こうとしても、それは当然だと考えていた。
しかし、ジュダとしては、スロガーヴが関わって、幸福な家庭など築けるか多分に疑っている。世間がそれを許さない。正体を隠しながらのそれは、ストレスであり、相手にも悪い。状況によっては家庭そのものが不幸になる。
それはないと言うのであれば、何故母が処刑されたのか、納得できるまで説明してもらいたいものだとジュダは思うのだ。
「将来の話というのは、家庭の話ですか?」
淡々と事務的なジュダに、ペルパジアは皮肉げに笑みを浮かべた。
「私も世間の父親らしいことをしないといけない。君の
ペルパジアは一枚の書簡を差し出した。ジュダはそれを手に取った。
「拝見します」
内容に目を通す。――ルーベルケレス家?
サファリナの実家。侯爵家からの書状だった。ますます嫌な予感がしてきた。これまでの彼女に対しての振る舞いに対しての苦情だろうか。そんなネガティブな感情を持ちながら、字を追っていくと……絶句した。
ちら、とペルパジアを見れば、彼は生暖かい目を向けていた。ジュダが読み終わるのを待っているが、内容については知っているという顔である。
――将来のこと、ね。
ジュダは一息をついて書状より顔を上げた。ペルパジアは微笑する。
「感想は?」
「頭が悪いのかな、と思いました。いや失礼。その、動揺しています」
「だろうね」
ペルパジアは悪戯っ子のような目を上目遣いにした。
「で……?」
「間違いであってほしいとは思います。まさか貴族の――しかも、侯爵家からのお声掛けとは」
冗談ではない。ジュダは首を横に振る。自分はただの騎士生徒であり、普通に考えても平民というところだ。それがまさか――
「貴族の婚約とは同格か、せめて一階級差の家柄でやるものだと思っていました」
「その解釈は正しい。一般的には、そうだな」
「私と彼女の家では、どれだけ階級差があるんですかね?」
皮肉の虫が顔を覗かせたが、ペルパジアは楽しそうだった。
「滅多にないことではある。あのルーベルケレス侯爵家からの婚約話。しかし身分とは言うが、君は世間では上位騎士生であり、王族の命を幾度も救った英雄という評価だ。そんな有望な人材を、貴族が取り込もうとするのは、ない話ではない」
特に、とペルパジアは腕を組んだ。
「ルーベルケレス侯爵家は、王族に対して忠誠と高い献身を持つ家柄だ。王家を守るための騎士を自称するなら、すでに君はかの家から目をつけられるだけの逸材ではある」
「……」
ジュダは改めて書簡に目をやる。
ジュダ・シェードと、サファリナ・ルーベルケレス侯爵令嬢との婚約。その件について、話がしたいので、ぜひ我が家にきてほしい、と丁寧に書かれていた。
「言っておくが、まだ世間には公表されていない話だ」
ペルパジアの発言に、ジュダはすかさず返した。
「では、お断りしても、世間に対する評判、家柄には傷はつかないということですね」
「相手の家のプライド以外はな。まあ、話を聞くだけ聞いてくるといい。一応、招待されているわけだからね」
無視は一番よろしくない、とペルパジアは言った。ジュダはあからさまにため息をついた。
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