第77話、敵の思惑は――


 実際のところ、ラウディが騎士学校を脱出すると決めたら、ジュダはそれに全力を尽くすつもりだった。


 さらにリーレやシアラの力量も加われば、男装姫を無事に学校外へ逃がせる自信はあった。


 たとえ、何十の騎士生に包囲されてもだ。ただその際、妨害する騎士生の命までは保証できないが。


「ヘクサは何故、騎士生全員に呪術を施したのか、それが気になっている」


 ラウディは神妙な表情で疑問を口にした。


「私を暗殺しようとするにしても、大げさ過ぎではないか? 私一人殺すためだけに、騎士生全員を操るのはどう考えても手間がかかり過ぎる」

「たしかに、オーバーといえばオーバーですね」


 ラウディ個人の実力は高いとジュダは認めている。しかし言われてみれば騎士学校全体を敵に回してどうにかできるような力はない。


 ジュダの正体――スロガーヴだと見破った上でなら、過剰とは言えない戦力でもないのだが、ヘクサに見抜かれたようには思えない。


「ヘクサは、一個大隊規模の戦力を手に入れたことになる」


 ラウディは顎先に手を当てて考える。


「これを私ひとりに向けるのは非効率すぎる。私が敵なら、これを使ってもっと大きな標的を狙う……」

「大きな、標的……?」


 コントロが目を瞬かせる。ラウディはシアラを見た。


「シアラ、ヘクサは私を暗殺しようとする一派に属していると言ったな?」

「はい、ラウディ様。ですが、その正体まではわかりません」

「うん。その私を殺害しようとする者たちが何者であれ、私だけではなく王族そのものも敵視しているに違いない。そうなると――」


 凛としたラウディの目が正面を見据える。


「操った騎士生たちを使って王城に攻め込む。……騎士生の反乱を考えているのではないかな」

「反乱……!?」


 サファリナが絶句した。ジュダも思わず目を瞠った。

 騎士生を手駒に、王国軍にぶつける。練成途上の騎士生たちが正規の兵たちにどこまで対抗できるかわからないが、近衛隊を擁する王城警備隊が相手では、ヘクサの操る軍隊は、王国軍に出血を強いることはできても勝つ可能性は――


「必ずしも勝つ必要はないんだ」


 ラウディが独り言にように呟いた。


「王国と騎士生がぶつかって流血沙汰になればいい。操られている生徒たちに説得は通じない。その彼らを鎮圧するのは実力行使のみ。その事実だけで王族と諸侯の関係が瓦解する!」


 なるほど――ジュダにもわかってきた。


「仮に王国軍が反乱を鎮圧すれば、王に仕える諸侯の不満が爆発するでしょうね」


 視線は、サファリナやコントロへ向く。


「特に、騎士学校に子どもを在籍させている貴族たちは――」


 息子、娘や、将来の騎士とすべく預けた学校。そこで反乱が起きれば親である貴族たちは不安を覚え、さらにその反乱を鎮めるために流血沙汰となれば、王国側が正しかろうと貴族たちは不満を抱く。誰だって自身の子が可愛いのだ。


 北方戦役での疲弊、王族への不満――それらを溜め込んでいる所に、騎士生たちの反乱。貴族たちの不満が爆発し、より大きな反乱を起こす……。


――なかなか頭が回るじゃないか、お姫様。


 ジュダは、ラウディの考えに感心した。なかなかどうしてこの状況でも、きちんと考えることができている。


「そうなると、操られている騎士生たちを学校の外に出すわけにはいきませんね」


 ジュダは考える。


「ラウディ、あなたが騎士学校の外へ逃げるのも駄目ということになります。みすみすヘクサに騎士生たちを外に出す口実を与えることになる」

「なら」


 ラウディは眦を決した。


「ヘクサを討つしかない」

「そうなりますね」


 ジュダはため息をついた。


「正気なのかジュダ・シェード?」


 コントロが目を見開く。


「ヘクサを討つのは望むところだ。だが彼女の許まで我々だけでたどり着けるのか? 味方はここにいる者のみ――」


 彼は、ひとりずつ指さしていく。ジュダ、シアラ、リーレ、サファリナ――怪我をしているせいかメイアは勘定に入れなかった。


「たったこれだけで! ここは篭城するべきでは? 幻狐――シアラ・プラティナの仲間も動いているのだろう?」


 コントロがシアラを見れば、ウルペ人の少女は頷いた。


「ええ。すでに行動を開始しているはずです。ヘクサを捜索し、あるいは交戦しているかも」

「彼らと合流するか、時間稼ぎに徹するべきだ。あまりにもこちらの戦力が少なすぎる」

「ウルペ人たちが失敗したら?」


 ラウディは凛とした表情を崩さなかった。


「すまないシアラ。君の仲間たちを疑うわけではない。けれど、学校内を逃げ回るのは限度がある。外部からの応援も期待できないし、してはいけない。王国軍が介入すればそれこそ敵の思う壺だ。どうせ交戦が避けられないなら、戦うべきだ」

「しかし――」


 コントロは俯いた。ラウディは眉をひそめる。


「何だ、コントロ君。何かあるのか?」

「戦うということは……騎士生たちとも剣を交えなくてはいけないことを意味します」

「!?」


 サファリナが息を呑み、リーレは淡々とした顔でコントロを見やる。


「……ヘクサに操られた騎士生たちはこちらを妨害してくるでしょう。彼らを……同期の者たちと戦うというのは――いささか、覚悟がいるかと」


 重苦しい空気が漂う。ジュダはそれとなく周囲の顔を伺う。


 コントロのように深刻な顔をしているのはラウディとサファリナだった。シアラはどこか同情するような目を彼女たちに向ける一方、メイアはいつものように無表情。そしてリーレは……彼女もまた実に平然とした顔で周りの様子を眺めていた。


「戦いは避けられない」


 ラウディはやや顔を俯かせたが、視線は真っ直ぐ正面を見つめていた。


「だが、必ずしも騎士生を殺す必要はない。それこそ敵の思う壺だ。極力、騎士生たちを無力化させて、いち早くヘクサを討つ」


 無力化――その言葉に、コントロとサファリナはどこかホッとしたように息をついた。同期生の命をとる必要がないと聞いて、少し気が楽になったのだろう。問題自体は何も解決していないのだが――ジュダが冷めた視線を向ければ。


「それは少し『甘い』のではないですか、ラウディ様」


 リーレが口を開いた。


「即行でヘクサを討つ案には賛成します。ですが、邪魔する騎士生は殺してでも排除すべきです」

「え?」


 サファリナが驚きの声を上げた。ラウディも驚いたようだが、すぐに表情を引き締めた。


「理由を聞いても?」

「操られている騎士生の数が多すぎます。それに無力化するのは殺すより難しい……ヘタに手間取るより、障害を素早く排除して目的を達したほうが、最終的には犠牲も少なくなる――」

「ダメだ」


 ラウディは首を横に振った。


「騎士生は殺してはいけない。さっき言ったとおりだ」

「……戦場で加減なんてしていられるとでも?」


 リーレは引きつった笑みを浮かべた。


「相手は殺しにかかっているのに、こっちは殺すな、なんて……ずいぶん都合のいい話に聞こえますね、王子殿下」

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