第16話、休暇の終わり


 三日間は短い。ラウディは王城での休みを、母や妹と過ごした。ジュダの話はしなかったが、チラチラ脳裏をよぎって駄目だった。


 そんな休暇も終わり、騎士学校に戻るべく支度を済ませるラウディ。だが、そのタイミングで父王が訪ねてくるというのは、嫌な予感しかしなかった。


「……そう構えるな。見送りだ」


 騎士学校へ戻らなくていい、とか最悪の展開もありえたから「見送り」と聞いて、ラウディは心底ホッとした。

 おいで――と父王に招かれ、ラウディは、老いてもしっかりした父親と抱擁を交わす。


「身体には気をつけるのだぞ。大事な身体なのだからな」

「父上も、あまり無理をなさらないように」


 ぽんぽんと背中を叩かれ、ラウディは父親の温もりを感じて胸がいっぱいになった。


「お気をつけて。昨今、何かと物騒ですから」

「お前こそ戻る時は用心するのだぞ。また、騎士学校でもだ」


 ヴァーレンラント王の青い瞳が、じっとラウディを見つめた。


「約束を、くれぐれも守るのだ。騎士学校の誰にも、お前の秘密を看破されてはならぬ」

「え、ええ、もちろんです」


 ラウディはコクコクと首を縦に振る。王は頷き、部屋を出ようとして足を止めた。


「そう言えば、まもなく騎士学校の創立祭だな」


 創立祭――ラウディはビクリと肩を震わせた。


「どうした?」

「いえ、何も……」


 一瞬、創立祭の出し物のことを聞かれると思って身構えたのだ。

 仮装パーティー、姫と騎士の舞い。そこでラウディはお姫様役を務めることになっているのだ。……嫌な汗が出てきた。


「創立記念祭が、どうかされたのですか?」


 声が震えそうになるのを堪える。そんなラウディの心境を知るはずもなく、王は言った。


「大臣の勧めで創立祭に出席することにした。そこでお前の将来の騎士を紹介してくれ」


 ――え!? 


 ラウディは硬直した。


「どうした? 顔色が優れんぞ。具合でも悪いのか?」


 国王が不思議そうに首を傾げる。ラウディは作り笑いを浮かべた。


「いえ、そんなことは。とても……とても楽しみにしています」

「余も楽しみにしている。次に会う時は、騎士学校だな。王子として恥じぬように頑張れよ」


 ヴァーレンラント王は退室した。扉が閉まり、王の姿が見えなくなっても、ラウディの表情は固まったままだった。


『女であることを悟らせてはならない。疑われてはならない。発覚してはならない』


 ――ああ、もう……。


 足元が崩れたようなショックを受ける。ふらつく足。ラウディはベッドに突っ伏した。


 どうしてこうなる。ラウディは、己がドレスを纏った姿で、父王の前に立たねばならないことを思い、憂鬱になった。


「ジュダ、君のせいだぞ。……君のせいなんだからな」



  ・  ・  ・



 その後、ラウディは王城を離れた。

 家族に見送られ、笑みを貼り付けて学校へと向かったものの、その心は晴れなかった。


『お前の将来の騎士を紹介してくれ』


 将来の騎士――ジュダ・シェード。ラウディが頼りとする男。何を考えているかわからない表情の騎士生。そしてラウディに王女の格好をするよう仕向けた張本人。


 深いため息が、ラウディの唇から漏れる。騎士学校に戻ったら、絶対文句を言ってやる。あの生意気で皮肉屋のクラスメイトに。


 ラウディを乗せた馬車は、エイレン騎士学校の門をくぐる。家に戻っていた貴族生たちやその馬車の姿がちらほらと見える中、ラウディはメイアに荷物を任せ、馬車を降りる。

 改めてため息をこぼすと。


「お帰りなさい、ラウディ」


 声をかけられた。学校内で呼び捨てを許した相手は、ただ一人。ドクリと胸の奥が鳴った。


「ジュダ……」


 やや意地の悪い騎士生は、いつもの淡々とした表情で立っていた。


『その、ジュダ様に恋をされているのですか?』


 フィーリナの言葉が脳裏によぎった。途端に頬にじんわりと熱が感じられてくる。


「そんなわけないだろ!」

「はい?」


 突然のラウディの言葉に、ジュダはキョトンとした。しまった、とラウディは思った。


「どうしたんですか?」


 黙っているラウディをジュダは訝った。ラウディは頭を振る。


「すまない。何でもない」

「大丈夫ですか? ……顔が赤いですよ」


 顔が赤い――ラウディは反応した。


「違う、赤くなんかなっていない! 君の見間違いだ!」


 頬が熱を帯びる。嘘だ、ぜったいいま私は赤くなってる――ラウディは唇を噛んだ。


 そんな黄金王子の様子をジュダはじっと見つめる。その灰色の瞳は、まるで父王に見つめられている時のような、こちらのことを見透かしているような気分にさせられる。

 ラウディは背筋を伸ばした。


「ま、まさか君が出迎えてくれるなんてな。……そこで私の帰りを待っていたのか?」

「待っていた、と言ったら、喜んでくれましたか?」


 無意識のうちに心が弾んだ。だがすぐに思い直す。この男お得意の皮肉だろう。彼がそんな殊勝な心がけのはずがない。


「どうせ、何かのついでなのだろう」


 突き放すような態度をとる。ぬか喜びして落胆するのも馬鹿らしい。その手には乗らない、と思うのだが、やっぱり嬉しかった。


「休日はゆっくりできましたか?」


 ジュダのその言葉に、ラウディは思わず口元を歪めた。


「おかげさまで。君のおかげで・・・・・・楽しい休暇になったよ」

「はて、俺が何かしましたか?」


 皮肉でも何でもなく、ジュダは首を捻った。


 ――そうとも、君は知らないんだろうな。


「よく言うよ。君のせいで――」


 父王が騎士学校に来ることになったし、ラウディ自身、恋愛などを意識する羽目になった。


 まったくもって認めたくない事実だ。親友だと思っていたのに、それは友情なのではなく恋愛感情だったなんて。


 いや、初めは友情だったんだ、とラウディは自身に言い聞かせる。それがいつのまにか恋に発展して……このざまだ。


「俺のせいで、何です?」


 ジュダはラウディが呑み込んだ言葉の内容について問うてきた。


「何でもない。いや、教えない」


 恥ずかしくて言えるわけがなかった。

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