第94話、監督役ジュダ


 イベリエ魔法国のソフィーニア姫が帰られた後、校舎が一部破壊されたこともあって、三度、エイレン騎士学校は休校となった。


 騎士生による反乱未遂事件――狐人の魔術師による洗脳騒動から、さほど日が経ってない時期に、またも起きた事件。


 多くの騎士生――とりわけ貴族生たちはそれぞれの家に帰省していたが、家が遠方過ぎたり、帰る場所がない騎士生やペイジ科の生徒たちが、学校には残っていた。


 そんな騎士学校にあって、校庭に響くは模擬剣や槍がぶつかる音だった。

 下級騎士生たちが、手にした得物を振るい、相手からの攻撃を防ぎ、汗を流していた。

 ジュダは手近な石段に腰掛け、その様子を眺めていた。


「おい、そこ! その剣の振りはなんだ? 格好つけて、敵に隙を与えるつもりか!」


 叱責の声を飛ばしたのは、コントロだった。

 長身の彼は、ジュダと同期生であり、騎士学校においては最高学年の騎士生だ。レパーデ伯爵家の三男。有力貴族の息子であった。

 身辺整理をしてくると、しばし学校を離れていたら、イベリエ姫騒動があり、戻ってみれば、学校がまたも損壊していて呆然とした彼である。


 元貴族生。しかし今のポジションは、かつて毛嫌いしていたジュダの従者だった。そんな彼は、またも声を張り上げている。


「貴様、相手が細剣使いだったら、剣を振り下ろす前に、喉を突かれているぞ!」


 ――なんとも、熱心だなコントロ君。


 ジュダは無感動な瞳を向けつつ、心の中で呟く。


 慇懃無礼で皮肉な態度が目を引くコントロであるが、基本的に生真面目な人物だ。ルール厳守。その手にはうるさいほうであるが、ジュダに対しては、大目に見ている節がある。……命の借りはそれだけ重いのだろう。


 暇をしているように見えるジュダだが、これでも残っている騎士生の監督役をやっている。

 残留組を監督する者が必要になり、手持ち無沙汰で学校に残っていた上位騎士生であるが、その役に指名されたのだ。


 もちろん最初は断ったジュダだが、他に適任がいないということでしぶしぶながら引き受けさせられたのだった。


 とはいえ、さすがに騎士生だけにしておくほど、無責任でもなく監督者は他にいる。騎士教官であるジャクリーン・フォレス――ジュダのクラスの担当教官だった女性騎士だ。


 しかし、ここ最近の事件が重なったことで、教官陣の入れ替わりが進み、ジャクリーンは教官の任から外された。

 だが、その戦闘能力を惜しまれ、代わりに騎士学校の警備隊長へと就任が決まり、結果として学校に残留となった。


 それもあって、ジュダは、下級生たちの面倒を見るというらしくない役目を引き受けさせられ、校庭で日向ぼっこ……もとい、剣術訓練を監督しているのである。


 ――正直、コントロがいてよかった……。


 従者となった同期生がいなければ、監督だけでは済まなかった。


 いま声を張り上げて熱心な指導を見せているコントロの役目は、本来ならジュダがやらなけれなならないのだから。


「やってるわね……」


 聞き慣れた少女の声がした。ジュダのほうに歩み寄ってくるのは、赤毛の女子騎士生。赤い騎士制服に短いスカート。腰のベルトには剣と魔石ポケットがついている。


 リーレ・ミッテリィ、それが彼女の名前だ。緑眼に、大変強気な表情の少女である。


「ジュダ、食堂の支度は半刻で終わるそうよ」

「なら、そろそろ切り上げてもよかろう」


 やる気のない調子で、ジュダは立ち上がった。リーレは腕を組んで肩をすくめる。


「ジャクリーン教官にまたお小言喰らうわよ」

「元教官だ。大丈夫、小言には皮肉で返す。嫌な性格だと思われようが、あの人はそれを楽しんでいるところがある」

「捻じれた関係ね」


 リーレは苦笑した。コントロの叱責の声がまたしても響いた。今度は槍の構え方がどうのというものだった。


「あーあー、あの子だいぶ不満そうね」


 赤毛の少女は面白がっている様子で、コントロと下級生を見やる。ジュダは首を横に振った。


「基本に忠実すぎて、下級生から評判はよくないかもしれない」

「英雄願望のある子って、基本より派手な型を好むからね」


 リーレは同意した。


「あんたに剣を教えてもらいたい子も多いんじゃない? 英雄さん」

「俺が教えるなら、基本しかやらないよ」


 ジュダは即答した。


「俺の師匠も剣については基本の型しか教えてくれなかった。……逆に言えば、基本をマスターすればそれで充分だってことだ」

「待ち重視の型だっけ?」


 リーレが言えば、ジュダは頷く。


「ああ、防御を中心にした型……だからとても地味なんだ。もっと攻撃的なスタイルのほうが人気がある――」


 ジュダは視線をずらす。校舎のほうからこちらへ向かってくる金髪の女騎士の姿が見えた。ジャクリーン元騎士教官、現エイレン騎士学校警備隊長。


「リーレ、コントロに訓練終了を伝えてくれるか? 後始末したら……昼ご飯にしよう」

「了解」


 赤毛の騎士生が頷き、その場を離れる。ジュダは近づいてくる元教官に歩を向けた。



  ・  ・  ・



「退屈だろう?」


 開口一番、ジャクリーン隊長は言った。二〇代半ば。刃物のような鋭い目つきだが、その顔立ちは流麗。長い金髪を靡かせた美人である。


「ここで頷いたら小言ですか?」


 ジュダは背筋を伸ばしたが、ひどく投げ槍なものだった。


 何か言われたら、それ以上の不満をぶちまけてやるつもりだった。少なくとも、監督役はジュダにとって正規の授業でもなければ、今後の評価に影響しない。いくらジャクリーンの言いつけでも、強制力はないのだ。


「遠くから見ていたが」


 ジャクリーンは肩をすくめた。


「お前がとても退屈そうに見えた」

「他人の面倒を見るなんて、柄ではありません」


 ジュダは真面目ぶった。


「下級生たちを見てろなんて。ひどい人選ですよ。人には向き不向きがある」

「それには同意だが……でもなジュダ。口ではどうこう言いながら、お前は人の面倒を見るほうだと思うんだ」


 金髪碧眼の女騎士は、指を一本ずつ上げた。


「トニ、コントロ。あとシアラに、リーレ……」

「好き好んで面倒を見ているわけでは」


 勝手にできた義妹。家庭から見放された貴族生。ウルペ人の少女戦士。優等生ではあるが、狂犬などと陰口を言われる赤毛の同期生――


「そうそう、あとラウディ殿下」

「一国の王子さまの面倒を見ているとか、勘違いも甚だしいと思いますが?」


 ジュダはさすがに眉をひそめた。ジャクリーンは涼しい顔で、自身の広げた右手を眺めた。


「片手で収まらなくなった。……そう怖い顔をするな。他がどう思っているか知らないが、私の目には、お前はラウディ殿下のお世話係り……いや違うな、兄弟か親友のように見える」

「兄弟? 俺が兄で、ラウディが弟ですか?」


 皮肉れば、元教官も唇の端を吊り上げた。


「そうだな、兄だな。私も弟がいるが、まさにお前の態度は、弟の面倒を見る兄のようだ」

「レギメンスの弟を持った覚えはありません」


 スロガーヴ――不死身の魔獣、悪鬼などと呼ばれる存在であり、その正体を隠していること思えば、黄金の力を持った英雄一族の兄など冗談ではないと思った。

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