第97話、実戦派の剣術訓練
「希望者は集まれ」
剣術訓練で手合わせ願いたいとお願いされ、ジュダは相手をすることにした。早速、希望者が数名集まってくる。
剣の振り方を練習していたペイジ科の生徒たちはその手を止めて、羨望の眼差しを向けてくる。できれば自分も、と思っているのだが、より上位の騎士生が優先されるのは致し方ないということだろう。
「さあ、誰が俺と戦うんだ?」
「はい!」
手を上げかけた騎士生たちの中で、黄金の軽甲冑をまとった女顔の王子がいち早く手を上げた。……何、混じってるんですかあなたは。
「ラウディ。そこをどいてくれませんか?」
「えー、私はジュダ……ジュダ教官と剣を交えたいです!」
王子殿下が敬語まで使って乞う姿に、騎士生たちは驚き、同時に諦めの表情を浮かべた。
「いつぞやの再戦を。負けっぱなしでは嫌だ!」
「俺は、あなたと、戦うのは、嫌です」
ジュダははっきりと告げた。ラウディの期待する仔犬のような顔に、落胆の色が浮かぶ。
「え? 何故だ?」
あなたがレギメンスで、俺がスロガーヴだからです――レギメンスの戦闘オーラは、スロガーヴであるジュダにとっては毒でしかない。
「負けるのが怖いのか?」
ラウディが挑発してくる。
「いつからそんな臆病になったんだジュダ? それでは騎士生たちもがっかりするぞ」
「関係ありませんね。周囲の評価など」
堂々と言い放つ。王子殿下を前にそのような態度をとったジュダに、騎士生たちは呆気にとられている。
ラウディは口を歪めた。
「腰抜け!」
珍しく怒っていた。志願したのにあっさり却下されたことに腹を立てたのだろう。どうしても模擬戦をやりたいようだった。
「私と戦え!」
「全力でお断りします」
ジュダはきっぱりと告げた。……そう、何があってもラウディとは剣を交えない。臆病者のレッテルを貼られようとも――というか臆病の風潮が立てば、こんな教官もどきな事もしなくて済むのではないかと思ったりする。とはいえ、これでは埒があかない。方向を変えよう。
「あなたは一度、俺と戦ってるでしょう」
ジュダは我侭を言う子供を諭すように言う。
「他の騎士生のやる気に水を差すのは無粋というものですよ、ラウディ」
「……」
ラウディは周囲を見回した。騎士生たちは引きつった笑みを浮かべ、『いえ、こちらに構わずに』といった態度をとった。……王子殿下は肩を落とした。
「いや、私も大人気なかった。皆、すまなかった。失礼した、教官殿」
黄金王子は一礼して列を離れた。ジュダはかすかに口元に笑みを浮かべる。
「さて、この機会を逃したら次はないかもしれない。さあ、誰から俺と戦うのかな?」
志願者たちが我こそは、と手を上げるのを見やり、ジュダはその中で一番剣技に長けている者を選んだ。
選ばれた騎士生は『順当』だと言わんばかりに誇らしげな顔になったが、ジュダはそれがいつまで続くか見物だと思った。――さあ、可愛そうな生贄よ。洗礼の時間だ。
「名前を聞こうか、騎士生」
「ブラドリーです。ブラドリー・ハンマーク。祖父の代より騎士で、この学校へは――」
「ああ、わかってる。一族の伝統に従って騎士修行にきたんだね」
言わなくても、騎士学校に在学している時点で察しである。
「君はどういった剣を使うのかな? ショートソード、それともロングソードかな?」
「ショートソードです。騎兵なので槍も使いますが――」
「ああ、ショートソードだね。……リーレ!」
ジュダは声を張り上げた。
「俺のロングソードと、ブラドリー君にショートソードを持ってきてくれ。……ああ、ブラドリー君、盾も必要かな。騎兵ということは近接戦では剣とセットで使うよな?」
「え、ええ……」
目をパチクリさせるブラドリー騎士生をよそに、ジュダは淡々と手甲をはめた。やがてリーレは言われたとおりジュダの剣を持ってきた。
「あたしはあんたの従者じゃないわよ」
「……ありがとう、リーレ」
