第24話、エクート人は服を着ない
朝起きた時、義妹が同じベッドで寝ていたとする。血の繋がりはない彼女が、服もなしに素っ裸で横になっていたら……?
褐色の肌、豊かなふくらみのあるバスト、そして健康的にスリムな腰まわり。その顔立ちは幼い少女そのものであり、静かに寝息を立てて眠る姿は微笑ましくもある。……全裸であることを除けば。
幼子のようなあどけなさと、大人を思わす立派な身体のアンバランスさが、何とも扇情的だった。……これで本人は無自覚なのだから、始末が悪い。
そしてたまたま起床に遅れ、お節介にも呼びに来た金髪碧眼の見目も麗しい王子殿下が、この現場を目撃し大きな声をあげるのもまた、お約束というか何と言うか。
「ハレンチ! ハレンチだぞ!」
金色の髪を後ろで束ねた王子、ラウディは力強く拳を固めて声を張り上げた。
寝ぼけ眼をこすり、ジュダはベッドから起き上がる。黒髪をかき、あくびをかみ殺しながらジュダは自分の横に目を向ければ、褐色肌の少女が気持ちよさげに身体を丸めていた。
「おい、トニ。起きろ」
ジュダは少女の肩を揺らす。ラウディは思い切り不機嫌な顔になった。
「トニ、早く起きろ。ジュダの隣で寝るなと言っているだろう!」
「ふえ? あぁ、おはようございますジュダ君」
トニがゆらりと起き上がる。大きなあくびをした後、自分を睨みつけている王子様に気づき、びしり、と敬礼の真似事をする。
「おはようごじゃいます、
「とりあえず、服を着ろ。いくらエクートだからといって、裸でベッドに入るなんて」
「そーなのですか?」
エクート=馬系亜人であるトニは口元をもにゅもにゅと歪めながら、首を捻る。
「
「え?」
それはそう――ジュダは机に乗っているドレスを手に取り、義理の妹であるトニへと放る。トニの思わぬ反撃に、ラウディはキョトンとしてしまい、しかしすぐに言い返した。
「ここは都会なんだ! 都会人は、服を着て寝るんだ!」
「でもそれ、ヒュージャンのルールじゃん……」
トニは口を尖らせつつ、受け取ったオレンジ色のドレスをいそいそと着込む。寝起きにしても不機嫌そうな顔だ。馬系亜人は基本的に裸族である。厚い服はあまり好まない。
「ルール、というかマナーだな」
ラウディは腕を組んで言った。
「ここで生活するというのではあれば、人間のマナーやルールにも従ってもらう。……というか、そうしないとトニ、君自身が危ない」
王子殿下は腰に手を当て、トニを見下ろした。
「あまり人前で、服を脱いだり、裸で歩かないように。……君が亜人だと周りに知られれば、不快な思いをするのは君のほうだから」
「……むー」
トニは口を尖らせる。その様子を眺めながら、ラウディの言い分も確かだとジュダは頷いた。
動物の特徴を備えた人型種族、亜人。トニのような馬系亜人のほか、狼系や狐系、虎、猫、犬など多種多様な種族があり、古くから、人類とは協調と敵対を繰り返していた。
昨今、人間側の亜人差別に反発し、亜人解放戦線なる武装組織が攻撃を仕掛けている。これらのテロ活動により、人類側はより亜人を敵視し、憎しみの連鎖が広がっていた。
基本、人間の学校であるエイレン騎士学校で、亜人は完全なアウェーだ。周囲からの偏見から守るために、トニは亜人ではなく人間として、ここにいる。
別に亜人がいてはいけないわけではないのだが、余計なトラブルの種になりかねない事案であることもまた事実だっだ。
トニが普段着にしているドレスをまとう。柑橘系の色でまとめられた、かわいらしいドレスだ。しかし身に付けている本人は、あまりいい顔をしない。
何故なら、尻尾がドレスのスカートの中に完全に隠れてしまうからだ。
正体を隠すという意味では、そのほうがいいのだが、トニ本人は尻尾が衣服の下にあるのは気持ちが悪いのだそうだ。
「よく似合ってるよ、トニ」
ラウディは褒めたが、小さく首を傾けた。
「でも、少し髪が無造作だな……ブラシで髪を梳こうか」
「ケッコウです」
