第32話、ジュダ、教官を怒らせる
魔法授業の実技。教官助手が、騎士生たちに魔石を配っていく。ラウディ、リーレと魔石を受け取り、ジュダも適当な魔石をとった。
リーレは右手にもった魔石を見下ろす。
「要するに、魔法を具現化させたら、それを投げつける……烈火!」
次の瞬間、魔石が光り、リーレの手に炎の玉が浮かぶ。陽炎が揺らめいたそれは、先ほど教官が見せた炎の球より熱く、そして輝いていた。
「……リリース」
それは呟くような声。だがリーレが軽く振ったその右手から放たれた炎の球は、まるで石つぶてのように早く飛び、的を燃え上がらせた。
教官のお手本より鮮やかだった。感嘆の声が騎士生から上がる。
「ま、朝飯前よね、この程度は」
リーレは魔石を弄びながら、ちらと教官を見やる。凄く嫌味な態度だった。
とはいえ、さすが『炎のリーレ』の異名を持つ彼女である。魔石魔法に関してクラス一の実力は伊達ではない。
「……電撃」
その声は、ラウディだった。見れば金髪碧眼の王子様――その中身は女の子である彼女は、目を閉じていた。
イメージを注ぎ込まれた魔石がバチリと音を立てる。次の瞬間、目を見開くラウディ。言葉はなくとも魔石から電撃の塊が飛び出し、それは正確に的を撃ち抜いた。
「ほう、呪文一つとは……さすがはラウディ王子殿下」
ヴェルジ教官がパチパチと拍手した。
「この、イーサス・ヴェルジ、感服しましたぞ!」
騎士生たちもラウディに拍手を送る。ラウディは少し照れたように頬をかいた。
そんな彼女の姿に、ジュダは少し微笑ましいものを感じた。――魔法の才能もあるんだなこの人。
他の騎士生たちは順番に、投射魔法を使った的当てをはじめた。
まず魔法を具現化する。頭の中でどのような魔法なのかをイメージ。それを言葉と共に出せば、魔石の中の魔力が反応する。具現化するイメージは炎や水、雷と様々だ。ただそれだけでは弱かったりして、的へ飛ばなかったり、途中で消えてしまうこともある。
「魔法をイメージし、言葉で補強し、的を砕く」
ヴェルジ教官が上手くいかない生徒に告げた。
ジュダは、的の正面を見据えた。距離は二十メータ。遮るものなし。風は南から微風……。
――正直、こんなもの必要ないんだが……。
ジュダは右手に魔石を握りこむ。スロガーヴであるジュダは、魔石に頼らずとも魔力を大気や土などから引き出すことができる。
確かに魔石には魔力が含まれているが、そんなもの、他に比べて少し余計に含んでいる程度の差でしかない。
右手を振りかぶる。イメージ――鋭利な刃物のような風。目に見えない一太刀を放つように……ジュダは剣を振るようにその手を振った。
呪文はなかった。わずかな間を置いて、的を支える木の棒が折れた。……目標からズレたようだ。
苦笑するジュダは右手の魔石を見やる。だがそこにあったのは、石ではなく砂だった。スロガーヴに根こそぎ魔力を使われた魔石は細かな砂となって飛散する。
「ジュダ・シェード騎士生!」
ヴェルジ教官の声がした。それはかすかに怒気を含んでいた。ジュダが視線を向ければ、案の定、魔法教官は眉をひそめている。
「誰が、魔石を投げていいと言った?」
「……は?」
何言っているんだこの人――ジュダは心の中で呟いた。ヴェルジ教官は的を指差した。
「君が魔法が苦手なのは知っている! だが、だからといって魔石を投げて的を破壊するなど授業を舐めているのか!」
なるほど――ジュダは合点がいった。この魔法教官は、ジュダが魔法ではなく、物理的に的を破壊したと判断したようだった。
風ではなく、炎とか雷にしておけば魔法だとわかったかもしれないが、目に見えない風だったので、ヴェルジにはわからなかったようだ。
「教官殿、私は魔石を投げてはおりません」
ジュダは淡々と告げた。ヴェルジ教官の額に青筋が走る。
「なにぃ……」
「見てのとおり、魔石は不良品でした」
ジュダは自身の手のひらにある砂を見せる。
「これでどう魔法を使えとおっしゃるのか」
魔法を使ったのではなく、不良品であることで逃げることにした。
「魔石を投げたのではない、と」
ヴェルジ教官は腕を組んでジュダを睨む。
「はい、教官殿」
「魔石が砂になどなるか! 手の砂は拾ったものではないか?」
「そんな素振りありましたか?」
「なら、どうして的が壊れた?」
「さあ? 私にはわかりません」
ジュダはすっとぼけた。
「何なら的の周囲を探してみては? 投げていないのですから、魔石など見つかりませんよ」
「調べさせる!」
ヴェルジは助手を呼ぶと、魔石を探して来いと命令した。たたた、と駆けていく助手だが、ジュダはその後姿に同情する。――可愛そうに。
「で、教官殿、魔石がなくなったのですが……」
「用意した魔石は一人一つだ」
ヴェルジ教官は憮然として言った。
「余分は無い。他の者の邪魔にならないように、そこらで大人しくしていたまえ」
「はい、教官殿」
ジュダは頷くと、さっさとその場を離れた。これで堂々とこの退屈な授業をサボれる。
「あー、教官どの。あたしも気分が悪いので、見学いいですか?」
後ろで、リーレがヴェルジに言った。その口調はジュダから聞いても、多分に小馬鹿にしているのがありありと感じられた。
そんなわけで、校庭の端で、クラスメイトたちが投射魔法の練習をしている様子をジュダは眺めて過ごした。退屈ではあるが、傍観者に徹していられるのは悪いものではない。
ジュダのそばにリーレがやってきた。
「大丈夫、ジュダ?」
「何が?」
「ヴェルジの八つ当たり」
リーレはジュダの隣に腰を下ろした。
「あんた、魔法を使ったでしょ? 風の魔法」
「わかるのか」
「わかるわよ。あんな風に的を壊しちゃえばね」
目を細め、リーレはジュダを小突く。
「つーか、風で物理破壊とか、どんだけ強い魔法使ってるのよあんた」
「さて、何のことだか」
「あ、すっとぼけるんだ」
リーレは口元に笑みを浮かべた。
「何で隠そうとするのよ? 使ったでしょ?」
「それは――」
「何だか楽しそうだな」
別の声が降りかかった。見れば、ラウディがこちらへ歩いてくるところだった。何故か、その表情は不機嫌そうだった。
合法的にサボったのがお気に召さなかっただろうか?
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