第82話、覚悟を決める王子
「……どういう状況かわかっているのかしら?」
ヘクサは見下すようにコントロを睨み返した。
「あなたのお仲間や教官たちが、私の命令ひとつで動く。戦力差は十倍以上。多勢に無勢、この状況で大口叩けるほどの力が、あなたにはあるのかしら?」
「……!」
「どう料理してあげようかしら」
ヘクサは壇上にある椅子に腰掛けた。
「王子様はこの際、生け捕りにしようかと思ったけど……コントロ君、あなたも生け捕りしようかしら。それであなたの仲間を一人ずつ殺して、あなたが泣いて許しを乞う様を眺めるのも一興よね」
「外道……っ」
「ふふん、決めたわ。あなたたち全員生け捕りにして、それから暇つぶしに一人ずついたぶり殺してやる。惨めに床に顔をこすりつけて跪くさまを楽しむことにするわ。『お願い、もうやめて』――誰に言わせようかしら。……王子様?」
意地の悪い笑みを浮かべてヘクサはラウディを見た。
「貴様ッ!」
メイアが激昂した。傷を負ってなかったら、すでに飛び出していたかもしれない。ラウディへの暴言、言葉の蹂躙にメイアの怒りが爆発した。
ラウディ自身、心の底から怒りの感情が込み上げる。
人を汚し、蹂躙し、その様を嘲笑おうという腐れ外道。こんな者を敵と知らず信じていたことに憤りをおぼえた。
さらに人の命をなんとも思わないような発言。もし彼女の言うとおりに敗北し、囚われた時に待っている辱めにも。
絶対に、こいつに負けてはいけない。負けるくらいなら、死んだほうがマシだ。
ラウディは深呼吸する。怒りに思考を支配されてはならない。父王からよく言われていた。相手の挑発に我を見失ってはいけない。王は、他を統べる者は、怒っている時も冷静な思考を働かせ、自らを抑制するのだ。
「……そう上手く行くかな?」
ラウディは薄く笑みを張りつける。
「騎士生を操って、支配者を気取るのは勝手だが、私たちを甘く見ないほうがいい」
「ほう……」
ヘクサは片方の眉を吊り上げ、面白いものを見る目になる。
「どう甘く見ないほうがいいのかしら? 講堂にいる教官や騎士生全員を敵に回してなお、勝てるつもりかしら?」
「もちろん」
ラウディは胸を張った。……もちろん虚勢である。
「降伏すれば命は助ける。だけどあくまで抵抗するのなら、容赦はしない」
「いやに自信満々ね王子殿下」
ヘクサは笑みを引っ込めた。その目は獣が獲物を狩るかの如く鋭くなる。
「援軍でも当てにしているのかしら?」
その眼光に、ラウディは一瞬怯みそうになった。
『――亜人たちと向き合う時は視線には気をつけてください。彼らの多くは言葉より目線の動きで、判断する者が多いですから』
亜人の集落でジュダが口にした言葉がよぎる。あの時ラウディは、目を逸らすなという意味かと聞き返した。ジュダは、見つめられたらガンを飛ばせ、それで相手が避ければよし、荒事になったら何とかする、と言っていた。
この場に彼はいないが――そうとも、彼が後は何とかしてくれるだろう。この場に駆けつけてくれば。たとえ間に合わず、こちらがやられてしまうことになったとしても。……精一杯足掻かせてもらう。
「ああ、とても頼もしい援軍がいる」
ラウディは言い返した。
「お前の目論見どおりにはいかないさ」
「どの目論見かしら?」
ヘクサはまたも嫌な笑みを浮かべ始める。
「あなたを殺すこと? それとも、騎士生の軍団で王都を陥落させること?」
「騎士生を兵隊にして、反乱を起こすつもりか?」
やはりそのために、騎士学校の人間すべての術をかけたのか。ラウディは自身の予想が当たっていたことに、小さな勇気を得た。
「でも残念だなヘクサ。騎士生の反乱など、父上と王国の軍勢によってたちまち鎮圧される。労力に見合った成果は得られない」
「勝ち負けの問題ではないのよ王子様」
ヘクサはまったく意に介さなかった。
「騎士生が反乱を起こし、王国軍とぶつかる……それだけでいいのよ。それで騎士学校の生徒たちが潰れれば、王族と貴族の溝は決定的になる上に、未来の王国の騎士たちも消せる。一つの石でいくつ鳥が落とせるかしらね」
――やはりそこまで見越した上での行動か。
ラウディは自身の予想――最悪の想像が当たっていたことに苦い気持ちになった。
同時にヘクサは、騎士生を使い捨ての駒と見ている以上、その命をなんとも思っていないこともわかった。
彼女が生徒たちを殺すことに何のためらいもなく、いざとなれば人質にとってこちらの動きを封じることにも遠慮しないだろう。
人質なんてとられたらこっちは打つ手なしだ。
ラウディの脳裏に敗北の文字がよぎる。速攻でヘクサを討とうとしても、前に立ちはだかるだろう騎士生たちの壁。
「メイア――」
ラウディは小声を出した。
「私たちで騎士生たちを引き付ける。……ヘクサを
「……もちろんですラウディ様」
メイアは短剣を握りこんだ。
「投擲距離に踏み込めば、一撃で仕留めます」
「援護します」
シアラが囁くような声で言った。
「いざとなれば、私が第二の矢となり突撃します」
「……よし。コントロ、サファリナ――」
「承知しました」
「騎士生たちを引き付ける役目ですね、お任せください」
コントロとサファリナは剣を構える。ラウディは視線をずらす。
「リーレ」
赤毛の騎士生は頷きだけ返した。
その様子を見ていたヘクサは席を立った。
「打ち合わせですか? やる気はあるみたいなので、始めましょうか」
しゃらん、と鈴が鳴った。
同時に騎士生たちが剣や槍を振り上げて、一斉にラウディたちへと突進してきた。
ラウディは槍を一振り、その穂先を前に向ける。
騎士生たちは殺さずに――やれるのか、迷う心がもたげたのは一瞬。すぐに雑念を捨てる。
やるしかないのだ。
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