第14話、父は子を心配する
国王と王子の会話は続く。
「――そういえば、ジュダはペルパジア大臣の遠縁に当たる関係と聞いております」
ラウディは思い出した。
「大臣に話を聞かれてはどうでしょうか?」
国王に仕える顧問のような存在――側近であるペルパジア大臣の名前を出した途端、主であるはずのヴァーレンラント王は口元を歪めた。
「また、あやつの遠縁か」
また? ――ラウディは怪訝に眉をひそめる。国王は指先でテーブルをコツコツと叩く。
「どうせ、血の繋がりはないのだろう? そのジュダという者と大臣の間には」
「ご存知でしたか」
ラウディは驚きを隠さなかった。彼女自身、ジュダとペルパジアの間に血の繋がりがないことは、ジュダ本人から聞いている。
「あやつの遠縁は、不思議な者が多くてな」
皮肉っぽく、王は言った。
「突然、身内が増えていたりする」
「そうですね」
ラウディは思わず笑んだ。
突然現れたジュダの妹――馬亜人の少女、トニのことを思い出したのだ。馬が苦手なジュダのために手配したが、それが亜人の子だったのは当のラウディすら気づかなかった。そしてその子が、翌日にはジュダの妹を名乗り、学校に住み込むようになるなど予想できようか。
「よかろう。ペルパジアとも話してみよう。近いうちに、お前のお気に入りの騎士生とも面会できるように手配させる」
「その折りは、私も同席させていただきたい」
ラウディは告げた。国王は片眉を吊り上げる。
「何故だ?」
――私が女であることを知っている唯一の騎士生だから。
父王との約束が反故となった原因となっている男である。彼の口からラウディが女であることを言われたら立場がないのだ。
「私の知らぬ所で、彼を父上の騎士に引き立てられたら困りますから」
「心配せずとも、お前に無断で横取りはせんよ」
国王は苦笑した。
「お前は我が後継。レギメンスの力を他の誰よりも強く持つ者だ。その騎士は忠実にして、頼りにならねばならん。お前が言うほどの有能な者なら、我が臣下ではなくお前につけさせたい」
「父上……」
王の後継、と言われれば重責を感じずにはいられないが、ジュダを任せてくれるというのはラウディにとってはとてもいい知らせだった。気持ちが高ぶる。
「だが、その者は『男』だ」
「はい……?」
「よいか、ラウディ。いかに力が強かろうと、それだけではいかん。ただの用心棒ならまだしも、王族の、余の跡継ぎであるお前に仕える騎士ともなれば、簡単な話ではない」
「え、ええ……」
父王が何を言わんとしているか、ラウディにはわからなかった。
「信用できる者を、とお前は言ったが、まだ出会って半月も経っておらんのだろう? それで騎士に取り立てようと判断するのは……いささか早すぎると思うのだ」
「父上……?」
ラウディは首を傾げる。いやにお喋りな気がした。普段の父王の様子と比べても、些細ではあるが調子が違って見える。
ヴァーレンラント王は片目を閉じ、残る片方の目で、じっとラウディを見つめた。
「大事なことだ。お前ひとりで決めていいものでもあるまい。もちろん、お前の言を重視したいと思う。……思うのだが」
コホンと、王は咳払いすると、語気を強めた。
「お前の騎士にふさわしいか、余の目で判断する。お前がいかにその者を推挙しようと、余が認めねば、お前の騎士にはさせん! よいな?」
「え、あ……父上?」
「よいな?」
念を押された。ラウディは頷く。いったい父上は何を言わんとしているのだろうか。何か他の意味にもとれるような物言いではあるが。
――ジュダが父上の目に適えばいいんだ。それで万事解決する。
ラウディは思ったが、腑に落ちなかった。そしてそれが何なのかわからないのが不満だった。
・ ・ ・
王が深夜に一人で訪ねてくるのはいつ以来か。
王城にある一室。ペルパジア大臣は夜遅くにも関わらず魔石灯をつけ、読書していた。
ペルパジアは六十過ぎ年齢の白髪の人物だ。しわの刻まれたその顔は、しかし穏やかで無害そうに見える。溌剌とした目元は外見に反して力強く、どこか若さを感じさせる。
