第84話、肉薄する刃


 メイアとシアラは、騎士生の前線を突破し、ヘクサに迫った。


 魔石を仕込んだ短剣――その投擲距離にメイアは迫ったが、騎士学校の教官たちがそうはさせじと前に立ちはだかった。

 メイアは必殺の距離を遮られ、ヘクサへの速攻を潰された。


 だがその後をシアラが引き継ぐ。二刀を構え、メイアを囮とするように離れると、教官たちの壁をかわし、ウルペ人の魔術師に迫った。


 跳ねるような跳躍。あと二歩で、ヘクサの首を捉える――しかしシアラは、頭上からの新手に行く手を阻まれた。その相手に、シアラの戦意は削がれる。


「アクラ!?」


 妹、アクラ・プラティナ――ヘクサ暗殺のために送られた『幻狐』部隊のリーダー。ジュダと接触するためにわざと騎士学校に捕まった彼女が、あろうことかシアラの前に現れ、暗殺対象を守る盾として武器を向けてきたのだ。


「ヘクサっ!」


 シアラは吼えた。妹アクラが敵対する理由があるとすればひとつだけ――ヘクサの呪術によって操られているということだけだ。

 憎悪の念がシアラを突き動かすが、殺したいほどの憎しみは、妹が振りかざす刀の前に散らされていく。


 油断したわけではない。だがアクラの容赦ない刀は、シアラの左腕を斬りつけ、また太ももへのかすり傷を作った。


「あは、はははっ!」


 ヘクサが声を上げて笑った。

 ラウディの狙いは潰えた。ヘクサを討つ役目を担う二人は阻まれ――残る四人、ラウディ、コントロ、サファリナ、リーレは多数の騎士生に取り囲まれた。


 絶望的状況だった。

 ラウディは迫り来る騎士生――クラスメイトの一撃を躱すと、すれ違いざまに槍を相手の足にぶつけ、引っ掛け転倒させた。


 背後で足音。近い! 一瞥すると同時に、槍を引き『石突き』の部分で背後の襲撃者を叩いた。


 その騎士生は鼻血を噴き出し倒れる。鼻の骨が折れたかもしれない。鈍い手応えに、しかしラウディの意識は『次』へと向く。


 少しずつ間合いが狭くなっていく。一度に相手にしている数が増えてきているのだ。ラウディは槍を振るう。槍の向きを立て、腹の部分でまた一人騎士生の顔面にぶつける。


 騎士生を殺さない。槍で突けない、刺せないとなれば、打撃中心となり、一般男性に比べ筋力に劣るラウディでは、鎧や防具のない部分を殴るしかできなかった。

 だが、それでもハンデにはちょうどいい。あくまで、一対一なら。


 ――これは負けるなぁ……。


 追い詰められているのがわかる。ゾクゾクとする感覚。恐怖。焦り。重い何かが被さってきている。


 ――いけない、なっ!


 ラウディは正面から迫る騎士生の股座に槍を突き入れ、振り上げた。それは男の急所をしたたかに打ち付け――また一人ダウンさせる。

 右から迫る音。さらに左にも……。


「殿下!」


 コントロの声。気迫に満ちた唸り声と共に、ラウディに迫る騎士生に飛び掛り、押し倒す。その顔面に一撃を入れると、コントロは素早く立ち上がり。


「来い! 王子殿下には指一本触れさせんぞ!」


 向かってくる騎士生の剣を、自らの剣をぶつけて逸らすと、左手の小盾を叩きつける。ラウディの指示どおり、騎士生を殺さないように戦っているのだ。


「きゃっ!?」


 サファリナの悲鳴。見れば、騎士生に背後から飛びつかれている彼女の姿が見えた。


「この……!」


 緑髪の女騎士生は抱きついてくる騎士生の顔面に肘鉄を入れたが、別の騎士生が今度は正面から飛び掛り――たちまちサファリナは身動きできないように取り押さえられてしまう。