トニは手ぐしで、やや乱暴に髪をまとめだした。ぱたぱたとやり終えたあと、一応の満足感のような表情を浮かべる彼女は、まことに持って子供らしい。また、少々扱いづらい年頃であることも感じさせた。
ジュダは苦笑するが、ラウディは少し残念そうでもあった。……おそらく、レディーとしての身だしなみとか、そんなことを考えているのだろう。
トニは今でもチャーミングだと思うが、貴族的センスで整えてやれば美人度が増すだろうことは想像しやすい。
もっとも、普段の言動の前ではいくら着飾っても、深窓の令嬢のような慎み深さは無理だろうが。当人の気質的に、それは合わないだろう。
・ ・ ・
食堂での朝食の後、ジュダとラウディは教室へと向かった。その最中、ラウディはこんなことを言い出した。
「ジュダ、今度の休みは王都へ出かけないか?」
以前、学校の休養日にラウディと王立図書館へ行った時のことを思い出した。
図書館での勉強会の後、王都観光としゃれ込んだのだが、ラウディ王子殿下はいたくお気に召したご様子だった。あのデートじみた状況を思い出すと、自然と頬が痒くなってきた。
「ひどく積極的ですね。王子様は人の多い場所に赴かれるのを控えるものでは?」
「王子様はやめろ。……私のことではなくて、トニのことだよ」
ラウディが、エクート少女の名前を出せば、ジュダは眉をひそめる。
「トニ?」
「彼女、服を嫌っている様子だった」
「エクート人は薄着を好みますから。そうなんでしょう」
「そうだが……いや、そうじゃなくて。彼女にもこう、衣装の楽しみというか、そういうものを知ったほうが今後のためだと思うんだ」
「つまり?」
ジュダは要領を得なかった。反応の鈍い相方を見やり、ラウディは小さく肩をすくめる。
「トニは女の子なんだ。いくら馬亜人が裸……薄着を好むといっても、身だしなみとかアクセサリーとか興味はあると思う」
「そうでしょうか……」
あのエクートの少女に、そんな女の子らしい思考があるかどうか。と思った。だが、そういえばトニも髪飾りや首飾りはしている。ラウディの意見に全面賛成とまではいかないが、ある程度頷けるところもあった。
「だから、トニに新しい服を与えるべきなんだよ」
ラウディは自信たっぷりだった。
「彼女が気に入る可愛い衣装があれば、いくら裸――じゃない薄着のエクートでも、服を着るようになるんじゃないかな?」
「いちいち言い直さなくてもいいですよ」
エクートが裸族であることなんて。ジュダは顎に手を当てる。
「俺としても、彼女の正体が露見しないのなら、歓迎すべきことですが」
「なら、決まりだな!」
王子殿下は手を後ろで組んで、上目遣いの視線をよこした。
「今度の休み、私と君、トニで、王都の衣装屋へ出かけよう」
「……どうでもいいですが」
本当はどうでもよくないが、ジュダはため息まじりに片方の眉を吊り上げた。
「ラウディ、最近仕草が女の子っぽいですよ。……周囲に正体ばれて困るのはトニだけじゃなくて、あなたもでしょう」
男装のお姫様。王子様の性別は、実は『女』である。その秘密を知るのは、この学校ではジュダを除けば、ラウディに仕える侍女のメイアしかいない。
しかしいくら秘密を黙していようとも、もとより少女の面影のある、というか少女なのだが、その顔立ちのラウディが、より女性らしい仕草をとるようになれば、彼女の性別を疑う者が現れても不思議ではない。
何せ、先の騎士学校の創立記念祭の折、ラウディは女装――プリンセスドレスをまとった完全なるお姫様役を披露し、周囲から賞賛されたのだから。……そう仕向けたのはジュダであるから、責任の一端は彼にもあるが。
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・もとは短編用に作ったエピソードになります。
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