第30話、トニ、服を着る


 トニが学校を追い出されるかも、とジャクリーンは脅したが、実際のところ杞憂だった。


 エクートの少女はこれまでどおり、騎士学校にいてもいいことになった。校則に触れられていない事柄ゆえに、騎士学校も血がつながらない妹を追い出す権限を持っていないのだ。


 しかし、ジュダとの相性が悪いアシャット主任教官から、大変ありがたいお説教をいただくことになった。……もちろん皮肉だ。


 彼は神経質な顔立ちを歪め、ネチネチと亜人を無断で学校に入れたことについて注意した。

 予め許可を求めたら認めたのだろうか?


 いや、それはないだろう。ジュダはそれを口には出さなかった。アシャット教官に、口答えなどと解釈されて説教を追加されるのはたまらない。

 ……なので後でジャクリーン教官に言うことにしよう。我ながら小賢しい。


 なお、教官執務室から戻った時、トニが他の騎士生に絡まれた話を聞いた。

 リーレやラウディがトニを守ってくれたことを聞き、ジュダは二人の気遣いに感謝を告げた。


「まあ、あんたなら、あたしがしなくても同じことしたでしょ」


 リーレはそう言った。だが、お礼を言われることに慣れていないのか、顔を赤くしていた。中々レアな光景である。


 かくて、学校にいることを認められたトニ。

 週末の休みの日、以前ラウディと約束した通り、ジュダとトニは王都の仕立て屋へと出かけた。


 そこで亜人の少女の新しい服を買ったわけだが、ラウディにとっては不本意な結果に終わった。


 何故なら、トニは豪華な衣装にまったく興味を示さなかったからだ。


「やー、です。……重そう」


 普段から服を好まない種族である。薄手でも文句が出るのに、厚着だったり、ゴテゴテしているものを好むはずはなかった。


「肌が隠れる! なし!」

「……」


 ラウディが頭を抱えていた。異種族なのだ。あまり人間のそれを押しつけるものではない――ジュダは思ったが、これも彼女たちにはよい教育だろうと、口出しは控えた。


 ただ、ジュダが、宥めるように言うとトニも渋々ながら従うので、途中からラウディは、ジュダに一言言ってから服を進めだして、中々の強かさを見せた。


 最終的には、買い物が成功したかはともかく、誘ったラウディも満足した一日で終わったようだった。



  ・  ・  ・



 翌日の朝、その目覚めを破ったのは、女声の王子の怒りを含んだ声だった。


「だから、トニ! 寝るときはきちんと服を着てだな!」

「んあー、おはようごじゃいます、オージさま」


 びしっと敬礼だけするが、褐色肌のエクート少女はジュダのお腹を枕にしたまま身を起こそうともしなかった。


「ジュダ! 君から言ってやれ! そもそも、トニのベッドは向こうの部屋に――」

「あぁ、そうですね。トニ、次はちゃんと自分の寝床に入るんだぞ?」

「ふぁーい……」

「トニ、ちゃんと話を聞く! ……ジュダ、それじゃトニは次もまた君のベッドに入るぞ」


 はいはい――ジュダがあくびをすれば、ようやく身体を起こしたトニも大きなあくびをした。


「ジュダ兄、おはよう」


 うん、おはよう――ジュダはコクリと頷くと、クローゼットまで歩み寄り、着替えるべくシャツを脱ぐ。


 ふと、背中にレギメンスオーラの気配を感じ、振り返る。ラウディがジュダの裸身をじっと見つめていた。


「何か?」

「あ……いや、そのー」


 ラウディは視線をあらぬ方向へ逸らした。


「引き締まってるなー、と思って」 


 ちら、と、その青い瞳がジュダを見やる。


「背中とか……腹筋とか」

「あまりジロジロ見ないでください」


 ジュダは換えのシャツを手に取り、着込む。


 一方、トニも服を着るべく、ベッド脇に放っておいたそれを手に取った。


 真っ白なワンピース――薄くて、スカート丈も短めのものである。トニの尻尾がスカートからはみ出ていて、明らかに亜人であることがわかる姿だ。


「ふーむ……」


 トニはその尻尾を動かして、位置を調整する。


「結局、気に入った服はそれだものな」


 ラウディは苦笑した。昨日、トニが買った服がその白のワンピースだった。


「何だろう。……服を着たのに、少し性的な感じがするんだ」

「大事なところは隠れてますよ」


 ジュダは制服に袖を通した。トニの服装はこれから夏へと向かう季節のことを考えれば、非常に過ごしやすそうに見える。

 しかし彼女の発育のいい胸元の谷間とか、短いスカートから覗くすらりとした足が露とあっては、少しムラムラしたものを感じさせた。


「……何にせよ、トニはその服が気に入っているようです」


 ジュダはラウディを見た。


「よかったじゃないですか。あなたの望んだとおり、トニは服を嫌がらなくなりましたよ?」

「……いや、私はもっと違った形を想像したんだけど」


 ラウディは複雑な顔をしたが、すぐに思い直すように頷いた。


「ま、追々、改善していくことを祈ろう。……寝るときも寝間着を着るようになるといいんだけど」

「種族の違いってのもありますから、強制はできないでしょ」


 ジュダはやんわりと言うのだった。


 それを他所に、トニは尻尾の位置がしっくりきたのか、満面の笑みを浮かべた。


「ジュダ兄、オージ様! ご飯食べにいこ!」

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