第88話、押し付けられる後始末


 ジュダは確かにラウディの窮地を救った。だが、少し贔屓が過ぎるとも思う。

 そのラウディにしても数の不利にも関わらず、奮戦した。コントロやサファリナもだ。しかし、リーレに関してはある程度やってくれると思っていたが、今回はそれ以上にやってみせた。

 ……いったいどこであの戦闘スキルを身につけたのだろうか。


「騎士学校の指導陣の入れ替えが行われる」


 ペルパジアは机の上を撫でる。


「学校長は、今回の件で辞任。上位教官陣も何人か配属換えとなろう。……誰かが責任をとらなくてはならない」


 ジュダは頷いた。騎士生を預かる立場にある者たちにとっては、騎士生たちが敵の手に落ちたという事実は責任を問われても仕方がない。


 ジュダは、ジャクリーン教官のことが気になった。彼女は知らないとはいえ、ヘクサの計略に乗せられ、騎士生全体を危険に晒す行動のきっかけを作ってしまったのだ。責任といえば、彼女も免れないかもしれない。


「気がかりかね?」


 ペルパジアは言った。ジュダは顔を上げる。


「なんです?」

「君のクラスの担当教官だ。名は確か――」

「……ジャクリーン・フォレス。ええ、気になってます。あの人の処遇は」

「降格もあるかもしれない。騎士身分は剥奪されないが……彼女は品行方正、過去の働きもあるが、果たして」

「……そうですか」


 あの生真面目フォレスこと、ジャクリーン教官のことだ。今回の事件で相当、自分を責めるのではないかと心配になる。

 人間に対してこんな気持ちになるのは意外ではあるが、ジュダは、思っている以上に彼女のことを慕っていたことに気づかされた。


「とはいえ、あの女騎士は今後とも学校に残ると思うよ」


 ペルパジアは鷹揚に告げた。


「あの時、わかっている現状で最善の方法を採ろうとした。結果として裏目に出たが、彼女の具申を許可した責任は上位指導陣や学校長にある。情状酌量の余地はあるよ。もっとも、彼女自身が納得しなければ別だが」

「そうですね」


 わずかだが気分が軽くなった。ジャクリーン教官は学校の残れるのか。ただ、ペルパジアが言ったとおり、責任感の強い彼女は、自分なりにけじめをつけようとするのではないか。


「そういえば、養父おやじ殿。聞いてもいいでしょうか?」

「何だね?」

「ハラキリとは何ですか? 東方の言葉だと思うのですが……」

「ああ、有名な言葉だよ。自分の腹を切ることだ。立場ある者が責任をとって自殺することをハラキリと言う」


 これはいよいよクビか、ハラキリか――かつてそのようなことを言っていたジャクリーンを思い出し、ジュダは顔面蒼白になるのだった。



  ・  ・  ・



 休校となるエイレン騎士学校。事件で壊れた備品や校舎施設の修繕、そして惨劇の現場となった寮の清掃作業が行われている。


 騎士生の多くはそれぞれの家へと帰っていた。騎士生たちの親、家族らはそれに反対する者はいなかったし、騎士生たちの心に闇を落とした事件の直後だけに、彼、彼女らには休息が必要だった。


 だからジュダのように騎士学校に留まっている生徒はわずかだった。そして残っている騎士生たちの取りまとめ役という、らしくない仕事を押し付けられてもいた。


「あなたは『上位騎士生』なのですから、仕方ありません」


 そう言ったのはコントロだった。寮の廊下を食堂へ向かって歩くジュダに随伴する彼は、ほがらかに言った。


「教官陣も入れ替わるようですし、現在の学校を知っている者の中からリーダーを選ぶとあれば、騎士生最上級学年の、上位騎士生であるあなたを置いて他はいませんよ」

「……それはそうだけどね。ただコントロ君、ひとつ言っていいかな?」


 ジュダは小首を傾げてみせる。


「俺は上位騎士生になりたいと思ったこともないし、その自覚もない」

「この際ですから、その自覚をお持ちになればよろしいかと」


 コントロはきっぱりと言った。


「あなたの活躍あって、騎士生たちの多くがひどい傷を負わなくて済みました。もちろん無傷とはいきませんでしたが。上位騎士生――いいじゃありませんか。それとも黄金騎士にしてくれ、と王国に頼みますか?」

