第15話、妹と戯れるラウディ
「――ご機嫌を直されてはいかがですか、お姉様?」
フィーリナが顔を覗き込んだ。
窓の外は暗闇に包まれていた。王女の部屋――フィーリナ姫の寝室。そのベッドの上に猫のように寝そべる妹姫は、光沢のある絹の寝間着姿。彼女のベッドの上に座り込んでいるラウディもまた、ゆったりとした寝間着をまとっていた。
ラウディが妹の寝室にいる理由――彼女に幼い時のように一緒に寝ようと誘われたからだ。
「お父様が何かおっしゃいましたか?」
悪戯っ子のように笑みを浮かべてフィーリナが問う。ラウディは苦笑した。
「それは……色々言うよ。父親だもの」
「お疲れ様でした」
寝る前の談笑の時間が始まる。フィーリナは、地方で出会った貴族、珍しい動物や狩りの話、貴族子女の噂話などを語った。少々、夢見がちな妄想が含まれているが、それらはラウディにとっても興味深い話だった。妹姫の話がひと段落したところで、フィーリナは身を起こすと、ラウディに肩を寄せてきた。
「今度は私にお話ししてくださいませ。お姉様の学校のお話」
「ああ、それはいいけど……」
ラウディは身を寄せる妹を見やり――正確には十四にもかかわらず、見事に発達した胸元を一瞥する。
「なんです?」
怪訝に小首をかしげるフィーリナ。
「うーん。胸、また大きくなったか?」
「そ、そうでしょうか」
ラウディに指摘され、フィーリナは少し身を引いて自身の豊かなバストを見下ろす。
「絶対大きくなってる。いったい何を食べたらそんなになるのかな」
何となく釈然としなかった。ラウディがわずかに顔をしかめるのを見やり、フィーリナは少し困ったような顔になった。
「まあ、私も大人に近づいているということでしょう」
「……そこはもう大人に引けを取らないな」
ラウディは自身の胸元を思わず比べてしまう。男として生きなければならない身を考えれば、大きくならないほうが好都合なのだが――心のどこかで女を捨てきれないらしく、軽い嫉妬心をおぼえているのだ。
うーん、とフィーリナは指先を唇の下に当てて、少し考える素振りを見せる。
「お姉様、少し後ろを向いてもらえませんか?」
「ん? こうか」
言われたまま、ラウディはフィーリナに背を向ける。何だろう――
「いったい何を――ひゃっ!?」
思わず声が出た。自身の胸を弄るように触れるのは、妹の両手。
「お姉様も少しお胸が大きくなっているみたいですね。こう――」
「ちょ、フィーリナ、やめ――」
「んー、これはこう……手ごろな感じと言うか」
「フィーリナ、やめて――揉むなっ!」
大きな声が出る。その声音に怒気を感じたか、フィーリナは手を引っ込めた。
「ああ、すみませんお姉さま。つい……」
つい? ――じぃーとフィーリナを睨むラウディ。このまま黙ってやられたままでいいものかどうか。いや、よくない。姉として、きちんと妹を教育しなくてはならない。
「やったな……お返しだ!」
ラウディは素早い身のこなしでフィーリナの背後に回りこむ。身体を動かす訓練なら、妹より積んでいる。
「ひぅっ! お姉さま、ダメです! ダメですったらっ!」
「むー、なんだこのけしからん大きさは――ふにふに」
身を捩り、逃げようとする妹姫だが、ラウディは逃さない。
「お姉さま、降参です! 降参します。もうやめてくださぃ!」
ベッドの上に倒れこむフィーリナに、さすがのラウディも許してやる。熱く切ない吐息を漏らす妹。乱れた金色の髪、呼吸と共に上下する胸――何故だかムラムラとした。
「……何だかエッチぃなフィーリナ」
ハレンチだ――と心の中でラウディは呟く。ベッドに横たわるフィーリナはごろんと仰向けになると、くすくすと笑い出した。
「それはもうお嫁にいけるという意味ですか、お姉様」
「冗談。お前がどこぞの男のモノになるなど……」
考えただけで腹が立った。ラウディには姉が二人いた。すでに他所に嫁いでいるのだが、姉たちが嫁ぐのを見た時、面白くなかったのを覚えている。
仲のよいフィーリナが、貴族や他所の王族に嫁ぐと考えると穏やかではいられない。思わず両手で自身の身体を抱きしめてしまう。
「お姉様、騎士学校ですが……」
フィーリナはラウディの胸の近くに顔を寄せ、上目遣い。
「学校でもモテるのではありませんか?」
「うん、転入直後は、貴族出の騎士生たちに囲まれた」
公的なパーティーの場で顔を合わせた貴族の子女たちも何人かいた。その多くはラウディに好印象を持ってもらおうと、パーティーの時と同様、声をかけてきた。
「少し遠慮してくれると助かるんだけどね。でもあまり突き放すわけにもいかない」
「わかります」
フィーリナは視線を泳がせた。
「北方戦役以来、王族と諸侯の関係が少しギクシャクしていますから。彼らのご機嫌取りにも愛想よく応じなければ――」
「……お前もそういう小難しい話をさらりと言えるようになったんだな」
ラウディは仰向けになり天井を見上げた。いや、それはとうにわかっていることだ。物心ついてから、その後の教育で耳にたこができるくらい聞かされているのだから。
「それで、お姉様。ジュダ様のお話をしてくださいな」
「え?」
突然、親しい友人の名前が出て、ラウディは不意をつかれた。
「え、じゃありませんよ。わたし、もっと聞きたいです。お姉様のご友人のお話」
「嫌だよ。せっかく休みなのに」
などと言ってみたところで、ラウディの脳裏に度々、あの黒髪の騎士生のことが浮かび、悶々とした気分になる。
――王都を離れるって言っていたけど、今はどこにいるのかな。
意識し出すと、彼がどこで何をやっているのか気になる。
――そもそも、用事ってなんだろう……?
彼は非常にミステリアスだ。あまり自分のことを話さないし、メイアに言って調べてもらったが、ペルパジア大臣が遠縁であること以外、ほとんどわからなかった。
家族の話は聞いたことがないが、大臣が身元を引き受けていることから、すでに亡くなっていると見るべきかもしれない。
「お姉ぇさまー? ラウディお姉様ー?」
ぶんぶん、と目の前で手を振られて、ラウディはビクりとする。
「わたしを放って考え事しないでくださいよー。フィーリナは寂しいです」
「あぁ、ごめん。その――」
「ジュダ様のこと、考えてました?」
「なっ、ち、違うっ!」
図星だった。しかも昼間、フィーリナに指摘されたことを思い出し、今まで意識しなかったのに、羞恥に顔が赤らんでしまうのだった。
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