第31話、サファリナ嬢の憂鬱


 どこにでも嫌いなやつはいるものだ。


 それは家に仕える従者だったり、卑しい顔をした馬の世話係だったり、どこぞの田舎貴族の跡取りだったり、得体の知れない生まれの……黒髪で無表情で、礼儀を弁えず、嫌味な態度が鼻に付くクラスメイトの騎士生だったり。


 サファリナは、ルーベルケレス侯爵家の娘であった。


 騎士学校に通うのも、憧れを抱いていた騎士になるため、と本気で考えていた。……敬愛する兄や家族らは、同じ貴族出の生徒と交流し、よい嫁ぎ先を見つけるためのきっかけ、と期待していたようだが。


 サファリナ自身、そんな家族の想いに気づいてはいるが、生憎とその思惑どおりにはいっていないと思っている。そもそも心をときめかす出会いなどなかった。

 つい最近、ヴァーレンラントの王子であるラウディ殿下が学校に転入してきた時、ようやくそれらしい高鳴りを感じた。


 美形で、細い体に似合わず武術に秀で、また学業も優秀。白馬に乗ったその姿は、王子様以外の何ものでもなく、これで恋ときめかない乙女がいるなら、それは女ではないとさえ思った。


 ……ただ、ラウディ殿下のそばには、あの『男』がついている。

 黒髪で、無作法で、実技では学校一と噂されるも、いろいろと悪評高い騎士生が。


 ジュダ・シェード。


 同期生の中で、もっとも嫌われている男……いや嫌われていた男だ。


 他の身分の騎士生は知らないが、貴族生たちからは満場一致で嫌悪されていた騎士生。しかし、ラウディ殿下は、この蛮人をひどく気に入っている。


 また、担任教官であるジャクリーン・フォレスも、ジュダに対しては目をかけていた。

 世間からの嫌われ者のはずなのに、意外な人物から評価を得ている男である。


 孤児の癖に――サファリナは苦々しく思う。

 あの男は、周囲にもわからない何かで、そういった人を取り込む術を心得ているのかもしれない。……忌々しい、本当に!


