第79話、行動開始


 方針が決まったのなら、動き出すべきだ。ヘクサ・ヴァルゼを討つ――ジュダは残りの面々を見回した。


「コントロ、サファリナはラウディの護衛。お前らが死んでもラウディに怪我させるなよ」

「無論だ」


 コントロは剣を取った。


「この命に替えても王子殿下はお守りする!」

「あなたに指示されるのはイヤですわ」


 サファリナはそっぽを向いた。


「でも、本当にやるつもりですの? たったこれだけの人数で?」

「怖気づいたのか?」

「そんなわけっ!?」


 サファリナがヒステリックな声を上げかけたところで、ジュダは手を上げて制する。


「怖かったら、隠れててもいいぞ」


 本当は一人で残られても困るから、少し挑発してみる。


「……っ、こ、怖くなんてありませんわ!」


 サファリナは案の定否定した。ジュダは淡々と告げる。


「せいぜいその体で、ラウディの盾になれ」

「な、どこまで無礼な男!」


 サファリナが怒り出すのを無視して、コントロは口を開いた。


「しかし、人数もそうだが、装備も不足していると思うのだが……」

「学校の武器庫は、敵が固めている」


 騎士学校へ戻った際、武装した騎士生が見張りに付いているのを確認している。ジュダは廊下のほうへ視線を向けた。


「そこらで伸びている騎士生から適当な装備を拝借すれば、少なくとも防具は足りる。……余計な回り道をして、敵を増やすことはないだろう」

「せめて魔石を調達できないか?」


 コントロも部屋の外――炎のリーレの異名を持つクラスメイトの方を見た。


「魔石魔法の実力者がこちらにいる強みは活かすべきだと思う。リーレはもちろん、サファリナもあれで魔石魔法の使い手だ」

「君は攻撃魔法を、同期の連中や下級生相手に使うつもりなのか?」


 ジュダはコントロの肩を軽く叩いた。


「それはラウディが認めないだろ?」


 うむ、とコントロはしぶしぶながら同意した。ジュダは次にシアラの許へ歩み寄った。彼女は廊下で気を失っている騎士生から小手やら防具をはずすと部屋に戻ってきた。


「前衛は俺とリーレがやる。後ろは任せられるか?」

「お任せを。あなたのお役に立てるなら喜んで」


 シアラは頷くと、手にした小手をジュダへと差し出す。使え、という意味だろう。ここに来るまで鎧と剣だけだったから、ジュダは騎士生のそれを受け取り、腕にはめる。


「あとこれは確認なんだが――」


 シアラの側により、顔を近づける。一瞬ドキリとしたのか身を硬くする彼女に、ジュダは小声で言った。


「ヘクサは、騎士生を人質にとると思うか?」

「……!」


 シアラはジュダの顔を見た。


「もし俺たちがヘクサに迫った時、あの魔女は騎士生を人質にとるだろうか?」

「……おそらく」


 シアラは小声で頷き返した。


「幻狐の元暗殺者ですから……手段は選ばないと思います」

「もし、敵が人質をとった場合」


 ジュダは周囲、特にラウディに聞き取られないよう気にかける。その王子様はメイアに鎧の着付けを手伝ってもらっていた。


「俺はそれを無視するように動く。ただその時、できれば君には……」


 自身の考えを告げると、シアラはふっと小さく息を吐いた。


「わかりましたジュダ君。大丈夫、手品の類や小手先の技は得意ですから」


 諧謔かいぎゃくに満ちた表情だった。ジュダは頷くとシアラから離れ、ラウディ付きの侍女を見た。


「……で、メイアさん。あなたも来れますね? 辛いなら、無理に戦えとは言いませんが」

「お構いなく、ジュダ・シェード」


 メイアは何者も寄せ付けない、いつもの表情だった。


「ラウディ様をお守りするのが我が使命。それに――」


 メイドは自身の眼を指さした。


「私の魔力眼ドリァウスールがよく見えています。マギサ――いえ、ヘクサの居場所もよく見えます」

「それはありがたいですね」


 学校中を探し回らなくて済む。ジュダは相好を崩すが、すぐに眉をひそめた。


「しかしまた何故見えるように?」

「おそらく魔力の霧を解除したのでしょう……」


 メイアは深刻ぶる。


「こちらが来るのを待っているのかもしれません」


 誘っている、というわけか。こちらがヘクサの正体に気づかなかった場合、つまり味方だと思っているなら、そこへ駆けつけ来たところを一網打尽にする腹か。


「まあ、行くだけ行きましょう。そうでなければ始まらない」

「そうですね」

「ジュダ」


 唐突に、ラウディが神妙な顔つきで見つめてきた。すでに彼女は黄金の軽鎧をまとい、愛用の槍を手にしていた。


「ありがとう」

「……? どういたしまして」


 何のお礼かわからなかった。ジュダは何故かこそばゆく感じ、しかしそれを隠すように視線を外へと向けた。


「一応、そちらに敵は通さないつもりです。犠牲は出さないように善処しますが、いざとなれば、たとえ騎士生だろうと容赦しません」

「それは認めない」

「ええ、認めてくれなくて結構です」


 ジュダは続けた。


「ただどうしようもなくなった時は、躊躇わずに敵を殺してください。いくらあなたが模範的であろうとも、騎士生が死ぬくらいなら自分が……なんて勘違いしないように」

「私のことを気遣っているのか?」


 ラウディが要領を得ないという顔をすると、ジュダは真顔で言った。


「心配したらいけませんか?」

「心配……」


 ふっと、ラウディが俯く。心なしか頬が赤い気がした。ジュダは他の面々を見回す。コントロにサファリナも、拝借した防具をまとい、戦う準備はできたようだった。


「それじゃ行きますか」


 ジュダは部屋の外へと足を向けながら、ふと金髪碧眼の王子を見た。


「ああ、それと。とりあえず邪魔する騎士生はぶっ飛ばしますが、骨の一、二本折るくらいはやるのでそのつもりで」

「ジュダ……」

「それ以上は譲歩しません」


 部屋の外へ出る。砕かれた扉の脇で、リーレが壁にもたれて立っていた。


「様子は?」

「静かなものよ。こちらが動くのを待っているのかしら。それより――」


 リーレはジュダを見やる。


「本気で全員、無力化させていくつもり?」

「無茶な要求か?」

「つい、うっかり、殺しちゃうかもしれない」


 リーレは正直だった。


「まあ、あたしも本気っての出せば、騎士生程度なら黙らせるのは難しくない……と思う。ただ加減間違えちゃうと、どうなるかわからないけど」

「そいつは頼もしいね」


 ジュダは皮肉ではなく本心からそう言った。


「さっきの口ぶりから察するに対人戦の経験あり?」

「あなたもあるんでしょう、ジュダ」


 リーレは皮肉げに返した。あんたも、ね――ジュダは頷いた。


「やばくなったら、仕方ないこともある。優先すべき命の順序は――」

「言われなくても、わかっているつもり」


 リーレは真面目な顔つきになる。


「ねえ、やっぱり障害となる騎士生は殺したほうがいいと思う。一時的な気絶は、意識を取り戻した時、また相手しなくちゃいけなくなる」

「確かに、後々面倒がなくていいが……」


 ジュダは片眉を吊り上げて見せた。


「それはラウディが望んでいない」

「まったく……ええそうね、王子様は望んでないもんね!」


 リーレは腰に手を当て、深々とため息をついた。

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