第29話、絡む者たち


 もう、おべんきょーの時間おわったかなー。


 トニは鼻歌交じりに、ジュダの住む寮である光鳥寮へと歩いていた。トニがエクートだと知られたせいか、馬の世話係の人に呼ばれて、調子の悪い馬との通訳をしたその帰りだ。


 ちなみに世話係の人に、ジャムの入ったガレットをお菓子代わりにもらい、トニは上機嫌である。


 しかし、いいことは続かなかった。寮に向かって歩いていたら、騎士生たちに通せんぼされたのだ。名前の知らない男子騎士生が三人。


 いやーな、予感がした。あるいは歩きながらガレットを食べていたのがいけなかったのかもしれない、とトニは思った。


 もっともトニが絡まれたのは、マナー云々は関係なかったが。


「亜人が学校で堂々と歩くなんて」

「しかも何だよ、馬のくせに、上等な服着て」


 あー、これあれだ――トニは察した。亜人の嫌いな人間ヒュージャンだ。ジュダやラウディが、よく言っていた、気をつけないといけないタイプだ。


「ここは亜人のいるところじゃないんだよ、獣臭い」

「馬なら馬らしく、うまやにいろってんだ」

「なんだ? 何か文句あるか亜人」

「……」


 口元が自然と引き結ばれる。上機嫌だったのが嘘のようにしぼむ。何だろう、すごく悲しい気持ちになってきた。


「なんだ、泣くのか? 人間みたいに!」

「とりあえず、馬なんだから服なんか着るなよ」


 ひとりの騎士生がトニに手を伸ばした。服は嫌いだけど、なぜか触らせたくなかった。ジュダ兄がくれたものを、こんな亜人に不理解な人たちに触らせるのが不愉快だった。


 一瞬、地面に両手を地面についてからの両足蹴りをぶちかましてやろうかと思ったが、自重した。そんなことをしたら、ジュダ兄に迷惑がかかる。人間社会にもある程度理解のあるトニは、瞬時にそこまで考えることができた。


 どうしよう。何もできないのかな? トニは思わず目を閉じた。怖いよ、ジュダ兄!


「――あーあー、よってたかって何やったんの、あんたら」


 声がした。聞き慣れた女の声。トニが目を開けるより早く、騎士生の声がした。


「げっ、リーレ!?」

「『ゲッ』、って何よ、ご挨拶ね」


 赤毛をショートカットにした女騎士生が、彼らの後ろに立っていた。その緑色の目は、道端のゴミでも見るかのように冷たい。  


「いたいけな女の子に何やってんのあんたら? わかってるの、その子に手出したら……」


 リーレの眼光が鋭く光った。


「ジュダが黙ってないわよ?」


 ごくり、と騎士生たちが喉を鳴らした。ジュダ・シェードに手を出すとろくなことはない。今でこそ上位騎士生となり評判も悪くないが、それ以前の評価について大抵の騎士生たちは知っている。彼が報復に容赦がないという噂も。


「何だよリーレ、亜人の肩を持つのか!」


 黙って引き下がればいいものを、騎士生の一人が声を荒らげた。


「ジュダは確かに強い。王子殿下をお救いした功績もあるし、彼にどうこう言うつもりは俺たちにもない。だが亜人は別だろ!?」


 バッ、と彼はトニを指差した。


「亜人だぞ! 人間の騎士学校に亜人がいることをお前は何も感じないのか? 創立記念祭を思い出せ。亜人の襲撃者たちを!」


 人間に敵対する亜人解放戦線による王都攻撃。同時に騎士学校も戦場となり、そこで亜人の戦士と対峙した騎士生たちも多い。


「それはそれ、トニちゃんは、そいつらとは関係ないでしょう」


 リーレの機嫌がみるみる悪くなっていくのを、トニは感じ取った。どうにも近寄りがたい雰囲気。まるで怒りを溜め込んだ時のジュダ兄と似た感覚にさいなまれる。


「つーか何? あんたら、亜人解放戦線の連中の報復をトニちゃんにするつもり? 自分の無力さを子供に八つ当たりとか恥を知れよ!」


 赤毛の騎士生は拳をつき合わせ、骨を鳴らした。


「文句があるなら、あたしが相手になってやるよ。こっちもムシャクシャしてたんだ」

「いや、待てリーレ……」


 別の騎士生が青ざめ、手を上げた。


「わけがわからんぞ! 何でお前と争わなくてはならんのだ!?」

「あ? あんたらが、胸糞悪いことしてるからでしょうが!」


 狂犬と陰口を叩かれている少女は吠えた。ちなみに、彼女のモノに手を出したら、ジュダ以上の報復にさらされることで有名だったりする。


「トニちゃんを泣かせたり傷つけたりしたら、あたしがそっくり同じめにあわせてやるって、そう言ってんだよ!」 

「ちょ、ちょっと待て……!」

「待てない――」

「リーレ、そこまでにしておくんだ」


 やんわりとした声をかけられ、リーレは硬直した。トニは、新たに現れた金髪碧眼の王子の姿に、ほっと息をつく。


「王子殿下……」


 騎士生たちが姿勢を正した。ラウディは小さく頷くと、腰に手を当て見回した。


「これはいったい何の騒ぎなのかな?」

「あ、いえ……これはその……」


 騎士生たちは言葉に詰まる。ラウディ王子がジュダを高く評価し、ふだんから行動を共にしていることが多いのを騎士生たちは知っている。


 そうであるなら、ラウディもトニともそこそこ付き合いがあるだろうことは想像に難くない。亜人がどうこうと言って、王子が頷く可能性は限りなく低いのだ。


「私の友人に、何か用だったのかな?」


 ラウディは怒りもせず、彼らの間をすり抜けると、トニの肩に手を置いた。


「いえ――」


 消え入りそうな声で騎士生らは答えた。そうか、とラウディは、にこりとした。


「彼女は私の友人だ。亜人だからと彼女を差別するなら、私の友人を差別することになるから……後は、わかるね?」

「は、はい! 失礼しました!」


 彼らは逃げるように去っていった。ラウディは冷ややかにそれを見送ると、トニの背後に周り両肩に手を置く。


「大丈夫だったか、トニ?」

「うん、王子おーじ様。ボク、何もされなかったよ」

「そうか、よかった。……リーレもありがとう」


 金髪王子が言えば、赤毛の少女はばつの悪そうに自身の髪をかいた。


「いやまあ……ここにはいないあいつの代わりに、ってやつです。……あたしも、その、ゆ、友人ってやつですから」

「そうだな」


 ラウディが笑みを浮かべれば、リーレは赤くなってそっぽを向いた。にしし、とトニは思わず笑みをこぼす。


「ところでトニ。その手に持っているものは?」

「あ、お菓子です! ガレットというそうです!」


 トニは食べかけのジャム入りガレットを差し出した。


エクルウ小屋のおっちゃんにもらいました!」

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