第104話、婚約話で盛り上がる?
エイレン騎士学校は、ここ最近災難続きであったが、教官陣も代わり、新体制で始まった。
帰郷していた騎士生たちも戻り――
「戻っていないんだよなぁ」
ジュダが呟けば、リーレは首を軽く傾けた。
「まあ、そうねえ。ちょっとここのところ、色々あり過ぎたからね」
亜人解放戦線、謎のウルペ人暗殺者の暗躍、イベリエ姫騒動。指で折って数える分には少ないが、短期間での密度は非常に濃いものがあった
「聞いた話だと、学校を辞めた奴がぼちぼちいるとか」
リーレは教室を眺める。大半はいるのだが、空席を意識すれば、それなりに目につく。
「大方、王都の学校は危ないというんだろう」
事件続きで――ジュダが目を細めれば、リーレは皮肉げな顔になった。
「仮にも騎士になろうという学校に通っている生徒が、それってどうなのよ」
卒業したら騎士になる。荒事にも当然巻き込まれる職業に就くのだから、トラブルが続いたくらいで退学してどうするのか、と彼女は言いたいのだろう。
「本人の意思ではなく、家の都合もあるだろうよ」
平民生は、何が何でも騎士になるんだ、という熱意というか、将来の目標がある。一方で、上流階級の社交場、箔つけのために子を通わせていた貴族にとっては、そうはいかない。次男、三男はともかく、長男――跡取り候補を預けている場合などは特に。
「サフィリナもそうなの?」
リーレが尋ねた。今、この教室にサファリナ・ルーベルケレスの姿はない。教室どころか、騎士学校にもいない。実家に帰り、戻ってきていない口だ。
ここ最近は、以前に比べて友人と呼んでいいレベルで付き合うようになってはいるが、そこまで詳しいわけではない。
「どうかな。彼女の性格からして、辞めるとは思えないが」
「じゃあ、家の都合?」
「かもな。学校関係なく、普通にそうかもな」
あれで侯爵家のご令嬢だ。騎士学校に通う歳で、貴族の娘なら婚約の話があったとしてもおかしくはない。
「婚約!」
リーレは目を丸くした。
「相手なんているの?」
「リーレ、それは失礼じゃないのか?」
サファリナは容姿端麗である。性格は勝ち気を通り越して高飛車な面もあるが、付き合ってみると、意外に可愛げがある。貴族の生まれにしては筋を通そうとするところもあるが、そんなことより、異性を虜にする魅惑のバストの持ち主だ。
要するに、外見や身分で人を判断したがる上流階級から見れば、素晴らしく優良な娘であるということである。
「正直、よく知らない俺たちがどうこう言っても始まらないな。学校に戻る最中に馬車がトラブって、足止めくらっているだけかもしれないし」
「盗賊に襲われて、捕まってりして」
「リーレ」
ジュダは顔をしかめた。
「シャレにならないから。冗談でも言うものじゃない」
この国では、いや世界の大半で、町から町への移動の際の襲撃は珍しくない。王都の周りでは少ないが、魔獣が徘徊しているというのもあるし、盗賊だったり、最近では亜人解放戦線だったりが出没する。
もちろん治安維持活動は行われているが、夏に湧く虫の如く、いつでも、どこにでもその手の脅威は出て来る。
「婚約と言えば――」
リーレが話を変えた。
「ラウディ様は、どうなのかな?」
「どうって」
ジュダは素知らぬ顔を決め込む。イベリエ姫騒動は記憶に新しい。かつてのラウディの婚約者。一度は破棄された姫君だが、まだラウディを諦めきれなくて来訪したそれ。
……ジュダの脳裏に、事件の後、王都の古びた教会に呼び出されたのを思い出した。
ラウディは何故かドレス姿で待っていた。
・ ・ ・
『愛しています』
『!?』
『わたしはジュダ・シェード、あなたを、愛しています』
・ ・ ・
それは、紛れもなく告白だった。
スロガーヴとレギメンス。宿敵である者同士、あり得ないことだ。だがジュダは、彼女の好意は素直に嬉しかったし、また自分も彼女に好意を持っていた。
だが、お互いの立場はあるし、間違ってもスロガーヴであるジュダは、ラウディを抱きしめることはできない体である。そしてラウディも、ヴァーレンラントの王になる身で、素直に異性の胸に飛び込めないところはあった。
だから敢えて、『騎士』としてお仕えすると誓った。もちろん好意――愛情的なものは互いに伝わったと思う。
婚約者ではないが、それに近いところに、ジュダとラウディはいた。だからなのか、ラウディに婚約者、と聞くと大変モヤモヤするジュダである。
「――ジュダ、聞いてる?」
リーレの声に、ジュダは自分が記憶の泉に沈んでいたことに気づいた。
「いや、まったく聞いていなかった。何だっけ?」
「そこまで堂々と聞いていない発言されると、引くわ……」
「何の話だっけ?」
ジュダは低い声で繰り返した。リーレは肩をすくめる。
「ラウディ様の周りが騒がしくなっているって話よ」
「騒がしいのは、ずっとだろう」
荒事のことを含めた皮肉である。赤毛の友人はため息をついた。
「イベリエの姫殿下の件で、貴族生どもが、ラウディ様に取り入ろうと機会を窺っているのよ。元婚約者とよりを戻すこともなかったし、今のところ婚約者がいない王子様だもの。お妃の身分を狙っている娘は多いわよ」
「お妃の身分、ね」
その王子様は、女の子だぞ――ジュダは笑い出したい衝動を抑え込んだ。皮肉の虫が疼いていけない。
愛しいラウディに群がるのは、女性ばかりというのが、ジュダに高みの見物を決め込ませている要因だったりする。仮に逆だったなら、本人と約束した通り、騎士として邪魔者を排除しまわっていただろう。
とはいえ――
「確かに、気をつけておかないといけないかもな」
学校が再開されて、ラウディに積極的に距離を詰めようとしている女子騎士生の姿が増えた気がする。
ソフィーニア・イベリエ姫殿下の一時期、過剰なアタックを目の当たりにしたり、聞いていたりした女子たちが、そこまでやっていいんだと強硬策に出てこないとも限らない。
何せ、王子様は女の子。これは国家機密だから、性別問題が明るみになるような事態は避けねばならない。
ジュダとしては、どうでもいいことではあるが、それでラウディが窮地に立たされるのは嫌だし、彼女の父親であるヴァーレンラント王からも、そういうことがないよう見張れと頼まれている。
――いや、国王のことなどどうでもいいか。
ラウディの父であるガンダレアス・ヴァーレンラントは、ジュダの母を処刑台に追いやった男だ。ラウディに免じて一時休戦しているだけであって、見過ごせない事態ともなれば、王の首を刎ねる。その権利は、ジュダにはある。
だから、あの王の頼みをきいてやるというのは、気分がよくもあり、悪くもあるという複雑な心境にさせられるのだ。
「――ジュダぁー!」
噂をすればお姫様、もとい王子様であるラウディが教室にやってきた。もうすぐ講義の時間である。授業には真面目な彼女にしては珍しい。
「付き合って!」
「はい……?」
いきなり何だ、とジュダは首をかしげた。
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