第101話、亜人たちのベッド事情を語る教官がいるらしい
臨時教官最後の講義、という言い方をすると何ともいえない神妙な気持ちにさせられる。
別に学校を去るわけでもなく、騎士生に戻るだけなのだが、思えばここ数日が異常だったのだ。面倒事が嫌いな自分が面倒事を押し付けられる。それから解放されるのだからむしろ清々とするのだが。
最後の授業は定員オーバーゆえに、教室を二クラス分の人数が収容できる戦術教室に移した。
とはいえ、ジュダは特に教材を用意することなく、ただ騎士生やペイジ科生徒たちの前の椅子に行儀悪く座り、亜人について語るだけだった。
途中、教室に教官陣が姿を現わした。新たな学校長として赴任した司祭じみた格好の老人と、灰色髪の女性――ジュダはそれらを視界の端に入れつつ、女性のほうに見覚えがあった。
以前、エイレン収容所に赴く用事があったとき、養父殿――ペルパジア大臣に随伴していた女騎士だ。おそらく彼女がイーレン・アシャット教官だろう。前騎士科最上級学年の主任教官だったグライフ・アシャットの妹という話を耳にしている。
「君らは、異性との性行為の経験があるだろうか」
ジュダがそんなことを言った時、騎士生たちは皆呆気にとられた顔をした。控えていたリーレやコントロでさえ、目を丸くしていた。
「うん、まあ、年齢的なものを考えても済ませている者もいれば未経験の者もいるだろう。別に答えなくてもいいし、君らの経験を聞くつもりもない」
教官殿は経験があるのですか、という質問を予測して返答も考えておいたのだが、まだ驚きのほうが大きいのか、聞かれることはなかった。
「生き物である以上、性的な行為、すなわち生殖活動により子孫を増やす。それは人間に留まらず亜人たちも同様だ。ただ、自然の獣たちがそれぞれ異なる時期、異なる方法、異なる場所で結合するのも同様、亜人もまた様々だ」
生徒たちの目には好奇の色が浮かんでいる。ジュダは床の一点に視線を向け、言った。
「年がら年中、発情期を迎えている種族は、人間と
身も蓋もない言い方である。さすがに教官陣は不機嫌になっただろうかとチラ見すれば、学校長殿も、アシャット教官も顔色一つ変えなかった。……案外平然としているんだなと思う。
「では他の亜人はどうか? 生態もさまざまだから一まとめにはできないが、発情期と呼ばれる期間に男女が結びつき、性行為を行う」
「ジュダ教官!」
騎士生の一人が挙手した。ジュダは頷いて促がす。教官と呼ぶな、とはもう言わなかった。
「教官は亜人のそうした行為を見たことがありますか?」
う――と妙な声を上げたのは、ジュダから目立つ位置の席のラウディだった。ジュダは淡々と、質問した騎士生を見た。
「ロウガ人のそれを見たことがある」
幼少の頃、亜人の集落で育ったジュダである。とても寒い冬のある日、狼亜人の性行為を目撃した。誰あろう、ジュダの親友であり、村での少年たちのリーダー格だったロウガ少年が、幼なじみの子とよろしくやっていた。
「ロウガ人は幼い頃から男女ペアで行動することが多い。彼、彼女らの相手はだいたい幼なじみというのが一般的だ」
ジュダは世間話をするように言った。
「ロウガ女性の後ろから、ロウガ男性が圧し掛かって激しくするわけだが……二人ともとても静かでね」
「……」
ラウディの顔が朱に染まる。他にも何人かの騎士生やペイジ科生徒も目や口を開いたまま、注目してくる。……少々刺激が強いのか、あるいは勝手に何かを想像しているのか。
「ただしばらくそうしていると唐突に声を上げはじめた。どちらともなく。それがまた続いた後、達した後もしばらく繋がったままだった。素面に戻ってもまたくっついたまま。お互い接吻したり、耳を甘噛みしたり……」
騎士生たちは皆興味深げに聞き入っていた。ジュダは苦笑しながら首を振った。
「最後はくっついたまま、明日の朝何を食べるとか、日常会話になっていたが――まあ、俺が見たロウガ人の性行為はそんな感じ」
「……どうもです」
質問した騎士生は神妙な顔で頷いた。ジュダは続ける。
「ロウガ人は繋がっている時間が長いが、割りと人間に近いほうだろう。少なくとも、彼らは行為をする相手を選ぶ。これが
「どうなるんです?」
女子騎士生が聞いてきた。ジュダは小さく首を振った。
「発情すると抑えが利かなくなる。クーストースの男は、同族女の性的興奮を察知すると、相手がどんなのでも構わず駆けつける。他に男がいれば、女は好みの男を選んで性行為をする。が、いなかった場合、その駆けつけた――つまり側にいた男と寝る」
「……」
「見境がないのは、それが実の親兄弟だったとしても、やはり行為をすることだ」
「お、親兄弟と?!」
信じられないと、女子生たちが驚いた。生徒たちがざわめくのを、ジュダは淡々と眺める。
「性的にだらしなく見えるといえば、
「複数!?」
ざわめきが大きくなる。
「ど、どういうことですか?」
「ガット人女は身篭った子の親が誰かなんて関心がないんだよ。同時にガット人の男もな。気持ちがよければ何だってするんだ。ただ女性の子育てのために、ガット人の男どもは組合を作って養育費を共同で出しているらしい」
まさに異文化だな――ジュダは肩をすくめる。
「一方で、
ジュダは一端、間をとった。
「いざ行為を始めるティグルスは、ベッドでの回数が尋常ではない。……何回だと思う?」
教室を見回す。騎士生たちは顔を見合わせ、ある生徒が「十回?」と恐る恐る言った。
ジュダは首を横に振った。
「二十?」
全然足りない。
「五十……?」
まだまだ。
「え……百とか」
まさかそんな――と苦笑いを浮かべる騎士生たちに、ジュダは真顔で告げた。
「その二、三倍はするらしい。二、三日かけて」
騎士生たちがどよめいた。さすがに想像の外だったらしい。――まあ、本当のところは百を越えているらしいがどうなのだろう?
実際に見たわけではない。亜人集落にいた頃の、種族間ジョークの一種である。とかく虎亜人はベッドの上での回数が桁違いだと言う。
その後も、ジュダは亜人集落で聞いた話や亜人との付き合いで知った種族間の話――夜の営みについて語った。
正直、いつ学校長やアシャット教官が怒鳴り出し、授業が止められてもおかしくなかったのだが、この二人はついに講義終了の鐘が鳴るまで、一言も言葉を発しなかった。
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