第26話、バレるのは時間の問題


「それで……君は何と答えたんだ?」

「普段は、養父おやじ殿のところに預けてある、と」


 ジュダは、質問してきたラウディに返した。

 食堂のテーブルには羊肉にマッシュポテト、サラダにパン、スープといった夕食が並び、ジュダはラウディと向かい合っている。


「元々、養父殿の馬だと説明したのですが……」

「苦しい説明だな」


 ラウディはきっぱりと言うのだった。まさに、とジュダは肩をすくめる。


「馬としてのトニは優秀だ。足は速いし、従順で、乗り手を立ててくれる。……そんな馬なら誰だって乗りたいと思うよ。……正直、私も少し羨ましいと思ってる」

「あなたの白馬も相当な名馬だと思いますが」


 ジュダは羊肉にフォークを刺す。


「機嫌を損ねるんじゃないですか?」

「うん。私がトニを見ていると彼女が嫉妬する」


 彼女、ということは王子殿下の愛馬は牝馬なのだろう。ジュダは羊肉を口に放り込む。


「それよりトニの話だ。……このままだと、彼女の正体を隠し通すのは難しいと思うんだ」

「同感です」


 ジュダは頷いた。


「騎士生相手に言い訳した俺が言うのも何ですが。馬好きな連中は、他人の馬でも興味持ったらやってきますからね」

「いつか本気で君の養父殿――ペルパジア大臣の許に、トニを訪ねる者が現れるかもしれない。そうなったら」

「この嘘もバレる」


 思わず顔をしかめた。


「そうなると、周囲に噂になって流れるでしょうね。二度と授業で馬に乗れないかも」

「勘のいい者は、名前からトニが亜人だと気づくかもしれない」


 ラウディはぶどう酒で唇を湿らせる。


「馬にかかわる者なら、馬系亜人を知らないはずがない。……むしろ感づいている者もいるんじゃないか?」

「気づいていて騒ぎになっていないなら、そういう者たちは放っておいても大丈夫でしょう」


 ただ、とジュダはぶどう酒に口をつけた。


「亜人だと気づいて騒ぎ出す連中が問題です。世の中には亜人を差別する者もいる」

「亜人解放戦線」


 ラウディは眉をひそめた。


「王都での爆破事件や、先の創立記念祭の襲撃もある。亜人の戦士に怪我をさせられた者もいるからな。差別主義者でなくても、いい感情を抱いていない者もいるだろう」

「シアラの時も、騒ぎになりましたからね」


 かつて同じクラスにいた騎士生、シアラ・プラティナ。彼女は人間のふりをしていたが、実際はウルペ人という狐系亜人だった。学校にいたのは騎士になるという子供の頃からの夢であって、スパイではなかったが、騎士学校を追われたのもまた事実だ。 


「どうするべきか」


 ラウディは腕を組んだ。


「トニを追い出すわけにもいかないし、君にとっても彼女がいないのは困るだろう」

「一番なのは、周囲にトニを亜人だと認めさせることです」


 ジュダはパンをちぎった。


「そうなれば隠すこともないわけですから。問題は、亜人だと周囲に認めさせたとき、トニに災難が降りかからないかどうか」

「トニを攻撃する者とか?」

「そんなやつがいたら、問答無用で黙らせます」


 ジュダは口の中にパンを放り込んだ。そして拳を固めてみせる。


「……弱い者いじめには制裁する主義なので」

「あまり暴力的なことは控えてくれよ、上位騎士生」


 ラウディは苦い笑いを浮かべた。時と場合によります、とジュダは平然と言うのだった。


「周りを味方に引き入れられれば、たとえトニが亜人だったとしてもちょっかいを出す者は、いなくなるはず」

「味方、ね」


 王子様は皮肉げだった。


「学校一の嫌われ者と言われた君が、そんなことを言うなんてね」

「だった、ですね、今はどうなんでしょうか」


 ジュダは、すっとぼけるように言った。


「先日の創立記念祭での騒動で、英雄なんてのに祭り上げられてしまった。俺としては冗談ではないですが、なんとも皮肉なことに周囲の態度が柔らかくなった……。おまけに上位騎士生なんてものまでもらった」


