第96話、ジュダの亜人講義
「トニ!」
ジュダは義妹を呼んだ。ジュダの後ろで退屈そうにしていた褐色肌の少女は、素早くジュダのもとまでやってきた。
「……知っている者もいるかもしれないが、義妹のトニだ。血は繋がっていない。そしてやはり知っている者もいるだろうが。彼女は人間ではない。亜人、エクートだ」
トニはにっこり無邪気な笑みを浮かべた。誠に人懐っこい顔である。そんな彼女の栗毛を撫でつつ、ジュダは騎士生を見渡した。
「諸君らの中には亜人と交流した経験がある者もいると思う。特に馬亜人のエクートや猫亜人のガットは、人間と交流する機会が多い。田舎ではガット人は猫ともども鼠退治に重宝され、馬を扱う職業や騎兵にとってエクート人は理想のパートナーとも言える……ありがとうトニ」
ジュダはトニを下がらせ、椅子に腰掛けた。
「さて、エクート人の話だが、彼、彼女らは馬の言葉と人間の言葉双方を理解する。だから馬と人間のコミュニケーションに大いに役立ってくれる。……トニ曰く、俺は王都中の馬から危険人物だと思われていたそうだ。何でも、肉食の獣のような臭いがしているから、らしい」
冗談めかして言えば、騎士生たちからさざ波のような笑いの声が上がった。
――そうそう、もう少し楽にしててくれ。そのほうがこっちも肩肘張らずに済む。
「俺は騎士学校一、馬術がヘタだった。だがトニという義妹を得てから、馬術ヘタのレッテルは返上できたと思う」
それどころか、いまでは学校でも指折りの馬術技能を持っているとされている。ほとんどトニのおかげであるが、双方話し合い、技を高めているのは事実である。
「意思疎通ができるというのは実に素晴らしいことだ。……君らも相棒にエクートの友が欲しくなったのではないかな?」
何人かがトニを見やり、頷いた。概ね好意的な感じ。
「とはいえ、エクートも人と同等……と言ったら亜人差別主義者が憤慨するかもしれないが、まあそんな連中のことは俺は知らん」
はっ――と息を呑んだ生徒たちが何人もいた。家族や知り合い、主人の中に亜人差別主義者でもいたのだろうと見当をつける。
構わなかった。ジュダはその手の連中と親しくするつもりはない。
「馬に愛情を注ぐように、エクート人にも親愛の態度で臨まなければ彼、彼女は人間に背中を預けてはくれないだろう」
ジュダは椅子の上で膝を崩した。教官としての威厳はなく、雑談をする姿勢である。
「俺がトニを妹と呼ぶのもそれが関係している。トニにとって俺は『家族』なのだそうだ。それだけの信頼を寄せてもらえるのなら、こちらもそれ相応の気持ちで答えるべきだ」
「あー、ジュダ教官……」
下級生の一人が手を上げた。ジュダは頷く。
「教官はいらん。なんだ?」
「あ、はい、ジュダさん。えーと、エクート人に認められる方法とは……?」
「頭を撫でてやれ」
ジュダは即答した。間違ってはいないが、完全な答えではないのを承知で。
「ふだん馬に乗るとき、君はその馬を撫でてやるだろう? 親愛と友情だよ。自身が敵ではないことを示し、そして相手に敬意を持つ」
「はぁ……」
何となく要領を得ない顔をしている。それでいい、自分で考えるのだ。安易な答えを教えては、考えることをしなくなる。
別の騎士生が手を上げた。
「ジュダさん。エクートが最高の馬というのは理解できます。彼らを敬うとおっしゃいましたが、個々の性格によっては受け入れられない場合もあるのではないでしょうか」
「それはあるだろうな。人間にも色々いるようにエクートにも色々いるだろう。人間が亜人を差別するように、エクート側にも人間に敵対心を持つ者もいる」
「もし敵の中にエクートがいて、それを捕らえることができたとします。人間とコミュニケート可能なエクートをその場で殺したりするより、従えたほうがいいと思いますが――」
「……君は戦場における鹵獲品の話をしているのか?」
