第78話、生徒を殺せるのか、殺すのか


 リーレは容赦なかった。ラウディに向けたその物言いに、サファリナが挑むように赤毛の少女を睨んだ。


「あなた、ラウディ様のお言葉が聞こえなかったの? 無力化させればいい――そう、ラウディ様はおっしゃったのです。なら、それでいいではありませんか」


 緑髪の女子貴族生は胸を張った。


「操られているだけですもの。わざわざ殺さなくても――」

「……だから、あんたらに同期生を無力化させる芸当なんてできるのかって、言ってるのよ」


 リーレが、じろりとサファリナを睨み返した。


「ここから先は、あんたらが今までやってきた戦闘ゴッコとはわけが違うのよ」

「な、なんですって! なんて無礼な!」


 サファリナは怒りを露わにした。


「なんですのあなた! 平民出のくせにしてこの口の利きよう。前々から気にいらなかった。いったいあなたの親はどのような教育してましたの!」

「親なんていないわ。……それで満足?」


 リーレはどこまでも冷淡だった。一瞬、空気が冷え込んだ。

 狂犬リーレ。クラスメイトにも噛み付くと評判の顔がここで覗かせる。


「ちなみにひとつ聞くけど、あんた、人殺しの経験はある?」

「!?」


 面と向かって人殺しの経験と言われ、サファリナやコントロに戸惑いが浮かぶ。これだから貴族は――とリーレは頭を掻いた。


「危なくなったら騎士生でも殺す――それくらいの覚悟がないなら大きな顔するなって言ってるのよ」


 リーレは、ラウディを見据えた。


「ラウディ様、失礼を承知で言いますが、実戦の経験はございますか?」

「……武器を手に、というのなら何度か」


 フランの森で魔獣に遭遇した時や、先日の創立記念祭――襲撃した亜人解放戦線の戦士に対し、槍を持って立ち向かった時など。だが――


「誰かを殺したか、という意味なら、一度もない」

「そうですか」


 リーレは小さく息を吐き、すぐにその緑色の目を向けた。


「理想論も結構ですが、それを実際にできるかどうかは別問題です。戦場の空気を感じられたことがあるなら、ご理解いただけると思いますが、いざ殺し合いになったら、理性を保つのは難しい。頭の中が真っ白になる、思ったように身体が動かない――」

「……」

「相手が情けをかけてくれるなんて思わないことです。こちらはただでさえ、数で負けています。その上、敵に利する制限を加えるのは、正気の沙汰ではありません」


 沈黙。ラウディはもちろん、サファリナ、コントロも反論しなかった。何を考えているかはわからない。リーレの言葉に反論しないのは、頭ではそれを理解しているのかもしれない。


 だが少し言い過ぎな気がした。しかしジュダも敢えて口は出さなかった。リーレの言っていることは間違っていない。生半可な覚悟では、命を落とすだけだ。


「それでも……やらないといけない」


 ラウディが搾り出すような声を出した。


「確かに、私は今まで人を殺したことはない。けれど、だからと言って逃げるわけにはいかない。私は……ヴァーレンラントの王子。国の大事に背を向けるわけにはいかないんだ」


 キッと、ラウディは睨む。


「私の言葉が理想論だと言うなら言えばいい。それが君の目には滑稽に見えたとしても、それでも私の意思は変わらない。騎士生は殺さない!」


 黄金王子は、周囲の面々を見回した。


「私の意思に従えないというのなら、去ってくれても構わない。たとえ、それで私一人になったとしても、今の考えを変えるつもりはない!」


コントロもサファリナも、シアラも呆気にとられている。ただリーレだけは、ラウディを見据えたままだった。ラウディもその視線を受け止めている。譲る気はないという強い意志。


 先に視線を逸らしたのはリーレだった。剣の柄に手を当て、表情も硬く何かしら考えている素振り。その彼女の足が扉のほうへ向きかけ――とうとうジュダは耐えられなくなった。


「正直に言うと、俺はあなたにどこかで大人しくしていてほしかった」

「ジュダ?」


 ラウディが目を見開く。ジュダは俯き、自らのブーツのつま先を睨んだ。


「リーレの言うとおり、本音を言えばラウディ、あなたを守るためなら、俺は騎士生だろうが関係なく全部排除するつもりでした。邪魔すれば殺します」

「ジュダ・シェード!」

「あなたって人はっ!」


 コントロとサファリナが声を荒らげた。しかしジュダは構わなかった。


「さっき王国と諸侯の関係上、騎士生は殺さないようにって話があったけど、例外もある。例えば、俺のような一騎士生が王国とか貴族とか関係ないところで戦い、その戦いで生じた負の面を全部被る……」

「ジュダ、それは――」


 絶句するラウディに、ジュダは顔を上げた。


「ええ、俺が全部引き受けるということです。たとえ騎士生や貴族生を手にかけても、諸侯の恨みは王族ではなく俺ひとりに向く」

「そ、そんなこと、私が許すはずないじゃないか!」


 ラウディがこれ以上ないほど声を荒らげた。ジュダは思わず口元を引きつらせるが、すぐにいつもの調子で言った。


「ええ、あなたはお許しにならないでしょう。俺が勝手に思っていたことです」

「そんなの、許すわけない。絶対に……」


 悲しげなラウディの顔に、ジュダは少しだけ浅慮だったかなと思う。


「まあ、俺がこんなことを言ったのは、そういうことはしないってことですから、そんな顔をしないでください」

「ジュダ……」


 その言葉に、ラウディは心からホッとしたような顔になった。

 うん――ジュダは小首を傾げる。


「とりあえず、俺とリーレで道は開きます。ヘクサを見つけ出して、ブチのめすという方向でよろしいですね? ……もちろん、騎士生は殺さない方向で」

「うん!」


 嬉しそうに頷くラウディ。ジュダは片目でリーレを見た。


「くれぐれも騎士生を殺さないように」

「……」

「それが王子殿下のご意思だ、リーレ」

「あんたに命令する権利はないわよ。あたしはあんたの子分でも従者でもないんだから」


 リーレは不満を隠さない。ジュダは頷いた。


「そりゃそうだ。友人として頼む」

「!? ……了解。りょーかい! ああ、もうわかったわよ!」


 外を見張る――リーレはそう告げ、部屋を出て行った。

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