第72話、メッセージの謎


 トニの背に乗り、エイレン騎士学校を出たジュダが向かったのは王城。訪ねたのは養父であるペルパジア大臣のもとだ。


 少し前に、騎士学校が『幻孤』に襲撃された報が王城に届けられた直後とあって、ペルパジアはすぐさまジュダとの面談に時間を割いた。


「幻孤の一員を捕らえたのは収穫だ」


 ペルパジア大臣は、愛用の椅子に身を沈めた。


「これでウルペ人の目的がはっきりする」

「ええ、だといいのですが」


 向かい合う席に座るジュダは肘をつき考える。


「ラウディを暗殺……そう考えていたのは間違いだった可能性が出てきた」

「亜人語で書かれた『マギサ・カマラは偽者』の文字」


 ペルパジアは口をすぼめる。


「ウルペ人たちの目的は王子ではなく、彼らが偽者というマギサ・カマラかもしれない」

「思い起こしてみれば、そうだったかもしれません」


 ジュダは瞑目する。


「先の襲撃の際、捕らえた狐面の女は、ラウディではなくマギサを狙いました」

「ふむ」

「これは、呪術除けをかけているマギサを討つことで、ウルペ人の例の呪術を成功させやすくするため……そう解釈できるのですが」

「違和感はある」


 ペルパジアが執務机を一回指先で叩いた。


「至近距離まで接近したのなら、マギサではなく、王子殿下を狙うほうが筋ではないかな? 彼らの目的が王子暗殺であるならば、呪術は手段に過ぎない。王子を直接殺害したほうが手っ取り早いのは間違いないのだからね」

「そう考えるなら、ウルペ人はマギサを最初からターゲットにしていたことになります」


 何故でしょう――ジュダが言えば、ペルパジアは淡々と告げた。


「ウルペ人にはウルペ人の問題があるのだろうな。ただ、幻孤がマギサを偽者と呼んでいることが鍵になっていると思うがね」

「偽者……」

「ジュダ、何故、彼らはメッセージを残したのだろうね」


 ペルパジアは言った。


「メッセージというものは、誰かに宛てたものだ。あの場で、幻孤が誰に宛ててメッセージを残したと思う?」

「誰に……」


 ジュダは思考の海に没する。あの文字を理解できるもの。あの血文字は、亜人語で書かれていた。現に、あの場に居合わせた騎士生は読めなかった。


 騎士学校に亜人語の教科はない。学校にいる者で、亜人語を理解できる者は多くない。ジュダのように亜人と関わりがあった者はいるだろうが、誰がどの程度できるかなど把握できない。


 伝言を宛てたとすれば、確実に亜人語が理解できる者に限られる。……マギサ・カマラ?

 マギサ自身に、お前は偽者というメッセージを残したのか? ……わからない。


『あなたも亜人ですね――』


 不意に、ウルペ人の少女、かつてのクラスメイトのシアラ・プラティナの顔がよぎった。収容所に囚われた彼女を助けた時、シアラはジュダにそう言った。


 ――俺に当てたメッセージ、か。……いやまさか。


 何故、ここで彼女の言葉が浮かんだのか――きっと幻狐の、あのウルペ女を見たせいだ。


「こちらを混乱させるために偽のメッセージとか」


 ジュダは、自分の中で浮かんだそれを敢えて封じた。


「マギサに対する不審を抱かせることで、こちらの目を他所へ向ける」

「そうだとすれば、君はそれに乗っているわけだ」

「ええ、俺だけが」


 ジュダは皮肉げに笑みを浮かべた。自分宛てのメッセージと解釈するのは自惚れだろうか。


「他の人間は、そうとは知らずこれまでどおり警戒を――しているんでしょうかね」


 ふと思う。


「幻孤の一人を捕らえたことで、近衛が警戒を緩めるなんてことは」

「彼らはそこまで愚かではない。敵が複数いるなら、その全員を捕らえるか諦めさせるまで、決して手を抜かない」

「それを聞いて安心しました」


 ジュダが言えば、ペルパジアは再び机を指先で叩いた。


「しかし、血文字が偽のメッセージという線は低いな。何故なら騎士学校の人間たちにマギサが偽者と伝えたければ……彼らは人間の言語でメッセージを残したと思うね。その方が確実だ」

「……それもそうですね」


 ジュダは考え込む。亜人語で書かれたメッセージ。


「メッセージもそうだが――」


 ペルパジアは思案する。


「幻孤が『敵』であるかも実に怪しい。彼らは、王子殿下を狙った暗殺者を殺害したのだろう?」

「亜人集落での狙撃犯、そして亜人語のメッセージ……おそらく」


 暗殺者に死を――幻孤が二度襲ってきたという事実がなければ、彼らはラウディに迫る危機を排除した者たちという見方もできる。


「……彼らは王子暗殺を考えていない、そうなるな」

「ええ、幻孤の行動を見ると、そう解釈できます」


 でも――ジュダは思い出す。


「最初の襲撃の際、敵はラウディを狙ったような。たしかマギサが庇って――」

「確かかね?」


 ペルパジアはじっとジュダを見つめた。


「その場を見たかね?」

「……マギサがラウディを押し倒しているところは見ました。飛んできた凶器から庇ったように見えましたが」

「それは王子ではなく、マギサを狙ったものだったという線は? 彼女はそれをあたかも自分ではなく、王子を狙ったものと周囲に思わせるために庇うような格好をして見せた」


 ペルパジアは席を立った。


「自分が狙われているのを巧妙に隠し、王子殿下をその身代わりとしたのだ。王子の警護が厚くなる。そして自らその側にいれば、自らの身も守られる――」

「何故そんな……」

「彼女が、マギサ・カマラが偽者だからだ」


 手を後ろで組み、部屋を歩く大臣。散歩をするような態度は考え事をする時のそれである。


「あの血文字のメッセージは……マギサ・カマラの偽者に対するもの――」

「……」

「暗殺者に死を――それは、王子殿下を狙撃した暗殺者のことではなく、マギサ・カマラの偽者のことを指しているやもしれん」

「あのマギサ・カマラが暗殺者?」


 ジュダは驚いた。


「しかし、彼女はコントロの呪術を解きました。もし彼女が暗殺者なら、こちらに利することをするでしょうか?」

「こちらの信用を得るためではないか?」


 ペルパジアは迷いなく告げた。


「君や周囲の者に、自分が味方だとアピールするのだ。何も暗殺者に仕立て上げるのはレパーデ君でなくてもいい。実際、レパーデ君の呪術が解けた後、他の騎士生が呪術をかけられ王子殿下を襲撃した」

「そしてその襲撃者たちも、マギサ・カマラによって呪術を解かれている」


 ジュダは眉間にしわを寄せた。ペルパジアは頷く。


「呪術が解けるということは、その呪術自体を理解しているということだ。自ら暗殺者を生み出す一方、失敗した暗殺者の術を解くことで、こちらの信用を勝ち得てそばに居続ける……」


 なるほど――ジュダはペルパジア大臣の話に引き込まれる。だが、疑問もある。


養父おやじ殿、マギサ・カマラが騎士生に術をかけ、それを解くというのはわかりますが、一番最初のコントロの術はどうなりますか? あの時、マギサは騎士学校にいませんでしたが」

「だから『偽者』なのだよ」


 ペルパジアは歩くのを止め、椅子に座った。


「そもそも、騎士学校創立祭の時、外部からの招待客など多くの者が存在した。その中に、彼女は紛れていたとすればどうかな……?」

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