第93話、教会の誓い
イベリエ姫の来訪と騒動は、激動だった。
ジュダとしては思い返したくもないこともあるが、養父であるペルパジアに問われれば、答えないわけにもいかない。
「すまないね、ジュダ。大まかには聞いているが、今後のことも考えれば、詳しく確認しないといけないからね」
「わかります」
まずは学校上げてのお出迎え。我らがラウディ王子とイベリエの姫君の関係を知る者からすれば、元婚約者が、復縁を願ってやってきたのは、一目瞭然だった。
事実、ソフィーニア・イベリエは、その童顔ながら発育のよい姫君で、かつ積極的だった。再会直後、皆の見ている前でラウディに抱きついたり。
「それは過激だったね」
「ええ、まあ……」
これには他人事にあまり関心を示さないジュダはもちろん、リーレも呆れていた。
「ラウディは性別の秘密を守るために、ソフィーニア姫に対して、友人としては歓迎するが、恋愛感情はお断りというスタンスでした」
「うむ」
だが、ソフィーニアの勢いは、騎士学校到着したその夜にうちに、炸裂した。何と領内に睡眠効果のある魔法薬をばらまき、ラウディの部屋に押しかけたのだ。
ジュダが聞いた話では、ラウディはソフィーニアにベッドに押し倒されたらしい。異変を嗅ぎ取ってジュダが駆けつけなければ、ラウディの性別が露見していたかもしれない。
その日はラウディは部屋に戻れないので、ジュダは部屋に泊めたが……。思い返すと、色々と複雑な気分にさせられた。
着替えがないというラウディに、シャツを貸したり――案の定ブカブカだったが――、ベッドを貸したりて寝ずの番をしたが、彼女の『女』を意識してしまい、ジュダはモヤモヤさせられた。
「……」
「――翌日以降も、ソフィーニア姫のアピールは続きました」
「彼女は彼女なりに、王子殿下に気に入られようと努力していた、と」
「ええ、ただ、かなり空回りしていましたが」
それで効果が薄いとみたら、ラウディの気を引くためか、ジュダに矛先を変えて王都デートを提案したりと、王子様の嫉妬心を煽ろうとしてきた。
野次馬でいられればよかった――それがジュダの本音だった。だが、国王からもラウディを守ってほしいと頼まれているので、仕方なくソフィーニアの誘いに乗って王都案内をした。
そこでのジュダの感想は、ソフィーニアは真面目で可愛らしい女性だということ。ただ相手が特殊な事情を抱えたラウディだったのが、運の尽き。
それがなければ、彼女の恋を応援してもよいと思えるほど純真で、健気だった。あと読書家で、ジュダと話が合うのも彼女を贔屓目にみて好感を抱いた要素かもしれない。
そのまま、お姫様の滞在期間をのらりくらりと躱せればよかったのだが、事件は起きた。ソフィーニアが、ラウディを刺したのだ。
「起きてしまったね」
「ええ。肝を冷やしました」
ラウディを守れなかったことが許せなかったし、彼女を失うのではないかと恐れた。
幸い、手当が間に合い、ラウディは一命を取り留めた。だが、ジュダの中で、彼女が大事な存在であることを確かめる結果となった。
「そこからは無茶苦茶でした」
ヴァーレンラントとイベリエ両国に戦争をもたらそうとする者に操られたソフィーニアが、その強大な魔法を使って騎士学校の敷地内で大暴れした。
「ラウディは、ソフィーニアが操られているのなら助けなければと無理をした……。彼女を殺すことは、戦争を起こそうとする者たちの思う壺だと言って」
そういうところは妙に勘がいいラウディだ。
「まだ怪我が完治してはいなかっただろう?」
「そうです」
ジュダはそんな彼女の意思を尊重しつつ、ソフィーニアの魔法から王子を守り、道を切り開いた。
それから王子様は、悪い魔女に操られたお姫様を助けました、と、お伽話のような展開で、ラウディはソフィーニアの洗脳を解いて救助した。一件落着、はまだ早かったが、ラウディの出番はここまで。
事件の裏で暗躍していた者たち――ソフィーニアの護衛隊長だった女騎士と、それに繋がる貴族を、ジュダ――仮面の騎士が討ち、事件はひとまず終局を迎えた。
ペルパジアは鷹揚に頷いた。
「何はともあれ、よくやってくれた。事件の背後にいる者たちの捜査は、こちらでも進めておく」
