第23話、英雄ジュダ
国王陛下とラウディ王子殿下を救ったエイレン騎士学校一の騎士生――それが自分のことでなければどれだけよかっただろう、とジュダは思った。
しかし、実際のところ、ジュダはヴァーレンラント王の命を狙い、寸前まで行った暗殺者だ。
――まあ、見逃したんだから、救ったというのも間違いではないか。
そう自分を慰めたとて、やはり愉快なものとは程遠い。
王を見逃したとはいえ、未遂ではあるのは間違いない。亜人解放戦線のアジトから騎士学校へ戻った時、一度はそのまま雲隠れしようとも思った。
いつでも離れられるよう荷物を用意していたが、それを回収する前に、担当教官のジャクリーンに捕まり――王と王子を救ったことを激賞された。
何が何だかわからないうちに、周囲の騎士生たちからも賞賛されるに到り、完全に脱出のタイミングを逃してしまった。
こんなところでのんびりしていたら、王国から刺客を送られて、逃げ道を失うぞ――その考えが過る。
しかし。
『来るなら来てみろ。返り討ちどころか、そのまま逆に王城に攻め込んでやる!』
という、むしろ来てくれたら、ラウディ云々関係なく、己の生存を賭けて逆襲できると息巻く一方で。
『あの王が、ラウディの手前、仕掛けてくるのだろうか?』
と疑問符も浮かんだ。やるとしたら、彼女にジュダの正体を明かして敵対させ、大手を振って軍を差し向けるだろうか。
そうなったら、ジュダはショックを受けるだろう。しかし逆に迷いを捨てられる気もした。それで敵に回るなら、それはそれで仕方ない。その程度の付き合いだったということと割り切るしかない。
元より、スロガーヴとレギメンス。相容れないのが普通であり、今の関係こそ歪なのだ。正体を隠しているからの関係。それが崩れたら、あっけないのだろうとジュダは思った。
――自分では決められないのなら、他人の決めてもらうのは楽な道だよな。
ジュダは自嘲した。人に任せれば、人のせいにできるから。自分が決めたのではないと言い訳できるから。
他人に判断に委ねておいてのそれは、身勝手極まりないのだが、その時はその時と諦められるなら悪くはないだろう。
何だかんだ、今日は疲れた。どこか投げやりな気分になり、そのまま寝た。
そして翌日から、やっぱり逃げておくべきだったと後悔した。英雄に祭り上げられてしまったこと、それが全校に知れ渡り過熱したからだ。
普段から敵対的だったクラスの貴族生すら、ジュダに対する態度が激変した。大幅に軟化し、顔を合わせるたびに不快さを隠さなかったサファリナ・ルーベルケレス嬢からは『君』付けされるまでになった。
彼女の場合、先日の亜人解放戦線の襲撃で、王の元へ駆ける際、手の届く範囲にいたので、襲っていた亜人戦士を倒して助けたのだが、どうやらそれがいけなかったらしい。とち狂ったと思うくらいの態度の反転具合に、熱でもあるのではないかと心配したくらいだった。顔がとても赤かったから。その場はお引き取り願ったが。
王の報復が来るのではないか、と身構えていたが、そんなこともなく、ラウディは創立記念祭以来、王城に戻って学校にはいなかった。
もう彼女は現れないのか。いや、王がジュダをスロガーヴだと知ったのだ。大事な我が子を、魔獣のいる学校になど出すわけがない。
そうは思いつつ、ラウディは今頃どうしているか、などと考えていたら、その彼女が騎士学校に戻ってきた。
・ ・ ・
彼女は、ジュダがスロガーヴであることを知らないようだった。
父親であるヴァーレンラント王は、大事なラウディにその事実を打ち明けることなく、あまつさえ学校に戻した。
逆にラウディから、よくもヴァーレンラント王に、性別のことを知っているのをバラしたなと文句を言われた。約束を守らなかったからと、ぶたれたとも言っていた。
あの王様が、娘に手をあげるとは思えないが、他人の家庭の話だ。突っ込んでもろくなことはないし、人工スロガーヴがどうの、とかいう重苦しい話ばかりするので、ジュダは、ラウディ『姫』が創立記念祭で如何に可憐で美しかったかを懇々と説明しておいた。
ラウディには『ふざけるな』とか『意地悪』とか言われた。改めて言われなくても知っている。
しかし、そんなジュダが意地悪であるのと同様、ラウディも中々人を驚かすことについては、人が悪いと思う。
彼女は妙に改まって、ジュダに告げた。
「私の騎士になってくれ!」
何となく告白する流れのように見えて、錯覚だったと安堵する一方で、ラウディから、王子を守る騎士にと言われたのは違う意味で衝撃的だった。
そもそもラウディは、自分の騎士――第一の側近とも言える信頼できる人材を求めて、騎士学校にやってきた。それは建前ではあったが、ジュダなら、本気で自分の傍らにいて欲しいと願った。……それは本当は騎士としてなのか、それ以上の関係を求めてかについては、本人のみぞ知るところであるが。
もちろん、ジュダはそんなラウディの本音を知らない。しかし、自分に騎士にというラウディに選ばれたことには、激しく混乱した。
スロガーヴが、レギメンスの騎士になる?
彼女は、正体を知らない。だからこんなことを言えるのだ。適当な理由をつけて渋るジュダだったが、ラウディは真剣だった。
「たとえジュダが何者だろうと関係ない」
スロガーヴでも? 彼女がジュダの正体を知った時にも同じことが言えるのか。しかしジュダをそれを試す勇気はなかった。
知らないまま、差し出された手を取ることもできた。何よりジュダもまた、ラウディの誠実さに好感を抱いていたから。
ラウディの力になってやりたい。その想いが、ジュダに今の関係を所望した。
だが、彼女から差し出された手を、ジュダは握らなかった。スロガーヴである。レギメンスの手など直に握ったら、火傷では済まない反応が現れるかもしれない。そこで正体を明かしてしまうのも馬鹿らしいので、敢えて『男同士』で手を握るのは気持ち悪いと、適当にぼかした。
しかし、ラウディの騎士になる件は、ジュダは受けた。手は取らなかったが、騎士にはなる。
「後悔しないでくださいね。俺は意地の悪い男ですから」
「知ってるよ。君が意地悪なことくらい。――でも、私は
言ってみれば、一つの告白だったのかもしれない。
仮面の戦士。素性を隠して生きるスロガーヴと、レギメンスの、王子の仮面を被ったお姫様。
二人の物語は始まったばかりだ。
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