第18話、臆病者の本音


 エイレン騎士学校の創立記念祭は、皮肉な言い方をすれば、良くも悪くも大盛り上がりだった。


 そこであったことを列挙する。


 一つ、英雄王にして聖王ガンダレアス・ヴァーレンラント王がゲストとして参加した。未来の王国騎士たちを見に来た――その中には自分の息子であるラウディ王子がいたから、もあるだろうが。


 二つ、その美形のラウディ王子が、創立記念祭のメインイベントであるダンスタイムで、『お姫様』に扮し、エスコートの騎士と一曲踊ったこと。


 ジュダに言わせれば、ラウディは『女の子』に憧れを持っていた。男装王女様は、お姫様に憧れていたのだ。だからその場で目一杯、彼女をお姫様として扱った。……国王陛下が刺すような目を向けてきたが、すぐに殺してやるから待ってろと、ジュダは意にも介さなかった。


 ラウディのドレス姿はとてもよく似合っていた。彼女には青が似合うとジュダは思った。やはり本来の姿であるのが一番よい。

 こうしたダンスパーティーが嫌いなジュダも、つかの間楽しんだ。因縁さえなければ、彼女同様、思い出の一つとして残ったことだろう。


 ここまではよい話だ。

 ここからは悪い話だが、一つ、ラウディが騎士生コントロ・レパーデに暗殺されそうになった。


 コントロはクラスメイトであり、貴族出身の生徒だった。平民に対しては傲慢で、嫌味な男だったから、ぶっ飛ばすのに何の遠慮もなかったジュダだったが、何故、ラウディが狙われたのか、それがわからない。


『ヴァーレンラント万歳!』


 そう叫んで凶行に走ったコントロは即時捕らえられたが、明らかに普段と異なり、正気を失っているように見えた。


 そして二つ目。王子暗殺未遂の直後、人類と敵対する亜人解放戦線が、騎士学校を襲撃したこと。


 ゲストや騎士生が襲われ、王もまた狙われた。計画にないことだ。ジュダが密かに練っていた暗殺計画はぶち壊された。突然の解放戦線の襲撃。


 結果、ジュダは実に不本意ながら、ヴァーレンラント王の背中を守って戦う羽目になった。


「助太刀ご苦労!」


 王からその言葉を受けた時の屈辱は、思い出しただけで物に当たりたい気分になった。どさくさに紛れて、王を暗殺してやろうかもと思ったくらいだが、周囲の目を警戒し、その時は見送った。――お前のためじゃない、という言葉が出かかったのを何とかこらえた。


 そして悪いことその三。王の殺害に失敗したと見た亜人解放戦線は、その場にいたお姫様――女装しているラウディを誘拐した。


 踏んだり蹴ったりだった。しかもあろうことか、ヴァーレンラント王は、即時にラウディの救出に出てしまった。お供も連れず、王としては失格、親としては満点の行動を取った。


 それが余計にジュダを苛立たせた。母を処刑台に送り込んだ男が、自分の子供のために身の危険を顧みず救出に向かう。――善人ぶるな!


 そのまま逃走する敵を追跡して亜人解放戦線のアジトへ乗り込んだジュダは、王と合流し、ラウディの救出のために共闘することになる。


 しかし、敵の中に、双剣使いの死神獅子の異名を持つレーヴ人――獅子亜人のアド・ワシーヤがいた。

 ジュダとは別口で、貴族殺しをやっていた亜人解放戦線の死神だ。しかもこの獅子亜人は、人工スロガーヴだった。


 母の仇の一人であるアルタール公爵が密かに研究していたという人工的に作ったスロガーヴ――その被検体だったのだ。


 レギメンスの力で、ヴァーレンラント王は老いた体ながら、人工スロガーヴと互角に渡り合った。さすがは聖王である。だが時と共に王は劣勢となり、ジュダはラウディから、父王を助けてほしいと頼まれた。


 これには大いに困ったジュダである。いっそこのままアド・ワシーヤが、ヴァーレンラント王を殺してくれればと思った。


 だが結局、ジュダはラウディの願いを叶えた。片腕を失い、窮地に陥ったヴァーレンラント王に代わり、人工スロガーヴと戦い、激闘の末、討ち取った。


 残るは、ヴァーレンラント王のみ。


 その場には、ジュダと王しかいない。助けたラウディは、王の助っ人に行く前に眠らせた。だからその場で見ている者は誰もいなかった。


 ここで、ジュダが復讐を果たしても、アド・ワシーヤに罪を着せることもできる。ジュダは、ヴァーレンラント王と対峙した。


 そしてここで最悪の四つ目。ジュダは、復讐問答の末、ヴァーレンラント王を見逃した。



  ・  ・  ・



 王を見逃し、愛馬であり義理の妹であるエクートのトニの背中に乗って騎士学校へ戻るジュダの心境は、それは言葉にできないほどの嵐が渦巻いていた。


 あれだけ恨みを募らせていた相手を見逃す。もしその事で、ジュダを煽る者がいたら、彼は有無を言わさず、その者を撲殺しただろう。


 それくらい彼は自身への怒りを溜め込んでいた。場の空気に流されたのでは、と思うたびに、後悔がよぎるのだ。


 後悔しない生き方なんてできるのか――そう口にした自分に腹が立った。どちらに転んでも後悔するとわかっていたが、絶賛後悔中だ。


 何より頭に来るのは、憎いヴァーレンラント王とジュダの心境がシンクロしてしまったことだ。


 ラウディがいなければ、互いに殺せたのに。王はスロガーヴのジュダを、ジュダは王を。


 その心境を互いに理解した時、ジュダもヴァーレンラント王も、互いにとても嫌な顔をした。


 お互いが、親しいラウディの気持ちを優先した結果、殺せなくなってしまったのだ。ジュダが仇を見逃したように、ヴァーレンラント王もまたレギメンスとしての義務を放棄し、スロガーヴを見逃した。


 だから、互いに捨て台詞を吐く羽目になるのだ。


「あなたは母の仇。許したわけじゃない。人間による蛮行を捨て置くなら……次はその首を貰い受ける」

「貴様こそ。かつての魔獣、魔王とも呼ばれたスロガーヴのてつを踏むようなら、貴様を見逃さぬと心得よ。世に混沌をもたらす闇は、光の一族に討たれるということを忘れるな」


 その時が来たら、次はない。


 ガンダレアス・ヴァーレンラントが、アルタールや亜人差別主義者のような外道であってくれたなら、何の躊躇いもなく復讐できたのに。


 ジュダは思う。だが彼の本質は善人なのだ。それはそうだ。あれだけ素敵なラウディの父親なのだ。彼女が亜人に公平な態度を見れば、王もまたそういう人間なのだと推測できる。


 善人にはとことん甘い――それがジュダ・シェードだった。


 唯一の救いは、ラウディを守れたこと。そして彼女の心が潰れることもなく、その笑顔が守れたことだ。

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