「サファリナ嬢!」


 ラウディは彼女のもとに駆けようと槍を構える。だが今度はコントロの声。


 騎士生が手にした槍をコントロの腕と足に押し付けていた。雷石がはめ込まれた魔石槍――その強烈な電撃がコントロの身体を駆け巡り、彼はその場で痺れ、膝が折れる。


「……っ!」


 神速――ラウディは稲妻の如き突進で、騎士生の懐に飛び込むと、たちまちその二人を叩き伏せた。電流から解放されたコントロだが、しかし立つこともままならない。


 操られた騎士生はまだ半分ほど残っている。


 ――半分? 結構、善戦したかな……。


 怖いはずなのに、どうしてこんなことを考える余裕があるんだろうとラウディは思った。

 全身を脳内物質がめぐり、精神的な昂揚を感じているのか。感覚が麻痺している――ラウディは槍を振りかざしながら思う。


 視界の端で、リーレがアクロバティックな身のこなしで飛び、避け、騎士生たちを相手にしている。


 思ったより善戦しているのはリーレのおかげだ。彼女、こんな戦い方ができるのか――知っているようで知らない同期生の新たな一面に小さな喜びをおぼえる。


 騎士生が槍先から電撃を放った。魔石を触媒としている魔石槍の一撃。しかしラウディの槍――ランス・オブ・グローリアも同様だ。その守護の魔石は電撃や炎を逸らし。


「やッ!」


 跳ね返す。四散した電撃は向かってきた最前列の騎士生三人を一時的に感電させる。しかし四散した影響で威力は下がっているらしく、三人中二人がすぐさま前進する。


 ――どちらを先に叩く……!?


 一瞬の迷い。ほぼ同時に向かってきたのは偶然だが、ラウディの迷いは致命的だった。騎士生の攻撃を槍で防いだことで、隙ができ――左右、背後から迫る新手に対応できなかった。


 ――あ……。


 槍を振り回すスペースがなかった。前から横から後ろから騎士生が押さえ込みにかかり、ラウディは捕まった。


 腕が押さえられ、抵抗の過程で、正面の女騎士生の股間に一撃膝が入ったがそこまでだった。


 ラウディは両腕を押さえつけられ、その場で膝をつかされる。視線を向ければ、戦っているのはリーレ、メイア、シアラの三人。コントロとサファリナはラウディ同様囚われていた。


「さあてお仲間さん? 王子様は捕まえたわよ。これ以上暴れると王子様の命はないわよ?」


 ヘクサの愉悦に満ちた声が木霊する。メイアは即座に動きを止めた。リーレは剣を構え、向かってくる騎士生を叩き伏せている。シアラも小刀を振り回す幻狐の少女を相手に防戦を演じている。


「聞こえなかったのかしら?」


 ヘクサが小枝のような杖を振るうと、鈴の音が鳴った。直後、サファリナが甲高い声を上げた。見れば取り押さえられている彼女の背中を騎士生の一人が短剣で刺したのだ。


「やめろっ!」


 ラウディは叫んだ。ヘクサは再び杖を振るった。その先には取り押さえられたコントロがいて――彼は脇腹に短剣を刺された。


「コントロ! やめろ、ヘクサ! やめてくれっ!」


 ラウディの表情が歪む。自分を傷つけらたように痛かった。ヘクサはくすくすと笑う。


「言ったでしょう? 私は抵抗するな、と言ったのよ? 次は――もう、わかるわよね」


 視線は、シアラとリーレに向く。

 シアラが小刀を落とす。直後、妹アクラに殴られ、その場に倒れこむ。リーレは舌打ちし、武器を手放して両手を頭の上に置いた。彼女を取り囲む騎士生たちは赤毛の少女の顔近くに剣と槍を突きつけて止まった。


「はい、これでおしまいね。まあ、よく戦ったんじゃないかしら」


 ヘクサは壇上を降りる。一歩一歩、ラウディの元へと歩んでくる。


「こうなってしまった以上、あなたたちの道は二つ。死ぬか、私の操り人形になるか……」

「こ、断る……」


 コントロが痛みに顔を引きつらせながらも即答した。


「殺すがいい」

「いい覚悟ね。……でも残念ね、レパーデ君。決めるのはあなたじゃない、私なの」


 勝者の笑みを浮かべながら、ラウディの前に立ち止まる。


「いえ、王子様、あなたに決めさせてあげるわ。仲間たちが死ぬのを目の当たりにするか、私が呪術をかけるのを見守るか」

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