「冗談じゃない、それだけはごめんだ」


 ジュダは首を横に振った。


「俺は黄金騎士になんてならないぞ、絶対にだ」

「これは異なことを」


 コントロも首を振った。


「騎士を目指すからには、黄金騎士は憧れ。それを否定されるとは」

「……」


 黄金は嫌いだ。ジュダはその言葉を飲み込んだ。コントロは違う解釈をしたようだった。


「なるほど、黄金騎士など眼中にないわけですな。さすがジュダ様」

「……気になっていたんだが」


 コントロの口から『ジュダ様』なんて言葉が出てきたことで、とうとう我慢の限界に達した。


「いったい何の真似だ? 新手の嫌がらせか?」

「何の話ですか?」

「何故、お前は俺に対して主人みたいな態度で接するんだ?」

「そのことですか」


 コントロは立ち止まり、背筋を伸ばした。


「私は騎士生ではありませんし、今後のことを考えて、仕えるべき主を探しています」


 嫌な予感がした。ジュダは敢えて、それを避けた。


「家に帰らないのか? 今回のお前の活躍、王子暗殺犯の汚名は消えたと聞いたが。一族の縁も元通りに……」

「いえ、一族とは断絶関係のままです。……私がそう父上にお願いしました」

「それはまた何故?」


 せっかく戻れる機会だったのに。

 コントロは、ラウディ暗殺未遂の犯人として、家からも学校からも捨てられた存在だった。


 しかし今回の事件でラウディを守るために奮戦した。その働きは、ラウディ本人も賞賛し、彼は再び名誉を得た。


 そもそも彼の汚名が返上されなければ、操られた騎士生の何割かは、王子暗殺を実行した反逆者ということになってしまう。


「貴族の体面もあります。一度、縁を切ったものを易々と翻しては面目が立ちません」

「……面倒だなそういうの」

「貴族や王族、周囲の目に晒されている者とはそういうものです」


 ふむ――ジュダは眉をひそめた。コントロは続けた。


「それで、私はレパーデを名乗ることは許されましたが、結局のところ、もう家と関わりはありません」

「レパーデの名前は名乗れるのか?」

「父上なりの気遣いでしょう」


 コントロはそんなことを言った。……そんなものかね? ジュダにはわからなかった。断絶とはいったい……?


「で、話を逸らさないでほしいですね、ジュダ・シェード」


 コントロは、ジュダをフルネームで呼んだ。


「私は騎士生としての復帰を認められました。……国は、私に騎士になる権利を与えてくださったことになります」

「それだけの活躍はした。当然だろう」


 ジュダが頷けば、コントロは首を横に振る。


「でもできれば、私は個人的に、あなたにお仕えしたいと思っています」

「それがわからない」


 ジュダはコントロを指さした。


「お前、俺のこと嫌いだったんじゃないか?」

「好きか嫌いかといわれれば嫌いです。ええ」


 ――はっきり言い切りやがった。


「ただ、私にはあなたに命の借りがあります。それも二回」

「……ああ」


 ジュダは頭を抱えたくなった。命の借り……ああ、命の借りか。一度はラウディ暗殺犯として捕まり処刑を待つ身だった時。二度目は講堂でのあれか。


「別に返さなくていいぞ」

「そうも行きません。騎士を志す者なら、むして蔑ろにはできない」

「うん、わかった」


 ジュダは投げ槍に言うと、食堂へ再び歩き出した。


「俺としては嬉しくもないが、そういうことにしておいてやる。すると君は俺の部下とか従者になるのかな?」

「そうなりますね」


 あっさりとコントロは認める。ジュダは口元を歪めた。


「雑用を押し付けるぞ」

「騎士修行の一環で雑用処理は、よくあることです」


 コントロは淡々と言い放った。


「遣いパシリでも構いませんよ。私は貴族でも何でもないのですから」

「……」

「まさか同情してませんよね?」

「しないよ」


 一瞬、同情したのは言わない。そんなジュダにコントロは続く。


「あなたが意地の悪い方なのは存じています」

「ああ、知ってる」


 ラウディにもそう言われる。彼女に言われると気分がいいが、コントロから言われるとあまり嬉しくないのは何故なのか。


「それでも、あなたに仕えればより騎士としての高みが目指せると思います。その強さ、果断さ、不敵な言動――」

「嫌味な部分は君にも参考になるかもしれないな」


 ジュダが皮肉れば、コントロも口の端を吊り上げた。


「嫌味な男だとはよく言われます」

「なるほど。俺たちは共通点があるわけだ」


 うれしくないが――ジュダは本音を漏らす。


「……ところで、怪我のほうは?」

「痛みますよ」


 コントロはしれっと答えた。脇腹を刺されたあたりを指差す。


「日常生活を送る分には問題ありません。派手に動かすと別ですが」

「まあ、しばらく授業もないだろうし。ゆっくり休むといい」

「意外ですね」


 コントロはわざとらしく驚く。


「あなたからそのような言葉が出るとは」

「俺を何だと思っているんだ?」


 ジュダは皮肉げに口元をニヤつかせた。

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