ジュダは冷めた目で、その騎士生を見た。視線を受けた騎士生は縮み上がった。
「いえ、その……はい」
「構わない。戦場では捕虜、鹵獲などよくあることだ。敵側の武器や物品を自分のものにするのは何もおかしなことではない。……続けて」
「はい! えっと、その鹵獲……捕虜としたエクートを味方にすることは可能でしょうか?」
「そのエクート次第だろう。主人との間に忠誠、というか強い絆があれば、それは簡単な話ではない。元の主人以上の敬愛と信頼を見せる必要があるな。ただ、無理やり従わせた場合、いつかそのエクートの背中から落とされて命を落とすことになるかもしれない」
この答えでいいか――と聞けば、騎士生は背筋を伸ばした。
「は、ありがとうございました!」
ジュダは頷くと、淡々としながらも、珍しく穏やかな表情を浮かべる。
「君たちの中でエクートに対する認識が変わったかな? それを通して亜人に対して考えてくれるとうれしい」
ただ――そこでジュダは顔を険しくさせた。
「亜人と一言で言っても、種族は千差万別だ。エクートのように比較的親しい種族もいれば、ティグルスやクーストースといった攻撃的な連中もいる。ティグルスとクーストースと聞いてどの亜人かわかるか?」
聞いてみれば、騎士生たちは顔を見合わせ、一人が――
「虎……」
と呟くと、また別のペイジ科の生徒が。
「犬ですか」
と自信なさげに言った。ジュダは頷いた。
「大変よろしい。ここからは君達が将来、剣を交えることになるかもしれない連中の話をしようか――」
騎士生たちの目に、自然と力がこもった。剣を交えるかもしれない亜人――事実、生徒の何人かは目の当たりにしているはずだ。先日の騎士学校襲撃事件における、亜人解放戦線、その戦士たちの姿を。
彼、彼女らは集中してジュダの言葉に耳を傾けた。
・ ・ ・
座学だけでは喋り疲れてしまうので、ここ最近行っている剣術訓練も行った。
いつもどおりコントロに任せようとしたのだが、そうはいかなかった。
「ジュダ教官! ぜひ手合わせを願います!」
「教官はやめろ」
ジュダは首を振ったが、騎士生たちは引き下がらなかった。
「お願いします! 教官!」
俺は監督役だから、という言い訳は、臨時教官には通じない。ジュダが露骨に面倒そうな顔を浮かべると、背後に控えていたリーレがわざとらしく咳払いした。
「あー、ジュダ教官どの。そういった顔をされるのは、上位騎士生として如何なものかと」
「私も同意見です」
コントロまで口を開いた。
「あなたは上位騎士生なのです。騎士生らしく振る舞う必要があります」
お前ら――ここぞとばかりに煽ってくる。特にコントロは、ここのところジュダに対して騎士としての振る舞いを、と小言を垂れているので容赦がなかった。……上位騎士生? 英雄? そんなものは糞くらえである。
「なら、お前らがやるか?」
「話をすり替えないで下さい」
コントロが生真面目に顔をしかめれば、リーレはさも小馬鹿にした調子で言った。
「あたしでよろしいのですか? ……戦場の厳しさを教育してやれ、というのなら喜んでお引き受けしますが?」
まるで獲物を見つけた獣のような顔だった。
ああ、そういうことか――ジュダは、リーレが珍しく上位騎士生などと煽ってきた理由を察した。ジュダの性格を鑑み、ああ言えば代わりにやるかと言われるとわかっていたのだろう。
要するに、リーレは堂々と騎士生相手の模擬戦をやる口実が欲しかったのだ。おそらく日頃のウサ晴らしだろう。……騎士生を潰す気か。
「戦場の厳しさか」
ジュダはその言葉に思うところがあった。下級生たちの期待するような目を見やり、考えを改めた。
「そうだな。確かに教育は必要だ。よろしい、俺が相手をしてやろう」
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