第106話、呼び出し手紙


「王子殿下、午後の紅茶は如何でしょうか? 美味しいお菓子がありますの」

「ラウディ様、よろしければ槍の使い方を教わりたいのですが!」

「ラウディ殿下、歴史の講義でわからないところがありまして、歴史の得意な殿下に勉強を見てもらいたいのですが――」

「ラウディ様!」

「王子殿下!」


 隙あらば、声を掛けてくる貴族出の女子騎士生たち。


「ごめんね。申し訳ないけど、私はジュダと約束があるんだ」


 ラウディは、そう言って、女の子たちの誘いを断る。


 ――いつから俺は、王子様の保護者になったんだ……?


 ジュダは思わずにはいられなかった。何人かのご令嬢からは、恋路を邪魔する厄介者として睨まれそうである。


「本当、モテモテですね、ラウディ」

「皮肉か?」


 拗ねたような顔をするラウディ。ジュダは苦笑する。


「……だとよかったのですが」

「本当にね……」


 げんなりとするラウディである。眉目秀麗、成績優秀、武芸もそこらの騎士生に勝る。少々女性的、否、中性的な顔作りだが、そこがまた美形と評判の王子様である。


「でも、ジュダがそばにいてくれると、接触は減るから助かるよ」

「だといいのですが」


 あいにくとジュダは最近の活躍もあって、かつての嫌われ者は返上。上位騎士生として敬意を払われ、尊敬される口である。防壁としての効果は以前より落ちている。


「本当、どうしてまたこんなに……いや、原因はわかってるんだけど」


 ソフィーニア姫殿下の件。イベリエ魔法国の姫が操られ、騎士学校を攻撃した際の立ち回りのせいだ。


 元婚約者といえ、一度は刺され怪我をした身ながら、姫の窮地に率先して立ち向かい、情熱的に彼女を救った王子様。

 ……如何にも王子様に憧れる女の子が好きそうな美談だ。義理堅く、一途で、勇敢。これで美形で王子とくれば、言い寄る女性が増えるのも仕方がない。


 だが残念。王子様は『女』だ。ご令嬢方と結婚しても、子供はできない。


 寮に帰り、ジュダは、ラウディを部屋まで送る。トイレにも待ち伏せしていた生徒がいたのだ。寮の部屋の前で待っている騎士生がいるかもしれない。

 しかし部屋の前には、ラウディ専属のメイドであるメイアが立っていた。この表情に乏しい魔法戦士がいれば、部屋の前の出待ちは実質、不可能かもしれない。


「お帰りなさいませ、ラウディ様。……そしてジュダ様」


 メイアが、王族専属メイドに相応しい所作で一礼した。


「お二人に王城より手紙が来ております」

「手紙?」

「俺にも?」


 ラウディ、そしてジュダは顔を見合わせた。王城からと聞いて、思いは違えど二人は渋い表情になる。


「……トイレの件が伝わったかな」


 というラウディ。性別発覚を恐れているのはラウディだけでなく、その父親である国王も同じ。もしバレそうというのであれば、学校から彼女を引き上げさせることもあり得た。


 ジュダはジュダで、城から『誰が』手紙を寄越したかが問題だった。養父のペルパジアならばよい。しかしもし、ラウディの父、すなわち国王だったなら、触れるのも嫌だった。幸い、封蝋はペルパジアからだった。


「どうぞ、部屋の中でご確認ください」


 メイアに言われ、ラウディはもちろん、ジュダも王子様の部屋にお邪魔することになる。メイドのいれるお茶を、優雅に飲みつつ、それぞれ手紙を開封して確かめる。

 黙読する二人。先に顔を上げたのはラウディだった。


「城に戻れ、だって」

「まさか、退校ですか?」


 王子専用トイレに、女子騎士生が侵入したことがやはり問題になったか。ラウディの性別発覚の危機だったから。


「そこまではわからない。ただ話があるから、戻ってこいって。……最悪の展開はそれだけど、他の話かも」

「他に心当たりはあるんですか?」

「……さあ、すぐには思いつかない」


 ラウディは唇をお茶で湿らせた。一息ついた彼女は、向き合う形のジュダを見た。


「君の方は?」

養父おやじ殿から、俺の将来のことで話があると。実質の王城への出頭命令ですね。内容は会ってから話すと」


 正直、レギメンスの国王がいる王城に、のこのこ行くなど、養父殿の頼みでも御免蒙りたかったが。


 彼が裏切るとは思えないが、ジュダがスロガーヴであることを知る国王が、罠を張っている可能性もなくはない。ラウディの手前、強硬手段に出ない国王だが、事情が変わればいつ牙を剥いてきてもおかしくない。


「気になるな」


 ラウディは顎に手を当て考える。


「ペルパジア殿の、こういう言い回しに心当たりはあるかい?」

「いいえ。まったく」


 そもそも将来の話とは何だろうか。かつて、彼は主であるヴァーレンラント王を暗殺しろ、とジュダに告げたことがある。母の復讐に動きつつ、ジュダがどこか躊躇っているフシを見て、背中を押してきたのだ。


 国王の罠でなければ、ペルパジアが、王を暗殺しろと再びけしかけてくるのではないか……?


 彼は以前、このままでは王国は亜人差別主義者と亜人による戦争に突入すると予言した。それを止めるため、現状を収められない王を排除し、ラウディを王にすることで、王国再建を行おうと言った。ジュダが王の暗殺を棚上げしてからは、何事もないように振る舞っていたが、いよいよ動き出してきたのではないか。


「ジュダ?」

「いいえ。……何でも」


 深刻な顔をしたジュダを、ラウディは心配そうな目を向けてきていた。将来の、という文言が気になるが、実際聞いてみれば、そこまで深刻なものではないかもしれない。

 一応、王からの罠の可能性を踏まえ、養父殿がそれを知らせるべく秘密の暗号を文章に隠していないか見てみたが、そういうのはなさそうだった。


「呼び出しはいつになってます?」

「明日。ジュダは?」

「俺も明日ですね」

「そう。じゃあ、一緒に行こうか」


 ラウディはしかし真顔だった。


「悪い話じゃないといいんだけどね……」

「同感です」


 同じ日に呼び出されたものの、特に一緒に来いなどと書かれていないので、話の内容はそれぞれ別件だろうことは推測できる。

 問題はやはり、その内容だ。この平穏な学校生活の終わりではないと思いたいが、果たして。

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