第73話、追跡者の正体
ペルパジアの発言には説得力があった。ジュダは彼の言葉を考え、そして首を振った。
「可能性はありますが、少し強引な気がします」
マギサ・カマラの偽者が、先日の創立記念祭に潜入していたなんて。
「そうだろうか」
ペルパジアは視線を宙に彷徨わせた。
「そもそも、マギサ・カマラに会おうとした理由はなんだ?」
「コントロにかけられていたウルペ人の呪術を解くためです」
ジュダは答える。
「レーヴェンティン教官から、彼女のことを紹介されました。それで彼女に会うために亜人の集落へ行くことに」
「うむ、敵はその情報をどこからか仕入れ、先回りして本物のマギサ・カマラと入れ替わった」
「彼女が『偽者』なら……そうですね、本物のマギサ・カマラがいることになる」
あくまで、偽者というのが本当なら。ここまでの話はどれも推測の域を出ない。
「どうやって本物か確かめましょうか? 俺はマギサ・カマラが本物か偽者か見定めることができないのですが」
「本物のマギサ・カマラを知っている者に合わせればよい」
ペルパジアはニヤリとした。
「エレハイム・レーヴェンティン。彼女の紹介と言ったな。二人を会わせるのだ」
その手があったか。ジュダは頷いた。幸い、二人は騎士学校にいる。マギサを図書館へ連れ出せば、エレハイム教官と会わせるのは難しくないだろう。
……そういえば、マギサが騎士生全員に呪い除けをかけている間も、あの銀髪メガネの魔法教官は姿を見せなかった。
――ん?
何かが、引っかかった。マギサ・カマラは昼間何をしていたか。騎士学校の一部を除くほとんどの生徒に呪術除けを施していた。
「どうしたのだ、ジュダ?」
表情の変化を見逃さなかったのだろう。ペルパジアが怪訝そうに問うてきた。
「
「……」
「どういうことでしょうか? 彼女が暗殺者なら、呪い除けを騎士生にかける意味は……?」
「本当にそれが『呪い除け』だったのか、疑う余地があるな」
ペルパジアの表情が曇った。
「もしそうなら最悪を想定しなくてはならない。が、ジュダよ。忘れるな。まだマギサ・カマラが暗殺者と決まったわけではない。暗殺者は他にいて、ただ彼女はそれを防ごうと尽力している人物だけなのかもしれない。しかし――」
「暗殺者かもしれない」
ジュダは立ち上がった。
「もし暗殺者なら、騎士生すべてにかけた魔法は、新たな攻撃の予兆かもしれません。迅速に、真実を確かめなければ」
学校に戻ります――ジュダは踵を返した。
ひどい胸騒ぎがした。よぎるのはどうにも嫌な予感ばかり。最悪なのは、騎士生全員が呪術にやられていたという場合だ。そう考え、ジュダの表情は曇る。
その場合、ラウディを守るはずの近衛隊、そして教官たちもまた、呪術の餌食となっていることだ。ジュダはマギサが彼、彼女らに術を施しているのを見ている。
そうなると王子を守るのは、今のところ呪術を受けていないリーレとコントロ、数名の騎士生のみ。
――くそ。まだ、何も起こるなよ!
ジュダはトニと共に城を出ると、夜の帳に包まれた王都の街並みを駆けた。
・ ・ ・
それはどこまでも影のように追ってきた。
王都の夜、
建物の屋根づたいにそれは追いかけてきていた。おそらく『幻狐』の手の者だろう。ジュダは察しをつける。
仲間の一人が騎士学校側に囚われているから、何かしら仕掛けてくるだろうとは思っていたが、ジュダ自身に監視がつくというのは意外だった。王城との連絡係とでも思われたのだろうか。
無視するか。それともあのメッセージの真意を問い質すべきか。ジュダは迷った。
再び視線を向ける。影はこちらを追尾している。疾走する馬のスピードに随伴するのは大したものだが、それゆえにちらちらと姿が見え隠れしている。
目障りだった。嫌な予感がする。騎士学校で、すでによくないことが起きているのではないか。ジュダの心臓がギュッと縮むような痛みを感じる。
「……」
ジュダは前傾を深める。
「トニ」
そう呼びかけ、ジュダはトニを開けた大通りから左手の裏通りへと潜り込ませた。狭い路地に入り、視界に人がいないのを確かめると、ジュダは風の魔力を足にまとい、狼脚でトニの背から飛び上がった。
たちまち二階立て民家の屋根へと飛び上がる。追尾していた影、その正面に立ちふさがる。
「俺に用事か、狐」
影はひたりと立ち止まる。距離にして五メータほどの距離。月明かりに浮かぶその姿――ジュダは一瞬目を疑った。
追跡者の正体は、銀髪の髪をなびかせたあのウルペ女だった。……しかし、彼女は今ごろ、騎士学校の独房の中のはずだ。
だが、目の前には幻狐の面で顔を隠したウルペ人の女がいる。黒い装束をまとったそのしなやかなボディライン。臀部から窺える銀色の尻尾。見間違いようがない。
――また幻術の類か……?
いるはずのない、現れるはずのない狐女が目の前にいる。いったい何人いるんだ――
そう思った時、ふと、ジュダは思った。
ひょっとして俺は思い違いをしていたのか。何故、彼女を昼間捕らえた女と思った? 銀色髪、瓜二つなシルエット。だからといって
「いい加減、仮面をとったらどうだ?」
ジュダは先入観の大元、正体を隠す仮面を睨む。そうとも、これのせいだ。その仮面の下が、あの昼間の狐女と同じと錯覚していたとしたら――
「……そうですね。もう、仮面はいりませんね。ジュダ君……」
狐女は仮面に手をかけ、その素顔を覗かせた。昼間の狐女によく似たその顔――しかし目尻がやや下がった柔和な表情。深い海を思わせる瞳。懐かしいその顔。
「お久しぶりです。また会えて、嬉しいです」
彼女――シアラ・プラティナは静かに微笑んだ。
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