第87話、立ち込める暗雲
事件は一応の解決を見た。
ラウディ王子暗殺と、騎士生を操った反乱は未然に防がれた。
その実行犯であるヘクサ・ヴァルゼは逃亡。騎士生や教官たちにかけられた呪術を解く者がいない――本当なら大問題だったが、幸いにして、呪術については解決した。
図書館の魔女こと、エレハイム・レーヴェンティン教官が、ウルペ人の呪術を解除する方法を見つけ出し、その魔法を完成させたからだ。
「……魔法の解き方について調べよう、とワタシは言った」
彼女がしばらく姿を見せなかったのは、研究に没頭していたからだった。
図書館に巣食う彼女は魔法の専門家であるが、同時に研究者でもある。ひとたび好奇心に火がつけば、それを解くことが楽しくてしょうがないらしい。
おかげで、教官や騎士生にかけられた呪術は、エレハイム教官が解いた。
「……マギサ・カマラについてはお悔みを言っておくよ」
エレハイム教官は、自分が紹介したウルペ人魔術師についてそう言った。
ヘクサ・ヴァルゼ――彼女が化けていたマギサ・カマラは、殺害されていたという。それがヘクサによるものだと、幻狐であるシアラによって説明された。
「……彼女が死んだのも、ワタシが彼女をキミたちに紹介したからかもしれない」
図書館の魔女は瞑目した。呪術について、ウルペ人の魔法使いに頼む方が早い――そう言ったのはエレハイム教官だった。
ジュダは問う。
「ヘクサは、どうやってそれを知ったんでしょうか?」
マギサ・カマラに会いに行く、それを知っている人間は限られている。
「……騎士学校にヘクサが潜伏していたのか、あるいは学校に間者がいるのかもしれない。……大きな謎だよ」
銀髪の美女は無表情ながらそう語るのだった。
謎。確かにそうだ。そうなのだが――ジュダはしっくりこなかった。
というより、一つ思ったのだ。
もしかしたら、レーヴェンティン教官は、ヘクサと繋がっているのではないか、と。
マギサ・カマラを紹介したのは教官だ。ジュダたちが王都の外へ行く情報も、そのように仕向けたものだとすれば、ヘクサが先回りするのも可能なわけで。
ヘクサが騎士生に魔術をかけている間、レーヴェンティン教官は姿を見せなかった。すでに仲間だから、ヘクサが騎士生たちに何をしているか知っていたからだとしたら?
そしてヘクサを逃がすことになったあの時。レーヴェンティン教官は、ヘクサの呪術杖を魔法で粉砕したが、あそこで彼女が現れなければ……。
――彼女こそ、スパイなのでは?
ジュダは、銀髪の魔法教官を見つめた。
・ ・ ・
「レーヴェンティンが、スパイ? それはないな」
ペルパジア大臣は、ジュダの意見を否定した。
ヴァーレンラント城、その大臣の部屋。ジュダは、トニを連れて養父のもとを訪れていた。
「騎士学校か、あるいは王城に敵に通じている者がいる可能性はある。だが彼女に限って、それはないと断言できる」
ペルパジアは、愛用の椅子に腰掛けた。
「何故ですか?」
向かい合うソファーに座るジュダは問うた。大臣は小首を傾げながら答えた。
「彼女に、理由がないからだ。わざわざヘクサ・ヴァルゼなる者に、マギサ・カマラの偽者に成りすまさせるなどといった手の込んだことする必要もない。彼女が敵に通じているなら、もっと簡単な方法をとるよ」
「よく知っているような口ぶりですね、
「ああ、腐れ縁というやつだな。彼女とはそれなりに付き合いがあったのだ」
ペルパジアは遠い目をした。
「断言できる。彼女はヘクサの仲間ではないよ。もし彼女に反逆の意思があるなら、もっと苛烈で、より直接的な行動に出る。……ああ見えて彼女は短気なのだ」
「ですが、もしかしたら人質をとられているとか、あるいは何かの交換条件で協力しているということは……?」
ジュダは食い下がった。ペルパジアは笑みを浮かべる。
