第17話、王を殺せ、と養父は言った
エイレン騎士学校の休みが終わり、騎士生が続々戻ってくる。王都を離れていたジュダも、散々迷った挙げ句戻り、何の気まぐれか、ラウディが戻るのを待っていた。
男装王女は、相変わらずだったが、それがジュダには心地よい。彼女と話していると、あれこれ鬱屈したものが霧散するようだった。
しかし、自分の覚えのないところで、何か言いがかりをつけられるのは面白くない。聞いても教えないと言われれば気にもなるもので――
ジュダはラウディの後に続きながら言う。
「意地が悪いですね、どうしたんですか今日は」
「普段から意地悪な君に言われたくないな!」
ラウディがすたすたと先を歩くので、ジュダは歩調をあわせて隣を行く。はて、何が彼女の気に障ったのだろうか。心当たりがあるとすれば――
「そんなに休みの間に、王城を訪ねなかったことを拗ねていらっしゃるのですか?」
「……拗ねてなど!」
ラウディの反応は過敏なくらいだった。本当に何があったのだろうか。
「それより、君はどうだったんだ? 学校にいるということは用事は済ませたんだろう?」
「ええ、まあ」
現実に引き戻してくれてありがとう――消えかけていた鬱屈した成分がこみ上げる。
「大体終わった、という感じでしょうか。完璧かといえば、色々と不足しているのですが」
王への復讐。その手段や今後の自分。あるいはこのまま消えてしまおうと思ったり、等々。
「休日のあいだ、あなたのことばかりが浮かんでしまって」
「え……? 私の、こと!?」
「集中できなかったというか、何と言うか」
あれこれ考えてしまってわけで。ちら、とジュダがラウディを見れば、彼女は驚いた顔をしていた。
「あ、えっと何?」
呆れたことに、ラウディは人の話を聞いていなかったようだ。ひょっとしたら具合が悪いのかもしれない。顔が心なしか赤いようでもある。
「いえ、何でもないです」
「え、教えろよ。気になるじゃないか」
「聞いていないあなたが悪い」
ジュダはさっさと歩き出す。ささやかなお返しができて少し気分がよくなる。
「ズルイぞ、ジュダ。何で言わないんだ? 教えてくれ!」
「知りません。言いません」
「意地悪だ! 本当に意地悪だな、君は!」
先ほど自分がそのような態度をとったことを棚に上げて、ラウディはそんなことを言うのだ。
・ ・ ・
そっけなくて、意地の悪い男だけれど――ラウディは、ジュダの背中を追いかけながら、心の中で呟く。
――私は恋をしている。でも私は王になる身。男を好きになるなんて、ありえないこと。……だけど。
心がズキリと痛む。いくら王子として振る舞おうとも、本当の自分が女であることは隠せない。
消せない。
捨てられない。
だって、恋を意識してしまったから。もう、親友では満足できない。
疼くのだ。もっと自由に振る舞えたら。ありのまま、そう、この気持ちを素直に告げることができたなら――
しかし、それは許されない。王子である身を考えれば。……でも、そばにいるくらいなら。
――いつか、この気持ちを伝えることができるのかな……。
それまでは、いまこうして彼のそばにいる時間を大切にしたいと思った。
ジュダ・シェード。私の騎士――私だけの騎士。
・ ・ ・
学校行事である騎士学校の創立記念祭の日取りが迫っていた。
ヴァーレンラント王の暗殺を巡り、悩みに悩みを重ねるジュダだったが、そんな彼の元に養父であるペルパジア大臣がやってきた。
突然の訪問だった。大臣が来たということもあって、授業中にも関わらず呼び出されたジュダは、彼と話をする機会を得た。
「ご無沙汰しています、
「元気そうだな、我が息子よ」
校庭の周りを二人は歩く。在り来たりな挨拶の後、最近の話や、誰から聞いたのか、ラウディとの関係についてペルパジアから問われた。
親しいかどうかは微妙と答えたジュダに、大臣は意外そうだった。ジュダは、幼き日にペルパジアからかけられた言葉を、今も一語一句覚えている。
『その力を決して人に見せてはならない。惨めな最期を迎えたくなければ、な』
ペルパジアは、この王都で唯一、ジュダがスロガーヴであることを知っている人物だ。そしてジュダが、母を殺したヴァーレンラント王や亜人差別主義者たちに対する復讐のために、騎士学校に潜伏していることも、全て承知している。……ジュダがそれを口にしていないにも関わらず。
そんな彼は、ジュダに『王をいつ殺すのか』と聞いてきた。これにはジュダは面食らった。
いくら事情を知っているとはいえ、仮にも自分が仕えている主の暗殺を仄めかす話をするのはどういうことか。
困惑するジュダに、ペルパジアは淡々と告げた。
「私は日々憂いている。今、この国の治安は悪化の一途を辿っている」
人間と亜人の争い。差別に迫害。このまま行けば、内乱、否、内戦に発展するだろう。しかし、ヴァーレンラント王にそれを止めることはできないとペルパジアは断言した。
王は亜人との対話を試みたいが、亜人差別が蔓延る貴族の多くが、それに対して否定的だ。亜人に甘いのではないか、と王を快く思っていない者も少なくない。
ペルパジアは言った。
聖王ガンダレアス・ヴァーレンラントを暗殺せよ、と。そして彼亡き後、台頭してくるだろう亜人差別主義者を殲滅するのだ、と。
それが人類と亜人との対立に終止符を打つことができる、一つの可能性であると、養父は告げた。
ペルパジアは、ジュダの迷いに気づいていた。だから個人の復讐ではなく、大義を背負わせた。
それを指摘すると、ペルパジアは言った。
「解釈は人それぞれだ。そしてその思惑も、やはり人それぞれなのだ」
それをすることで多くの人が幸福を得られる。迫害される亜人たちを救うことにも繋がる。誰かのためになる行為なのだ――その思いが、ジュダの復讐を後押しする。
だがそれでも、ラウディのことを思えば躊躇いが芽生える。彼女との出会いがなければ、ここまで思い悩むこともなかった。
黄金試験の日が迫っていた。そして創立記念祭はその前日。もはや時間がなかった。
実行するか、逃げるか。
ペルパジアは、ヴァーレンラント王が騎士学校の創立記念祭のゲストとして出席することを告げ、ジュダが王を暗殺するためのお膳立てをした。
外堀を埋められた気もするが、ジュダは準備にかかった。いよいよ母の仇を討つ。
気に入らない。ついにその時が来たというのに、どうしてこうも苛立つのか。
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