第27話、ジュダ、担任教官を巻き込む


「……わざわざ呼びつけるということは、それなりに重要なんでしょうね、殿下」


 ジャクリーン・フォレス騎士教官が、刃物のように鋭い視線を向ける。凛とした女性騎士である彼女に、ラウディは微笑む。


「ええ、教官殿。割と、重要なことです。騎士学校の校則にもかかわるような事柄です」

「それは重要ですね」


 ジャクリーンはジュダの部屋へと足を踏み入れ、ジュダとリーレ、そして部屋の中央にいる栗毛の馬の姿を目の当たりにしてぽかんとなった。


「部屋に馬を入れて――」


 そこから先の言葉は出なかった。呆れ果てて、言葉も浮かばなかったのかもしれない。


「紹介します教官。『トニ』です」


 ジュダが示せば、ジャクリーンは片方の眉を吊り上げた。


「わざわざご紹介をどうも。義妹の名前のついた馬を紹介していただけると思いもしなかった。厩舎にいないと思ったら、まさか部屋で面倒を見ていたとか――」

「はい?」


 ジュダは呆気にとられた。この部屋の状況を見て、まさかそのような想像をするとか。リーレは苦笑し、ラウディも肩をすくめた。


 こういうのは見てもらうのが一番である。ジュダはトニの身体をポンと叩けば、栗毛の馬はたちまち褐色肌の少女の姿に変えるのだった。


「……あ」


 ジャクリーン教官は、まさに絶句といった表情になった。


 驚きに目を見開く様を見やり、これが普通の反応だ、とジュダは思った。

 にしし、と笑みを浮かべる褐色肌の少女に、ジャクリーン教官は額に手を当てて困惑する。


「……これはアレか。トニは……お前の義妹は、亜人だったのか?」

「エクートですっ」


 びしっ、と敬礼の真似事をするトニ。ジャクリーン教官は頭を抱えた。


「まさか、学校に亜人の子がいるとは……よりにもよって私のクラスの生徒の関係者とか」

「教官?」


 ジュダが気遣うように声をかければ、キッ、と女性教官は睨むような視線をよこした。


「お前、何故このことを今まで黙っていた」

「余計なトラブルを避けるためです、教官」


 淡々とジュダは答えた。


「亜人との微妙な関係を考えれば、あまり大きな声で言えるはずもない」

「そうだろうな。ああ、そうだ。ごもっともだよ」


 ジャクリーン教官は、つかつかとジュダの許に歩み寄った。


「それでお前はこの亜人の少女を、義妹と偽って騎士学校に置いている、と」

「義妹という案を考えたのは、ラウディです」

「は!?」


 まさか自分の名前が出るとは思わず、男装のお姫様は目を剥いた。ジャクリーン教官は腕を組んだ。


「ほう、王子殿下の案か」

「ええ、王子殿下公認の上です」

「ペルパジア殿は?」

「もちろん、養父おやじ殿も公認です」


 ジュダは平然と、女性教官と向き合った。ジャクリーンはしばしジュダを睨み、やがてため息をついた。


「王族と大臣閣下が認めているのなら、私がどうこう言えるものではないな」


 その青い瞳を、不思議そうに首をかしげているトニへと向ける。


「亜人だからといってどうこう言うつもりはないが……このことを知れば周りがどう言うか」

「ええ、まさにそれが問題です。……これからトニが亜人であることを周囲にバラすつもりですから」

「なに!?」


 ジャクリーンは驚いた。


「バラす? 今まで隠していたものを、バラすというのか!?」

「ええ、隠し切れなくなるのが目に見えてきたので、それなら早いうちに知らせておこうと思いまして」

「……それで私を呼んだのか」


 ジャクリーン教官は、リーレを見た。


「お前も知っていたのか、リーレ?」

「あたしもついさっき知らされました」


 暗に『あなたと同じですよ』とほのめかす。ジュダは、いまだ全裸でいるトニに服を着るよう告げた後、教官を見やった。

「次の馬術授業で、トニがエクートであることを明かします。あなたにはそこで、トニが亜人であることを承知していると認めてもらいます。……いわゆる、教官の公認であると」

「厄介事を押し付けてくるのだな、お前は」


 ジャクリーン教官は口をへの字に曲げた。


「私が認めても、他の教官たちの認可は受けていないだろう」

「そのとおりです。おそらく授業の後、あなたと俺は、学校の上位教官陣から呼び出されて、事情説明を求められるでしょう」

「私も、なんだな」


 嫌そうな顔をする担任教官に、ジュダは意地の悪い笑みを浮かべた。


「あなたには気の毒ですが、少し面倒に巻き込まれてもらいます。とはいっても多少の叱責はあるでしょうが、それほど大事にはならないと思います。シアラの時のように生徒であったことを偽ったわけではありませんから」


 元同期生の名前を出した時、部屋が一瞬、重い空気に包まれた。メイアを除けば、みな彼女と交流があったからだ。ジュダは続けた。


「校則を確認しましたが、従者などに亜人を連れてきてはいけないといった類は記載されていませんでした。その点をつこうと思っています」

「ああ、そうだ。ごくごく稀であるが亜人の従者を連れている騎士生もいないことはない」


 ジャクリーン教官は無感動な声を出した。


「だが周囲を気にして、家に帰してしまうことが多いが」

「よほどの貴族階級にある騎士生でもなければ、そうでしょうね。俺は貴族ではありませんが、以前に比べればごり押しもできる立場にいます。英雄もどき、上位騎士生……周りから迷惑にも押し付けられたものですが、せっかく使えるなら利用しない手はない」

「案外ちゃっかりしているんだな」


 ジャクリーン教官は皮肉げに言った。


「いざそうした力を使うと味を占めるというぞ」

「権力に取り憑かれる、というやつですか」


 ジュダはやや眉をひそめる。


 そういうのは好きではないが、なるほどとも思った。人というものはとかく便利なものに流されやすい生き物だ。調子に乗らないよう、普段から気をつけておこう。

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