「邪魔するよ、大臣」
国王はペルパジアの執務机の前、来客用の椅子に勝手に座った。ペルパジア自身も、王が来たからと立ち上がって礼をしたりはしなかった。
ペルパジアとこの王との付き合いは古く、彼がまだ王子だった一〇代まで遡る。
「このような時間に来られるとは……」
「眠れんのだ」
「睡眠薬でも処方しましょうか」
「そうではない」
国王は首を振る。ペルパジアは書物に目を落とした。王は躊躇いがちに言った。
「騎士学校の話を聞いた」
「……王子の性別の件は――」
「心配ない。バレてはおらぬようだ」
ヴァーレンラント王の顔に、心労が見え隠れする。ペルパジアは務めて冷静に言った。
「それはようございました」
王子の性別――ラウディが実は女であること。それを知る者は、この国において数えるほどしかいない。王の弟であるヴィグパール大公ですら知らない事実である。
「大臣。貴様の身内に、騎士学校に籍を置いておる者がいるそうだな」
ペルパジアは書物から目を上げ、王を注視した。その王は室内にある書棚を眺めていた。まるで世間話をするかのような態度に、ペルパジアもその流れに乗った。
「ええ、ジュダという遠縁の子を通わせています。彼が何か?」
「ふむ、ラウディと親しい関係にあるそうだ」
王はどこか憮然としていた。ペルパジアも、一瞬考えた。
「親しい、とはどのような意味で、でしょうか?」
「
王のそれが砕けたものになる。
「貴様もそのジュダという者から聞いておらんか? ラウディと
「彼とは、最近顔を合わせていないので」
ペルパジアは手元に記録をつけている本を取り寄せると、白紙のページに羽根筆を走らせはじめる。
「騎士学校への入学手続きはしましたが、それ以後は数回顔を合わせた程度。王子が騎士学校に転入された最近では、一度も」
「そうか……」
ヴァーレンラント王は肘掛に肘をつき、その手に顎を乗せて考え込む。
「ラウディはその者を、自身の騎士にしたいと言いおった」
「……なんと!」
ペルパジアは思わず筆を落としそうになった。……いやいや、待ちたまえよ陛下。あなたは黄金の一族。その娘たるラウディは当然レギメンスの力が濃い。
一方でジュダは闇の一族と恐れられる不死身の化け物。なによりスロガーヴの天敵であるレギメンスが、その忠実なる騎士に『敵』であるスロガーヴを選ぶ。
何たる皮肉。何たる滑稽か。知らないということは恐ろしい。そうとも、おそらく王子はその事実を知らないだ。このような偶然があるのか。
ペルパジアは笑った。笑わずにはいられなかった。……当然、王は怪訝そうになった。
「何がおかしいのだ、大臣」
「いえいえ……あのジュダと、ラウディ殿下が」
運命とは皮肉がお好きらしい。ペルパジアは、おかしさをこらえるができなかった。
「笑い事ではないぞ」
王は額に手を当ててため息をついた。
「そのジュダという者は何者なのだ? 貴様からも聞きたい」
「彼は戦災孤児です」
燃え盛る教会。忍び寄る追手。闇の一族を絶やさんとする王国の騎士たち。一閃するは闇の剣。騎士だった者たちの断片。幼きその子――
ペルパジアは肉の感触を思い出す。あの時、ジュダを保護したこの手。そして愛する母親が断頭台の露と消えるのを見守る子を抑えつけたこの手を。
だが、今は抑えつける手はない。騎士学校に己の出生を隠し、潜伏するジュダ。彼が王と対峙した時、国が動く。
ペルパジア大臣は、ジュダという人物について王に語った。もちろん、ジュダにとって不利になる真実は黙っている。
これでも彼を引き取り、面倒を見てきた養父である。仮にも遠縁なのだから義理の息子のために力添えはする。……それが主と仕える国王に害することであったとしても。
忠義に反する? それがどうしたというのだ。
ペルパジアは、いまだかつて人間に忠誠を誓ったことはなかった。ただの、一度も。
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