第22話、王は娘の友人と話したい


 亜人解放戦線による王都襲撃の翌日。レアスは夕方まで寝込んだ。


 左腕を失い、さらに身体に負ったいくつもの傷。どうやら、そこから細菌が入ったようだった。

 発熱し、王族専属医療団の治療により、夜にはだいぶ落ち着いたが、歩くのも難儀なほど消耗していた。


 妻のエルファリアや、娘であるラウディが心配げにそばにいたようだが、熱が下がり平気だとレアスが告げれば、ようやく落ち着いて部屋へと戻っていった。


 ベッドで半身を起こし、レアスは大臣であるペルパジアを呼んだ。医師や従者らを下げ、レアスは、ペルパジアから昨日の報告と事後処理についての打ち合わせをする。


 万事心得たペルパジアのこと、すでに必要なことにはすべて手を回しており、レアスはただ報告を聞き、必要な認可を下すだけだった。


「――それでは、以上の件、早急に手配しましょう」


 ペルパジアは、傍らに机に羽筆を置くと、王の指示をまとめたノートを閉じた。そしてかけていた眼鏡を外しかけ――


「まあ、待て大臣。もう少し付き合わんか」


 レアスは引き止める。ペルパジアは怪訝そうな顔をしたが、席を立つことはなかった。


「まだ何か?」

「うん、貴様の義理の息子の話だ」

「……ああ、ジュダですか」


 ペルパジアは事務的な態度をとった。いつもと同じように見えて、どこかよそよそしくも感じる。


「貴様の息子は今どうしている?」

「騎士学校にいると思いますが?」


 大臣は眼鏡を睨むように見つめ、そのレンズに息を吹きかけた。


「彼は、今あなたや王子殿下をお救いした英雄ということになっています」

「不満そうだな」

「ええ、英雄になど、なるべきではない」


 その口調は冷たい。彼が不機嫌そうなのは、それが原因かとレアスは思った。特にスロガーヴである身を思えば、あまり活躍しても注意を引いてしまう。ペルパジアとしても、それを望んではいないのだろう。


 とはいえ、創立記念祭で、彼が王と共に亜人戦士と戦っている姿を目撃した者も少なくない。


 何もしなかった、何もなかったでは、逆に彼の立場を危うくするかもしれない。ジュダを今回の事件鎮圧の功労者、英雄として祭り上げることは、ある意味、彼を守るため仕方なかったのだ。


 レアスは反対しなかった。ジュダはラウディの友人であり、恩人である。その彼がスロガーヴであるなどと世間にバレるのは、レアスとしても困るのだ。おそらく何も知らない娘のためにも。


 ともあれ、それはそれとして――レアスは感情を込めないように言う。


「お前は、私にアンジェの息子が生きていることを言わなかった」

「言ってどうなると言うのですか?」


 普段は温厚な彼にしては、刺々しいものが感じられた。


「あなたはジュダを保護するつもりだったとでも? アンジェひとり救うことができなかったあなたが、彼女の息子を拾って何ができたというのですか?」


 ぐうの音も出なかった。彼の言うとおりだ。仮にアンジェの子の所在を突き止めたとして、どうすることができたのだろうか? 母親を見殺しにすることしかできなかった、無能な王である自分に。

 せめて最期から目を逸らす前としていたが、耐えられなくなり退席したあの日。


「あの男は、私を恨んでいた」

「母親を目の前で殺されれば、そうもなるでしょう」


 ペルパジアは言ったが、レアスは目を見開いた。


「目の当たりにしたのか、彼は。あの場にいたのか……?」

「いましたよ。私と一緒に」


 大臣は眼鏡をじっと見つめる。


「とても腸が煮えたぎる光景でした。それはジュダも同じだったでしょう。……あの公開処刑を演出したアルタール公爵が首を刎ねられたのも、言ってみれば彼らしい復讐の形だったと思います」

「アルタールを殺害したのは彼なのか?」

「そうですよ」

「お前はそれを知っていたのか?」

「先日、騎士学校を訪れた際に、本人の口から聞きました」

「お前はそれを黙っていた!」


 知っていて報告しなかった。レアスはカッとなったが、ペルパジアはやはり冷淡だった。


「どう報告しろと? 私が引き取った義理の息子が公爵を殺害しました。彼はスロガーヴで、いわば母の敵討ちをしました、と?」

「……」


 レアスの思考から怒気が抜ける。


 言われて見れば、そんな話、報告などできるだろうか。養子が貴族殺しただけでもスキャンダルであり、それがスロガーヴだったなんて――逆の立場なら報告できないと思う。


「仮面の戦士はジュダだった」

「そのようですね」

「そのようですね、とはどういうことだ?」


 あまりに他人事な口調だった。レアスが問えば、ペルパジアは眼鏡をポケットにしまった。


「直接、彼が仮面の戦士だと確かめたことはありませんでしたから。確証を得たのは、先日、騎士学校を訪れた時ですし」


 創立記念祭の直前だ。思えばあの日の王都襲撃は、レアスが騎士学校を訪れるのを狙ったものだった。


 亜人解放戦線による攻撃は、ペルパジアやジュダとは無関係であろう。何せそのジュダは、亜人解放戦線の戦士と幾度も剣を交え、そして討ち取った。彼はスロガーヴだが、無条件に亜人の味方をしているわけではない。


「ペルパジア」


 レアスは呼びかけた。


「ジュダ・シェードと、一対一で会って話がしたい。セッティングできるか?」

「……正気ですか?」


 ペルパジアは怪訝な表情になった。


「彼が手を引いたとはいえ、次もそうとは限らない。彼は若いのです。あまり刺激するようなことはなされるな」

「……よいのだ。私は彼と話がしたいのだ」


 そこはレアスも譲る気はなかった。アンジェの息子と、話がしたいのだ。


「それで彼に刺されるならば、それも運命。ジュダには、私を刺す権利がある」

「王よ」


 ペルパジアは何事かを考えるように、宙を睨んだ。レアスとジュダを会わせて起こるだろう出来事。それを頭の中で予測を重ねているのだろう。


「敢えて事を荒立てることはないと思いますが、それをお望みというのであれば」

「ああ、頼む」


 レアスの意思を見て取り、ペルパジアは何とも言えない顔になった。


 王は、大臣があのジュダという義理の息子のこともそれなりに心配しているのだと感じた。実際のところ、その義理の息子に王を殺せとけしかけていたことを、当のレアスは知らない。


「しかし、王よ。今はまず怪我を治し、静養するのがよいでしょう。ご自愛ください」

「ありがとう」


 レアスが頷くのを確認すると、ペルパジアは席を立った。それを見送り、王は窓から王都を眺める。


 この平和の景色がいつまでも続くことを、王は願った。


 自分はもう若くない。かつてのように戦地に飛び込み、剣を振るう歳でもないのを、今回痛感させられた。


 そしてその平和を次代に託すためにも、アンジェの息子は不可欠な存在となる。レアス・ヴァーレンラントは、それを確信していた。

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