「彼女に人質は通用しない。そもそも人質に当たる人間が彼女には存在しないのだ。魔法に関する何かだとしても――そうだな、彼女を脅そうものなら、たぶんそこでその者の命は潰えることになるだろう。さっきも言ったが、彼女は短気なのだ。間違っても怒らせないほうがいい」
「
ジュダは小さく首を振った。
全面的に納得できたわけではないが、何となく、レーヴェンティン教官は、ジュダと似た思考を持っているようだと思った。
もしそうなら、確かに人質は有効ではないし、そういう手合いと交渉するつもりはないのは頷けるところだった。
「ともかく――騎士生の反乱。最悪の事態は避けられた」
ペルパジア大臣は話題を変えた。
「しかし今回の事件は、高度な問題をはらんでいる。……よって一般には事実は伏せられる。君たちも学校外で他言はせぬことだ」
ジュダは頷く。隣に座るトニは関心がないのか、出されたフルーツジュースを飲んでいる。
「他には言いません」
ジュダはトニを小突く。彼女はハッと顔を上げる。
「言いません!」
そんなトニに、ペルパジアは頷きを返した。
「とはいえ、情報は漏れるものだ。術にかけられていた者たちはその時の記憶がないが、隠しきれるものではない。ジュダ、君のクラスの騎士生が九名、さらに貴族生が連れてきた従者や召使いが大勢殺害された。これには言い訳ができない」
「そうですね」
操られた騎士生たちが学校内の掃討をかけた時、ヘクサによって呪術をかけられなかった者の大半が襲われた。多くが貴族生が連れてきた召使いたちだった。
運良く逃れた者もいたが、多くは自らの主人によって理由もわからぬまま殺された。今にして思えば、マギサ=ヘクサの行動に注意するべきだった。彼女が騎士生や教官たちに術をかけている時、その従者たちにはかけないのかと確認すべきだったのだ。
当時、敵に操られたのが騎士生ばかりだったから見過ごされたが、刺客は何も騎士生でなくてもよかったのだから。――今さら言っても仕方のないことだが。
「貴族たちには今回の事件の顛末は説明される。隠しおおせるものでもないし、隠蔽しようとすれば逆に彼らの不審を招く。敵は策士だよ。反乱は起きなくても、王族に対する不審を諸侯に抱かせることに成功したのだから」
「どう転んでも、奴らにとっては利がある、と」
なんとも上手い策だった。目論見は外れたが、それに近い結果を残すことに成功したのだから。敵としては最高ではないが、次善の結果を得たと言ってもいい。
「君には誠に申し訳ないがね、ジュダ。事件解決には、ラウディ殿下と君の活躍があったことが説明される」
「……俺ひとりに英雄役が押し付けられなくてよかった、と言っておきます」
本当は、とても嫌なのだが。ペルパジアもその心境を理解しているから、ジュダに同情的な視線を向ける。英雄にはなるな、という言葉は彼が言ったことだ。
「反乱を王子が防いだ、となれば諸侯に少なくとも貸しが作れる。不審を多少なりとも和らげることができるとよいのだが」
「いっそラウディの活躍をもっと前面に出したらどうですか?」
「あまり王族が目立つのも、かえって反発が強くなるものだ」
ペルパジアは、じっとジュダを見つめる。
「亜人解放戦線の一部隊を一人で壊滅させ、国王や王子を救ったことのある英雄である君がセットになることで、真実味が増すだろう」
「……なるほど。もう俺は英雄とやらに片足を突っ込んでいる状態なのですね」
冗談じゃないと思わず罵りたくもなる。するとペルパジアは口元をほころばせた。
「なら王子殿下の言葉をそのまま、諸侯の説明に使おうか?」
「……」
ジュダは閉口する。ラウディ曰く。
『ジュダは、マギサ・カマラに扮するヘクサ・ヴァルゼの正体を見破り、事件解決のため、多くの騎士生の命を奪うことなく無力化させ、敵の野望を阻止した』
ため息をつく。――彼女は俺一人に英雄役を押しつけるつもりなのか。
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