 周囲からも疎まれている彼だが、騎士学校から追い出されることなく、日常を過ごしていた。


 理由は二つ。

 一つは彼の後見人が、王に仕える重臣であるペルパジア大臣であること。

 二つ、ジュダに手を出すと、ろくなことにならなかったから。


 彼を学校から追い出そうと企んだ騎士生が三人ほど、逆に学校を追い出されることとなった。

 そのうちの一人などは二度と剣を握ることができない体になった。……それをジュダがやったという証拠はないが、彼がやったに違いないと思っている者は多い。


 それ以外にも、彼を挑発し決闘を挑んだ貴族生は大勢いた。ジュダの無礼さは貴族生の間では有名だったから。


 だがそれらは大抵、愛用の剣を叩き折られ、二度と彼に逆らおうと思わなくなった。サファリナも、愛用のレイピアをジュダによって折られた一人だった。


 彼には構わず無視する。――それが貴族生たちの暗黙の了解となった。

 もちろん陰口は叩くが、ちょっかいは出さない。だが当のジュダにはまったく効き目はなかった。むしろ、孤独を楽しんでさえいるようだった。


 サファリナは、ジュダが大嫌いだった。


 折られたレイピアは、サファリナが敬愛する兄から、騎士生になる記念に送られた特注の――この世に一振りしかない希少なものだった。

 それを目の前で叩き折られたショックを、サファリナは忘れることができない。思い出しただけでも泣きたくなった。


 だが、そんな心境にも変化が訪れる。

 例の、エイレン騎士学校創立記念祭、あの最悪の事件である亜人解放戦線による王都襲撃。


 その戦いの最中、ドレスで着飾ったサファリナは、亜人の戦士に殺されそうになった。


 その窮地を救ったのが、黒甲冑の騎士の仮装をしたジュダ・シェードだった。彼の突き出した拳から放たれた風の魔法『衝撃波』は亜人を吹き飛ばし、サファリナを助けたのだ。


 騎士と姫のダンス。クラス代表で選ばれ、騎士役を務めた彼の姿は、サファリナが思い描いていた理想の騎士そのもののように映った。


 ドクリと心が跳ねた。

 学校から亜人たちが去った後も、サファリナの心臓は激しく鼓動を続けていた。


 この気持ちはいったい何なのか。命の危機にさらされた反動だとしても、異常だった。結果、事ある毎に嫌いな男のはずのジュダのことを考えるようになっていた。


 最悪だったのは、時々サファリナが見る夢――憧れの騎士様の夢が、創立祭で漆黒の甲冑をまとったジュダにとって変わられたことだった。


 目覚めと共に、暗鬱な気分になった。

 これまでも悪夢として彼が現れることはあったが、いい夢であるはずの騎士様まで、嫌いな彼に侵食され、サファリナは頭を抱えたのだった。

 


  ・  ・  ・



 イーサス・ヴェルジは、エイレン騎士学校の魔法科目の教官である。三十代、男性。魔法国であるイベリエにて、魔法を身に付けたと言われる人物だ。


 よく晴れたその日、校庭の端にある射的場にジュダの姿はあった。

 黒と白の騎士生制服。いつものように淡々とした表情で、目の前にいる魔法教官に、その灰色の瞳を向けている。


「本日は、投射魔法の実習である! 二十メータ先にある的めがけて、具現化させた魔法を投射する。内容自体は講習で教えたとおり、それほど難しくはない。この中に、魔法を具現化させられない者はいるか!? ……いや、いないだろう!」


 騎士生を前に、ヴェルジ教官は告げた。尊大なその態度は、紳士というより貴族である。


「騎士学校最上級学年である諸君らなら、魔法の具現化くらいはできるはずだ。ただその具現化した魔法に力を込めて、離れた的を撃ち抜く事は難しいかもしれない。魔石の力を借りれば、人は魔法を使うことができるが、引き出す力には個人の才能があるからだ」


 ヴェルジ教官は熱弁を振るった。

 前置きが長い、とジュダは首を傾げる。隣にいたラウディも、その傍にいたリーレも同様の感想を抱いたのか、退屈そうだった。


 騎士生たちのしらけムードを感じたか、ヴェルジの脇に控える助手が「時間が……」と話の腰を折った。指摘を受けたヴェルジは、咳払いと共に騎士生たちを睥睨した。


「では、この私、イーサス・ヴェルジが諸君らに手本を見せよう。イベリエ魔法国で鍛えた魔石魔法、その投射魔法をよく見て学ぶように!」


 魔法教官は、右手のひらに魔石――赤く輝く火の力を秘めた火石を置いた。


「魔法の具現化……それには、まずイメージ!」


 ヴェルジ教官がその目をカッと見開く。


「炎よ!」


 ゴウッ、と炎の球が、ヴェルジの持つ紅玉より浮かび上がった。騎士生たちがどよめく。


「立ち上る炎、我が意を受け、その力を増せ!」


 炎の球が輝きを増す。魔法教官は左手で溜めを作る。


「風を切れ、フレイムブラストっ!」


 左手の押し出されるように、炎の球が飛んだ。それは二十メータ先にある的を直撃、表面を焼いた。


「見事に命中だ。魔法使いにとって、この程度は朝飯前である!」


 ヴェルジ教官は胸を張った。拍手する騎士生がいる一方、リーレなどは首を小さく振った。


「たしかに、あの程度なら、魔法使いなら誰でもできるわね」


 赤毛をショートカットにした女騎士生は、魔法教官を軽んじているようだった。

ヴェルジ教官は声を張り上げた。


「それでは、実習を始める! 諸君ら、一人一個ずつ魔石を与える。その魔石から魔力を引き出して、的に投射魔法を当てたまえ」



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※かつて短編用(第二弾)に作ったやつ

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