わざとらしくお礼をいうジュダ。リーレは、やれやれとばかりに首を振って、今度はブラドリーに剣と盾を与えた。
周囲のざわめきが大きくなる。平然としているジュダに対し、ブラドリーは青ざめていく。
「あの、ジュダ教官。これ、刃があるんですが……?」
「当然だ、剣だからな」
「いえ、そうではなく――」
「なんだ、模擬剣を使うと思ったのか?」
ジュダは無反応だった。
「たしかにこうした打ち合いでは、模擬剣を使う。大きな怪我を防ぐためだ。……まあ、例え模擬剣でも怪我をすることもあるけどね」
「でしたら――」
「刃のある剣を持つのが初めてではないだろう? 心配するな、間違っても俺は君を斬ったりはしない。だが君は何の遠慮もなく、俺を斬りつけるといい。まあ、君の剣が俺を斬ることはないだろうけどね」
さあ、始めようか――ジュダはロングソードの切先をブラドリー騎士生に向けた。周りは動揺を露わにするが、誰も止めようとはしなかった。ラウディでさえ、口をあんぐりとあけたまま固まっていた。
「あの、辞退してもよろしいですか?」
ブラドリーの声は震えていた。ジュダは小首を傾げる。
「認められない」
「いや、だってあなたもさっき王子殿下に乞われた時に――」
「ああ断った。だが君の場合は俺との戦いに志願した。辞退するなら、何故志願した? いざ戦場でそんなことが許されると思うか?」
「そんな……」
ブラドリー騎士生は、しぶしぶ剣と盾を構えた。ジュダは笑みを浮かべた。
「それでいいぞブラドリー騎士生。それでこそ騎士だ」
ああ、何たる姑息な言い分。自分はラウディの挑戦を蹴ったくせに――ジュダは自嘲する。
「さあこい。本物の剣同士のぶつかり合いだ。君が目指す騎士がいつかは通る道だ。実に君は運がいい」
周りの者たちは悟った。実剣を使うから、ラウディ王子と模擬戦をしなかったのだと。まさか王子殿下をそんな危険な行為に巻き込むわけにはいかないから。
ブラドリー騎士生は盾を前面に構え、ジュダの様子を窺う。しかしその表情は強張っており、これまで培ってきた経験などどこかへすっ飛んでしまっているような顔だ。
初めて剣を向けられたのか? 先日の亜人解放戦線が学校を襲撃してきた時、彼らと向かい合わなかったのか。
戦場の厳しさね――ジュダはリーレを一瞥する。緊張している場の中で、唯一ニヤニヤしている赤毛の少女。
そう、ただ剣を振るだけでは駄目なのだ。実戦を想定してやらねば、鍛錬の意味が無い。
「ブラドリー騎士生、肩に力が入り過ぎだ――」
ジュダはダン、と一歩を踏んだ。ブラドリーは「ひっ」と声を上げ、二歩下がった。
「突っ込んでくると思ったか? 腰が引けてるぞ。左手の盾は飾りか?」
唇を噛む騎士生。ジュダは構えを解き、隙を作ってみせる。
「俺がクマか猪にでも見えるか? ビビっているなら剣を置けッ。ただし周りから腰抜け呼ばわりされる覚悟があるならな!」
その声は力強く、対峙しているブラドリーをはじめ、騎士生たちを圧倒する迫力があった。
わざと声を張り上げている。その剣幕に、ブラドリー騎士生は泣きそうな目を向ける。しかし盾と剣は手放さず、構えたままだった。
「よく耐えたッ! ここで剣を置いたら、お前は相手に首を刎ねられている!」
ジュダは再度剣を構える。
「後は一歩を踏み出すだけだ! 俺を刺せ、斬りつけろ! 敵と対峙したなら、やらなければやられるのは自分だぞ!」
「う……うわぁぁぁっ!」
ブラドリーは盾を構えて突進した。恐怖を自らの声でかき消し、破れかぶれの攻撃だ。
――次は、頭を使って戦おうな。
次があるというのが、訓練のいいところであるのだが。ジュダは相手の盾のほうへ回り込むと、突進の勢いで勝手にすれ違うブラドリーの背中に長剣の腹部を当てた。足払いしなかったのは、騎士生の勇気を称えての配慮だった。
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