第71話、疑いがあがったならば、確認しなくてはならない


 ジュダが講堂に戻ると、騒然としていた。


「遅かったな、ジュダ」


 ラウディが腰に手を当てて、遅刻を咎める親のような顔をしていた。


「君が追いかけていたはずの賊を捕らえたぞ」

「はい?」


 何を言っているのか理解できなかった。騒ぎのもと、人だかりのほうに目を向ければ、あの銀髪の狐面女が床に倒され、取り押さえられていた。


 狐面の腕をとり、締め上げているのはリーレ。彼女は得意げにジュダを見やり、皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「騎士生に成りすまして、近づいてきたのよ。でも残念、姿を変える幻術ってのは初めてじゃないのよね」


 姿を変える幻術ということは、何か別の姿になっていたということだろうか。ジュダの目には、黒装束に狐面の銀髪女――先ほど追いかけた時と姿に違いはなかった。


「……それじゃ、その素顔を拝見しましょうか」


 急に真面目な顔つきになるリーレ。ジュダも思わず、唾を呑み込んだ。


 狐面の下にあるのは――あのウルペ人少女ではないか。かつて同じクラスで騎士生として時を過ごした彼女。


 狐面女は一瞬抗おうとしたが、リーレに圧し掛かられては逃れる術はなかった。

 狐の面を剥ぐ。ジュダは息を呑む。


 シアラ――?


 知っている少女とよく似た顔がそこにあった。一瞬、彼女だと思ったが、よく見れば違う。


 ――雰囲気が違うな。


 とてもよく似ているが、かつて同期の仲だったシアラ・プラティナは、目尻の優しい、大人しい顔をしていたが、狐面を剥がれたこの少女は……少し目つきが険しい、というか鋭い。何とも刺々しい感じだ。よくは似ている、ひょっとしたら姉妹と思えるほどに。ただ、どう見ても別人だ。


 呆気にとられたのはリーレも同じだった。ラウディも何も言えなかった。

 周りにいた黄金衛士たちがリーレに変わり、ウルペ人少女を拘束し、講堂から連れ出す。


 その間、ジュダはただ見送るだけだった。


 ――俺は、がっかりしているのか?


 本当は、シアラじゃなくて喜ばなくてはいけないところなのに。


 襲撃犯の一人を捕らえた。取り調べが行われ、一連の事件の真相が明らかにされることになるだろう。誰がやるかは知らないが、手荒い尋問も行われるかもしれない。知り合いがそんな目に合わなくて済むのは、いいことに違いないのだが。


「なあ、ジュダ・シェード」


 立ち尽くすジュダの傍らに、コントロがやってきた。


「あの娘は、彼女なのか? ……その、シアラ・プラティナ」

「似てはいたが、別人だよ」


 比較的親しかったジュダに比べて、コントロは見分けがつかなかったようだ。


「あたしは違うと思ってた」


 リーレが口を開いた。


「だってシアラに比べて、胸なかったもん」

「あ……そう」


 ジュダは何と答えるべきかわからず、あいまいな返事をした。……かつてのクラスメイト、シアラは中々見事に発達したプロポーションの持ち主だった。連行されていく少女も、言われてみればシアラほど胸はない気がする。些細な、誤差のようなものにも見えるが。


「違うと思ってた割には、驚いていたみたいだけど?」

「そりゃ、まあね。あそこまでシアラに顔が似ているとは思わなかったから」


 リーレは苦笑した。本人ではなかったが、別の意味で驚かされたことには違いない。


「……もしかしたら、姉妹だったりして」

「ともあれ、これで」


 コントロが背筋を伸ばした。


「事件解決に前進だな。王子殿下を狙う理由も明らかになる――」

「気を抜くのはまだ早い」


 ジュダは呟いた。


 事件の真相うんぬんに近づいたのは間違いない。コントロの言うとおり、犯人の一人を捕まえたのは大きい。しかし――


「そうだな。逃げた連中が再び襲ってくるかもしれない」


 コントロはそう言って気を引き締めた。


 ――いや、そういう意味では……。


 言いかけ、ジュダは口をつぐんだ。


 これはいま言ってもいいことだろうか。ジュダは周囲に視線を走らせる。


 ラウディはメイアと一緒にいた。ジャクリーン教官は他の教官たちと今後の話し合いをしている。何人かの黄金衛士たちは警戒を崩さず、周囲を監視。そして――


 マギサ・カマラは、ウルペ人少女が連行されていった講堂の入り口の方を見ていた。その表情は喜びも怒りもなく、何を考えているか読み取れなかった。


『マギサ・カマラは偽者』


 亜人語で書かれた血文字のメッセージ。その意味は? まだ、この事件終わっていない。


「どうしたの、ジュダ?」


 リーレが、じっと黙っているジュダに問うた。コントロも訝しげな視線を寄越す。


「……学校の外に出る」


 ジュダは答えた。


「もう少ししたら、たぶん皆にも伝わると思うが、校舎屋上で暗殺者と思われる男の死体が発見された。そいつは何者かに――いや、おそらくあの狐面に殺害されたと思う」

「!?」


 リーレ、そしてコントロが目を剥いた。


「『暗殺者に死を』」


 血文字で書かれたそれを呟く。


「そしてもうひとつ、こう書かれていた。『マギサ・カマラは偽者』」

「なっ……?」


 コントロは小さく首を横に振った。


「どういうことだ? マギサ殿が偽者とは?」

「わからない。だからそいつをちょっと調べようと思う」


 ジュダはリーレを見た。


「俺が離れている間、ラウディを頼む。特にマギサ・カマラは近づけるな」

「馬鹿な」


 コントロは愕然とする。


「マギサ殿は私にかけられていた呪術を解いてくださった方だぞ? それを疑うというのか? 敵がこちらを混乱させるために仕掛けた欺瞞ぎまんではないか」

「その可能性もある」


 事実、それを確かめるまで、マギサ・カマラを疑わねばならなくなった。


「だが、ラウディの身の安全の上で、疑わしい者は近づけたくない。白ならよし、黒だったら困る、そういうことだ」


 そこははっきりさせねばならない。安全ならば、取り越し苦労で済む。だがそうでなかった時が、問題なのだ。


 そしてこういう時、気づいた時に行動しないと大抵は後悔するようなことになると、ジュダは経験上知っていた。


 あの時、ああしておけば、は御免である。

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