第20話、王とジュダの一部始終


 復讐のために現れたスロガーヴの子は、ガンダレアス・ヴァーレンラント王を見逃す気配を見せた。


「あんたはどうするんだ、レギメンス?」


 淡々と、少年は問うた。


「俺がスロガーヴだとあんたは知ってしまった。……俺も殺すのか?」


 お前がただのスロガーヴなら、そうした――レアス・ヴァーレンラントは心の中で呟いた。


 復讐に囚われ、周囲も顧みない心の持ち主ならば討つことも考えた。だが、アンジェの子は成長した。魔獣ではなく、人の心を持っている。


「今の余にその力はないよ、スロガーヴ」


 レアスは、そっと息を吐くように言った。だがジュダは油断することなく事実を告げるように言った。


は、な。だが母を追い詰め処刑したように、俺を追うこともできるだろう」


 道理だ。だがレアスの本心を言えば、アンジェの子を追い詰めるつもりなどまったくなかった。


 しかし、本心をそのまま彼に告げるのは憚られた。だから、格好をつけねばならない。


「それは貴様次第だな、スロガーヴ」

「どういう意味だ?」


 ジュダは首を傾げた。レアスは、離れた場所で横になっているラウディを見やる。愛する娘――彼女がまだ生きている。


「貴様に問う。何故、ラウディを救おうとした?」

「!?」

「貴様にとって余は敵だ。余の血を引くラウディもまた、貴様にとっては敵ではないのか?」

「それは……」


 少年は言葉に詰まった。その表情に過るのは、わずかながらの迷い。敵視などの感情は欠片も感じられない。そうだ、この男はわかっているのだ。本当の敵は、血筋ではないことを。


「答えられないのか?」

「あんたには関係ないだろう」


 レアスの問いに、ジュダは顔を逸らした。まるで親の前でそっぽを向く子供のようだと感じる。レアスは口元に笑みを浮かべた。


「ラウディは貴様を高く買っていた。貴様の正体は知らんのだろうがな。知らないことは幸せか。……いや余にとっては不幸だな」


 スロガーヴ。かつての友アンジェ、その子供。そして愛する娘ラウディの友。……まるで昔に戻ったようだ。レアスとアンジェ。ラウディとジュダ……。


「何が言いたい?」


 アンジェの子でなければ、私はお前を討てたのに――


「……ラウディがいなければ、余は貴様を討てたのに」


 言い換えたレアスだが、対するジュダは、その言葉に皮肉げに口元を歪めた。


「ああ、まったく。彼女・・がいなければ、俺もあなたを討てたのに」


 ――この男も、同じなのだ。


 レアスは、このジュダという少年と意識を共有したように感じた。お互いが同じ心境に達していたのだ。


 ラウディが騎士学校に通うようになって半月程度。しかし彼女はジュダを友と呼び、そして彼もまた、復讐心に打ち勝つ程度にラウディとの友情を深めたのだ。


 ジュダは、皮肉げに言った。


「ラウディはいい娘だ。あなたも自慢していい」


 娘――この男、ラウディの性別に気づいているのか! 


 レアスは驚愕したが、それを顔に出すのはかろうじてこらえた。ラウディの事をどこまで知っているのか?


 しかし、レアスの心の底には不機嫌という名の感情が吹き荒れた。国家云々の機密、ではなく、娘と知りながら友人関係を築いている男という存在について。


「彼女と踊ったからといっていい気になるなスロガーヴ。あれは、王子・・なのだから」

「了解した。……だが忘れるな」


 ジュダは踵を返した。


「あなたは母の仇。許したわけじゃない。人間による蛮行を捨て置くなら……次はその首を貰い受ける」


 あなた、か――この男の中で、復讐心は小さくなっているのをレアスは感じた。この男は、二度と剣を向けてくることはない。……何故か、そんな気がした。


 だが、敢えて言わねばならない。


「貴様こそ。かつての魔獣、魔王とも呼ばれたスロガーヴのてつを踏むようなら、貴様を見逃さぬと心得よ。世に混沌をもたらす闇は、光の一族に討たれるということを忘れるな」


 ジュダは振り返らなかった。


 そうだ、いかにアンジェの子であろうとも。いかにラウディが友と選んだ男だとしても。


 あの屍をさらすレーヴ人の狂戦士のように、周囲に害をなし、殺戮を好むような外道に堕ちたのなら討たねばならない。それが国王の、レギメンスの役目なのだから。


 スロガーヴの少年が去った後、レアスはゆっくりと立ち上がった。


 足がふらついた。老いたな、と自嘲する。こんなところを亜人解放戦線の戦士に襲われたら、ひとたまりもない。


 いや――レアス王は、意識を失っている蒼いドレス姿の愛娘を見やる。彼女を守るためなら、まだ一戦や二戦、身体は動くだろう。大切な者を守るための戦いなら、己の限界を超えて戦い、幾多の危機も乗り切ってきたのだ。

 しかし――


 レアスは顔をしかめた。

 ラウディが目覚めたら、ひとまず説教をせねば。王である私に『嘘』をついていたこと。そしてアンジェの子であるジュダの話を改めて聞かねば――


 そう思ったとき、はたとなった。ジュダという男、たしかペルパジアの養子だった。つまり彼は、あの引き取った子供がスロガーヴであったことを知っていたはずだ。


 ひょっとしたら、彼が今も人間社会に溶け込んでいるのも……。そして復讐心を土壇場で収められたのも、彼が教育したおかげなのではないか。


 レアス・ヴァーレンラントの古き友、アンジェ。彼女とも旧知の仲であるのは、ペルパジアも同じなのだから。

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