 ジュダは背もたれに身を預ける。


「以前よりは周囲の理解を得られやすくなったかもしれません。幸か不幸かといわれれば、幸なんでしょうが」

「後は、どれだけ味方を作れるか、だな」

「あなたは協力してくれるんでしょう?」


 ジュダが言えば、ラウディは頷いた。


「もちろん。友人のためなら、私だって助力は惜しまない」

「これで王族の権力を味方にできたわけだ」


 指で数えるように右手を眺め、ジュダは視線を周囲に向けた。


「後は親しい者、亜人に対して差別意識を持っていない者を何人か引き入れる。……できれば教官も取り込みたい」

「ジャクリーン教官とか」

「彼女は、亜人だからと差別しないと思います」


 これまでの付き合いから、ジュダは推測する。仮に抵抗されたとしても、他の教官や同期連中に比べたら説得しやすいだろう。


「周囲へのお披露目は、ある程度の味方を確保してからですね」


 ジュダは灰色の目を細めた。


「まずは……」

「ここ、いいかしら?」


 赤毛のクラスメイトが夕食を持って、こちらの席にやってきた。


「もちろんだよ」


 リーレ・ミッテリィ。ジュダにとっても数少ない友人と言える相手。ラウディも頷いた。


「ちょうどいいところにきた。実はリーレに話したいことがあって」



  ・  ・  ・



 リーレに『トニが亜人である』と告げたとき、彼女は狐につままれたような顔をしたが、すぐにこう言った。


「面白くもないジョークね」


 義妹の名前を馬のつけたからといって、そんな冗談に乗らないわ、とリーレは信じなかった。

 そこでジュダは寮の部屋にリーレを誘い、そこで実際に見てもらうことにした。


 つまり、トニがその幼い顔立ちに見合わぬ発育のいい身体を惜しげもなくさらし、栗毛の馬へと変身する様を見せ付けたのである。


「あー、うん、そう……そうね」


 赤毛の少女は、目をそらしながら言った。


「トニちゃんがエクートなら、確かに全部辻褄が合うんだよね。馬が苦手なジュダが――」

「違う。馬が俺を苦手にしているだけだ」


 ジュダは訂正するが、リーレは構わず続けた。


「ジュダが突然、馬術で好成績を収めるようになった。義妹と同じ名前。授業外では消える馬。……そりゃ馬がトニちゃんなら、手綱も鐙も使わなくても道理だわ。話せばわかるもん」

「納得したかな?」

「ええ、納得した」

「何か言いたいことはあるか?」

「別に」


 リーレはそっけなかった。


「トニちゃんが亜人だから何? あたしが『キャー怖い』なんて騒ぐと思った?」

「思わない。……『キャー怖い』がこれほど似合わない女の子がいるなんて思わなかった」

「悪かったわね」


 リーレが唇を尖らせた。ラウディは、くすくすと笑った。


「なら君は、これまでどおり、トニと変わらない友人でいてくれるな?」

「そんな大層なものでもないけど……あたしはこれまでどおりですよ」

「ありがとうリーレ」


 ジュダは礼を言うが、リーレは途端に頬が朱に染まった。


「あ、ありがとうって何よ。別に、そんなの普通でしょ?」

「ああ、普通だよ。皆そうであるといいのだが」


 物憂げにジュダは呟いた。その灰色の瞳は、ラウディに向く。


「じゃあ、次の人を呼びましょうか」

「そうだな」


 ラウディは頷くと、部屋の入り口まで歩き、扉を開ける。そこにはメイド服をまとった、王子付き侍女であるメイアが立っていた。


「よろしいのですか、ラウディ様」

「うん、入ってもらって」


 ラウディが言えば、メイアは一礼し、その背後に控えていた者を招いた。

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