第13話、ラウディ、父王にジュダを語る


「私が男として生まれていれば……」


 それがラウディの口から発せられた時、ヴァーレンラント王は表情は変えず、しかし遮るように告げた


「言っても仕方のないことだ。お前は悪くない。……苦労をかけるなラウディ」

「いえ……そんな」


 労る言葉に、ラウディは恐縮してしまう。


 国王も、我が子に性別を偽らせていることに、後ろめたい感情を抱いているのだ。父王の言葉に、ラウディは戸惑いつつ、しかしそんな彼に嘘をついていることが余計に胸を苦しくさせた。


 沈黙。それを破ったのは父王だった。


「――それで、お前の目から見て、有望な者はおったか? 貴族生以外に」


 ラウディが騎士学校へ通う理由の一つ。有望な騎士探し。ラウディに仕える専属の騎士候補である。

 貴族出の騎士生が除外されたのは、彼、彼女らの多くは学校を卒業すると家に戻るからだ。父王の言葉の意味を察し、ラウディは慎重に切り出す。


「見所のある者は何人か。個人的には、ジュダ・シェードという騎士生に注目しています」

「ジュダ・シェード」


 その名前を、ヴァーレンラント王は繰り返した。聞いたことのない家の名だったのだろう。


「とても頼りになる男です」


 ラウディはきっぱりと告げた。

 何故か、あの黒髪の騎士生の名前を出すと、血液が沸き立つ。声に力がこもるというか、熱い何かがラウディを支えているような。


「ジュダは相当な剣の使い手です。力もあり、教官たちの話では学校一の戦士です。……私も挑んだのですが、彼には勝てませんでした」

「本気を出したのか?」


 ヴァーレンラント王は、グラスにワインを注ぎながら問うた。

 王の言う『本気』とは魔法を使ったか、という意味とラウディは理解する。


「魔法は最初のステップだけです。それ以外は純粋に武器のぶつかり合いです」

「『神速の突き』を退けたか」


 光のようなワンステップで相手との距離を詰めるラウディの得意技。それは魔力をつま先に加え、加速する魔法。見た目にこれといった変化もないため、熟練の魔法使いでもなければ見破れないほどの『ささやかな』魔法である。

 王は机に両肘をつき、顎の前で手を組みながら言った。


「どのような男だ。そのジュダという男は」

「正直に言うと、底が知れない人物です」


 彼についてはわからないことの方が多い。もっとも、知り合って半月程度だから仕方がない。


「ただ、勇敢なのは間違いありません。先日、フランの森への遠征授業があったのですが、そこでドラゴゥと遭遇して――」

「あの闇の魔獣が現れたのか!?」


 王の表情が一変する。


 ドラゴゥ。それは黒き体毛に覆われた魔獣。金色に輝く目、毒の尾を持ち、闇より出でて牙を剥く。十人の騎士でも仕留めるのに難儀する恐るべき魔獣だ。


「怪我はなかったか?」

「ええ、私も、その場に居合わせた者にも怪我はありませんでした。ジュダが……彼がひと睨みでドラゴゥを追い払ったのです」

「……睨んだだけで?」


 王の表情には驚きがあった。


「騎士生の視線で、闇の魔獣が尻尾を巻いたというのか?」

「信じられないかもしれませんが、事実です」


 そうとも、私は嘘を言っていない――ラウディは声に力を込めた。


「私はこの目でそれを見ました」


 脳裏によぎったのは、彼が闇の魔獣と対峙し追い払った時に見せた力強い姿。例えるなら王者。如何なるものもひれ伏す偉容は、どこか父王を連想させた。


 敵にもまったくひるまず、事が終わった時、さりげなくも気遣いを忘れない。ああ見えて、優しいところもあるのだ、彼は。……そういうところも似ていると思う。


 無意識に顔を俯かせ、もじもじしていた。ラウディは顔を上げ、王子の口調で告げた。


「彼が怒りのこもった視線を向ければ、誰もが威圧され言葉を失するでしょう。……父上、あなたが敵を見据えた時のように」

「……」

「闇の魔獣とて、例外ではない。……いや、むしろ獣だからこそ、ジュダの持つ強さを本能で感じたのではないでしょうか」

「獣は戦わずして相手の力量を悟り、不利と見ればその場を去ると言うが」


 王は視線を彷徨わせた。


「なるほど、お前の話が事実なら、そのジュダなる男の実力は本物やもしれんな」

「私の言葉を疑ってらっしゃる?」


 ラウディは眉をひそめた。ジュダに関しては本当のことを話している。ありのまま、感じたまま、見たままを。それを疑われるというのは気持ちのよいものではない。


「信じ難い話だな。……正直に言えば、判断つきかねると言ったところだ。何より余は、その現場を見ておらんからな」


 それはそうだけど――ラウディはわかっていてもすっきりしなかった。


 王は手元にある小箱を開ける。西国から輸入した葉巻を取り出す。しかし火はつけなかった。王妃が煙草の類を嫌っているのだ。


「とはいえ、そのジュダという男、少し興味が湧いた」


 興味。王が関心を示すとすれば――ラウディは窺うように言った。


「……ご自身の臣下に加えたいと?」

「騎士学校の有望な騎士生だ。関心はある」


 もっともな話だ。しかし――


「父上、彼に先に目を付けたのは私です」


 ラウディは、そこを譲る気はなかった。


「彼は、私の騎士に迎えたいと思っています」

「……」


 ヴァーレンラント王は葉巻を小箱にしまうと、じっとラウディを見つめた。


「相当気にいっているようだな」

「実力なら十分です」


 ラウディはそこで小さく笑んだ。


「信じられる者は側に置いておきたいと思っています」

「……何だろうか。余はそのジュダとやらの顔を見てみたいような、見たくないような」


 片方の肘をつき、ヴァーレンラント王は何かを探るような目になった。


「……つかぬ事を訊くが、お前は『自分の騎士に』という意味をどう解釈している?」


 思いがけない言葉に、一瞬目を剥く。どういう意味とは……意味も何も。


「文字通り、私に仕える騎士として、ですが」

「それ以上ではない、と?」

「何が言いたいのです?」


 妙に引っかかる言い方だった。ラウディはわずかながらの苛立ちを含ませる。


「他にどのような意味があると?」

「お前はお――いや、何でもない」


 王は目を閉じた。何か言いかけ、しかし無理やりしまいこんだようにラウディには見えた。


「父上?」

「何でもない!」


 ヴァーレンラント王は声を荒らげた。その迫力に、ラウディの中の苛立ちが萎む。


「お前が気にいったのなら、お前の騎士としてその者をつけるのは構わん」


 大きな声を出したことを恥じるように、淡々と王は告げる。


「だが、王としてお前の配下の顔くらい知っておきたい」

「機会があれば、いずれ」


 ラウディは頷いた。父親にジュダを紹介するのは吝かではない。……ただ、王族を王族とも思っていないようなジュダが、父王に対し不敬な振る舞いをしないかが気になった。


 ……さすがにその時は自重してくれると信じたい。

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