「お願いします」
ジュダは言ったが、そこで顔をわずかにしかめた。
「どうしたね?」
「いえ……。何でもありません」
ソフィーニア姫の事件が終わった後、しかし、ジュダにとっては、また一波乱が待っていた。
ラウディの妹、フィーリナ・ヴァーレンラント姫に呼び出されたである。
・ ・ ・
お姫様との面識は、ジュダにはなかった。王国一の美姫という評判は耳にしていたが、ラウディの妹なのだ。それは美しいだろうと思う。
メイアに連れられて行った先は、王城ではなく、王都内の寂れた教会だった。
そこにいたのは、創立記念祭で、ラウディが『お姫様の仮装』をした時のドレスをまとった、ひとりのお姫様。
背中を向けていて顔は見えないが、話の通りなら、彼女がフィーリナ姫――なのだが、ジュダの目は誤魔化せなかった。
「いつものように、呼び捨てでいいですよ。……ラウディ」
ざわざわ女装して待ち合わせとは、綺麗だと思う反面、嫌な予感もした。変に緊張するジュダだが、それ以上にラウディも緊張していた。……そんな彼女が愛おしいとジュダは思った。
「その、とても大事な話なんだけど……」
深刻そうなのは見ればわかる。しかし女装してのそれは、果たして何なのか。警戒するジュダに、ラウディの薄い桜色の唇が動いた。
「ジュダ……」
「はい」
「愛してます」
「!?」
「わたしは、ジュダ・シェード、あなたを愛しています」
ジュダは思考が止まるほどの衝撃を受けた。何だこれ何だこれ――動揺するジュダの内心をよそに、ラウディは、いかにジュダを愛しているのか語り出した。
ジュダのいいところも悪いところも、喜怒哀楽を交えて語るラウディ。初めての恋。創立記念祭でドレスを着たのは、相手がジュダだから云々。全部ジュダのせいとも口にした。
ソフィーニアが、気を引くためとはいえ、ジュダを誘った時、どれほど悲しかったか。操られた彼女に刺され、命を失いかけ、この想いを伝えずに死ぬのは嫌だとあがいた。
だから、ラウディは決めたという。自分の気持ちを素直にぶつけようと。
「わたしはあなたが好き。大好き。……愛してる。心から」
ラウディの微笑みは、太陽の如く輝き、ジュダの冷え切っている心を優しく温めてくれるようだった。だがスロガーヴとレギメンス――ジュダは彼女の想いに応えることは……。
だが、先に言ったのは、ラウディだった。
「わたしは、この国の王子なの。いずれヴァーレンラント王国の王となる身。どれだけ殿方に想いを寄せようとも、それは叶わない身。だから、この気持ちは
ラウディは想いを告白した。だがそれが叶わないことを承知の上で。ジュダが思っているものとは別の理由で、しかし彼女は伝えずにはいられなかったのだ。
気丈に振る舞っても、その悲しそうな顔、涙を見れば、彼女は辛いのだとジュダにもわかった。
この時ほど、スロガーヴである己の体を呪いたくなったことはなかった。好きな女ひとり抱きしめることもできないなんて。
王になる決意を固めた彼女。自分がその代わりができたら、と思った。しかし呪われたスロガーヴが表舞台に立つことはない。まして、正体が露見してスロガーヴと懇意にしていたことになれば、ラウディの身も危ない。
だから本当のことは言えない。けれども、彼女の気持ちに対する答えは出さなくてはならない。胸が痛んだ。何故そうなるのか、理由はわかっている。
「ラウディ、あなたのことが好きです」
「!?」
簡単なことだ。ジュダもまた、ラウディを愛しく想っている。だから、触れられなくても、抱きしめられなくても、気持ちは伝えたい。彼女が愛していると伝えてくれたように。
「我が姫君。あなたの望む時、望む場所……どこまでもお側にいます」
覚悟をした彼女を支えるために。
「あなたの、騎士として」
「騎士……」
それは、ラウディの覚悟に対する答え。どんな時でも守るという誓い。気持ちを伝えるだけ伝えて、悲恋に終わると思っていた彼女を救う言葉。
「約束よ。わたしの傍にいてよね。……ずっと。わたしの騎士様」
「はい、お姫様」
ジュダは深々と頭を下げた。
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