第12話、国王に嘘をつく王子
お姉様は、ジュダ様に恋をされているのですか?――その妹姫の言葉は、ラウディの心を大きくかき乱した。
お茶会の後、自分の部屋に戻ったラウディは、そのままベッドに飛び込み、悶々とした時間を過ごした。
お姉様は、ジュダ様に恋を――
「それはない!」
ラウディはブンブンと首を振って否定する。
――恋とは、私があの生意気な騎士生をす、す、す、好きとか愛しているとか、そ、そういう意味か!?
心臓が激しく鼓動する。体中を血液がめまぐるしく行き交い、呼吸が浅くなる。
「いや、そんなはずはない! 断じてない!」
――だって私はヴァーレンラントの王子で、そんな立場だから、男を好きになるなんて……。
顔が火照っているのを自覚する。試しに手で触れてみれば、熱でもあるかのように熱かった。
お茶会でフィーリナの言った言葉が蘇る。
『お姉様の言い様はまるで、貴族の令嬢が憧れの騎士のことを語っているようでした。ご自覚、なかったのですか?』
自覚って――ラウディは考えを巡らせる。
ジュダのことは気に入っている。そして好ましく思っている。だが、あくまで友人としてだ。
『ジュダ様のことを考えている時や、そのお姿をお見かけした時、胸が苦しくなったり、ドキドキしたりしませんでしたか?』
それは心当たりはある。しかし――
「いやいやいや! そういうのじゃないからっ! 変に緊張したりとか、圧迫感を感じたことはあるけど!」
一人声に出していた。誰も部屋にいないのに。
『それが『恋』なのではありませんか? 乙女が殿方に抱く愛情。好きという気持ち』
――恋ぃぃ!?
わなわなと身体が震えた。むず痒さが駆け巡る。胸の高まりを感じてはいた。何故か緊張を覚えたりもした。
「違う、違う、違う! そんなんじゃない!」
嫌われたくないという想いはあった。初めてできた親友を失いたくないという気持ちだ。恋とかそういうのではない。
「あり得ないっ!」
「――何があり得ないのですか?」
唐突に掛けられた声に、ラウディはひっくり返った。
「わあっ!? メ、メイア!」
専属メイドが、いつの間にか部屋にいた。ラウディは動揺する。
「な、何も! 何もあり得ない!」
「?」
無言で、メイアは首を傾げた。理解できません、と無言の抗議。
今の話を聞かれた。でもどこから?――しかし、ラウディは問うのをやめた。気になって質問することが自滅に繋がることを、最近、ジュダで学んだばかりだったからだ。
「それで、用件は何かな、メイア?」
「はい。国王陛下が、ラウディ様とご夕食をご希望されています」
ドキリとした。
昼間忙しいから後で、と王が面会を先延ばしにした件だろう。結局、食事の時まで、時間を作れなかったのだ。
「それたぶん、希望ではなくて命令だよね?」
「お断りしますか?」
「冗談。そんなの無理でしょ」
国王は多忙だ。時間を作ったのに応じないのは失礼というものだろう。
ラウディが、ちょこんとベッドで座り直せば、「失礼します」とメイアは王子の召し物を着替えさせはじめた。用意された礼服にラウディはため息をついた。
「息が詰まりそうな食事になりそう」
「いつものことではありませんか」
メイアはラウディの服を脱がす。ラウディの本当の性別を知る数少ない従者である。また教育係でもあったから、中々辛辣なことを言ったりする。
「……学校での自堕落な作法に染まってしまわれたのですか?」
「マナーは緩かったよね、学校ではさ」
ラウディは苦笑した。
最低限のマナーはあったものの、騎士生たちは貴族もいればそれ以外の身分の者もいて、個人差があった。最近食事を共にすることが多いジュダなど、マナーを重視する気質ではないので、ラウディとしても食事がゆったりできて楽だった。
それを過去のものにしないためにも――ラウディは眦を決した。
見るもの聞くものすべてが新鮮な世界。自らが考え、話し、生きる場所――それを実感するものを守るため、ラウディは父王と対峙する。
結んだ約束が反故になっていることを隠すという、何とも格好が悪いことではあるのだが、正面から堂々と告げて、どうにかなるものでもないことも確かである。
それだけ、ラウディの性別発覚は、国の将来にも関わりかねない重要案件だった。
・ ・ ・
しかし、どう言い繕おうとも、嘘をついているという事実は揺るがない。
父ヴァーレンラント王に対して、ラウディは後ろめたかった。いっそ、本当のことを告げたほうがよいのでは、とさえ思える。
しかし、それは一時的なものに過ぎない。後で、やはり告げるのではなかったと深く後悔するだろう。そんな未来をラウディは確信していた。
室内の魔石灯の照明が暗めなのは、何かの演出のようでラウディは気圧された。
長テーブルの両端、一番離れた場所に父子は陣取る。正面から王子を見つめる国王は無表情に近い。
聖王、英雄王と呼ばれるヴァーレンラント王は厳格にして苛烈。寡黙にして対峙した者をひれ伏させる人物だ。
「……」
テーブルに置かれた前菜も、スープ料理も、肉のメインディッシュでさえ、ラウディは味わっている余裕はなかった。
言葉はない。
黙々と顔を突き合わせ、お互い食事の様子を眺めつつナイフとフォークを動かす。会話はなくても、父王はこちらの考えなど読んでいるのではないか――そんな不安に苛まれ、ラウディは自然と身を硬くした。
やがてデザートのシャーベットを片づけたところで、ようやく、父王が重い口を開いた。
「学校はどうだ?」
「はい。……皆よくしてくれます」
硬い返事だった。自分でもよくないと思う。
「そうか……」
王は言うと、手元のワイングラスに視線を落とした。その様子を、ラウディは固唾を呑んで見守る。
「……性別のことは気取られてはいまいな?」
一瞬、本当のことを告白すべきではないかと頭に過ったが、すぐにそれは駄目だと別の声が囁く。
「はい、心配はいりません」
口の中がカラカラに乾いていた。沈黙がとても重く感じられる。嫌な間があったが、父王は厳かに頷いた。
「ならばよい。お前が女だと知られては、弟や貴族たちが何を言い出すか、わかったものではない」
「……はい。承知しています」
その度に思う。自分が男として生まれていたなら、と。
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