第11話、ラウディは気づいていない
ラウディにとって、騎士学校に転入して以来の、初めての王城。やはり住み慣れた城に帰ると、気分が落ち着いた。
早速、父のヴァーレンラント王に報告に行こうと思ったが、肝心の王は政務の途中なので、後にするように言われた。
ヴァーレンラント王は、顔立ちから厳めしく、真面目な人物と言われる。昔は無茶もしたし、武勲にも恵まれ聖王と言われたりした。
ラウディからしたら、父王は仕事人間だと思う。家族に対してもそっけないのは、ラウディにとっていつもの父なのだが、久しぶりに帰ってきてそういう対応は、寂しさを覚える。
しかし、空いた時間を家族は見逃さなかった。母エルファリアと、妹フィーリナがお茶会に誘ってきたのだ。
王妃であり、母であるエルファリアは、四〇代半ばに差し掛かっても美しさの衰えない美女である。
北方の魔法国イベリエの出身で、ラウディと妹の身体に流れる血の半分は、イベリエ人だ。
なおイベリエの女性は、歳を重ねるほど美しくなると言われていて、『イベリエ美人』と呼ばれていたりする。
――そう考えると、王国一と言われるフィーリナは、どこまで美しくなるんだろう。
ラウディの妹フィーリナ姫。長く美しいブロンドの髪。その青い瞳はラウディと同じ色だが、柔和な顔立ちは美しい。あどけなさと相まって、ふんわりした雰囲気が漂う。
小柄ではあるが身体つきは女性らしく、すこやかに育っていて、豊かな胸元や、くびれのある腰まわりは美しかった。
フィーリナの王国一の美姫という評判も伊達ではない、とラウディは思う。
久しぶりの対面は、近況報告会となる。ラウディとフィーリナの関係は良好だ。当然というべきか、母はもちろんフィーリナも、ラウディの真の性別は把握している。
「――ラウディ、学校はどうですか?」
春の女神のような美しさと優しさを滲ませて、エルファリア王妃は穏やかな声音で言った。
「お友達はできましたか?」
同世代の騎士生と接することで未来の臣下たちとの交流を図る――ラウディが騎士学校に入った理由のひとつ。それに関係して、ラウディが絶対に信じられる友、あるいは騎士探しというのが本当のところではある。
「ええ、それなりに、できたと思います」
「そう、それはよかった」
エルファリアは微笑んだ。どこかホッとしたように見えたのは気のせいではないと思う。
心優しい彼女のこと。ラウディが学校に馴染めたか、とても心配していたはずだ。女なのに絶えず男として振る舞わなくてはならない娘のことを、心苦しく思っているのを、ラウディは気づいている。
「何も問題はありません。まだ半月ですが、よい友にめぐり合えたと思います」
貴族子女との付き合い自体は、これまでもあったが、友人と呼んでいい関係だとラウディが認めるのは、あまり多くなかったりする。
「特に、ジュダは……同じクラスの騎士生ですが、彼は親友と呼んでもいいかと。少々性格に難がありますが、気に入っています」
「親友!」
エルファリア王妃は声を弾ませた。
「あなたの口から、そのような言葉が出るなんて。……わが事のように嬉しいわ、ラウディ」
少し大げさな、と思うラウディだが、確かにいままで友人の話など、母にもしたことがなかった。話すような友もいなかったせいでもあるが。
「それで、お姉様のお友達……ジュダ様と言いましたか? フィーリナ、気になります! お話してくださいませんか?」
フィーリナ姫が好奇心を覗かせる。
「そうだね……」
ラウディは何と答えようか少し考える。ふと過ったのは、あの男の皮肉げな笑み。
「恐ろしく、人が悪い」
ラウディの眉間にしわが寄る。あの嫌味な態度を思い出しただけで、軽く頭にきたのだ。これにはフィーリナもエルファリアも目を丸くする。
「あいつは底抜けに意地悪で、皮肉屋で、嫌味なんだ」
「……えーと、でも、お姉様のご友人なのですよね、そのジュダ様は」
「あいつに様はいらないよ」
ラウディは口を尖らせた。
「あいつは強い。他の騎士生とは比べても別格。……だけど問題児でもある。あれは本当に意地の悪い男だよ。私が王族だろうと関係ないといった感じで、平然としているんだから」
まあ、と、フィーリナは口元に手を当てた。
「恐れを知らないというか、大胆な方なのですね。周りは咎めないのでしょうか?」
「言っても無駄なんだろうね」
ラウディは憮然とした表情を浮かべた。
「教官は担任のジャクリーン教官を除いて、ジュダを問題視してるし、騎士生たちは彼を嫌ってる」
「……わかりません。何故です? お姉様が意地悪とお認めになられる殿方を、ご友人とされているのは」
「そう、ね……。うん、あいつはとても意地悪だけど。――だけど」
ラウディはそこで口元を緩ませた。
「同時に、とても正直でもあるんだ。ラープ茶、覚えてる? あのとっても苦いお茶」
「ええ、ラープ茶」
フィーリナは愉快なことを思い出したように顔を綻ばせた。
「あれを飲んだ時、あいつは何て言ったと思う? 『俺の口には合わない』と、きっぱり」
ラウディは小さく首を振った。
「私に対して機嫌をとろうなんて微塵も思ってないんだ。だから、はっきり言うし、私にも遠慮がない。私を王子ではなく、一人の人間として認めてくれていると思う」
「……羨ましいですね、それは」
フィーリナの声に羨望の色が混じる。エルファリアも扇で口元を隠しつつ、微笑んでいる。ラウディは肩をすくめた。
「うん、だからあいつを気にいっている」
「いいお友達なのですね」
「うん、いや……。いい友達なのかな、あいつは」
ラウディは頬を膨らませた。
「あいつは意地悪だ。私だって、あいつの言動には何度も泣きたくなった」
「……それは虐められているとか」
「違う。都合のいいことしか言わない者より、少し嫌でもちゃんと指摘してくれる者のほうが信用できる。そういうこと」
「……」
フィーリナは、母と顔を見合わせる。口には出さずとも意味は伝わったようで、エルファリアが頷くと、フィーリナは改まった。
「その、誤解だったらごめんなさい。ですがお姉様――その、ジュダ様に恋をされているのですか?」
「恋……?」
ラウディはその言葉を舌の上でもてあそぶ。恋、恋、恋……。
「はぁっ!? な、な、何を言ってるの、フィーリナ! そんなはずないじゃない!?」
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