第9話、学校に通うための約束


 王族専用馬車は、王城に向けて走る。ラウディが馬車の外を見やる。


「……物々しいね」


 馬車の周りには黄金甲冑をまとった近衛隊が警護についている。

 専属メイドであるメイアが口を開いた。


「亜人解放戦線の攻撃の可能性を考慮すれば、これくらいの警護は当然かと」


 ラウディは押し黙る。


 亜人解放戦線。それは『人間によって迫害される亜人を解放する』との大義名分を掲げ、攻撃を仕掛ける武装組織である。つい先日も同組織による爆破事件が王都であったばかりだ。


「『仮面の戦士』なる者のこともございます」


 メイアが人形のように表情ひとつ変えずに告げる。


「噂では、仮面の戦士はスロガーヴの可能性があるとか」


 ラウディが深刻な顔を、ジュダもまた眉間にしわを寄せた。

 スロガーヴ――すなわちジュダであり、差別主義者を暗殺して回っている仮面の戦士である。


 伝説の魔獣、人の姿をした悪鬼などと言われる最凶最悪の不死身の化け物。たった一人で辺境の小国を滅ぼし、あるいは対峙した万の軍勢をその力で蹴散らしたとされる存在。それがスロガーヴ。


 しかし伝説によれば、スロガーヴは、黄金の力を操るレギメンスによって倒されたことになっている。英雄レギメンスの一族は、やがて、ヴァーレンラント王国を築き上げた。


 ラウディは、その黄金の血を受け継いでいる。彼女のまとうオーラはジュダには毒に等しく、気軽に触れようものなら、火傷では済まないだろう。


 ジュダは、そんなラウディを見やる。レギメンスであるラウディは、スロガーヴについてどう思っているのだろうか? どこか辛そうな顔をしているラウディは、その魔獣の存在に緊張を隠せないようだった。


「大丈夫ですか?」


 思わず声を掛ければ、ラウディはハッとしたような顔をした後、頭を振った。


「平気だよ、ありがとう」

「いえ……」


 ジュダは自身の襟元をいじる。彼女が深刻そうにしていると、心なしかレギメンスオーラが強く感じて、肌がひりつく。

 一方で、ラウディは物憂げな横顔を見せる。


「浮かない顔ですね、ラウディ様」


 メイアが気遣う。


「王城にお戻りなるのが、お嫌なのですか? 国王陛下や王妃殿下も、ラウディ様のご帰還を喜ばれると思いますが」

「久しぶりに顔が見られるのは私も嬉しい。ただ……父上との約束のことがあるからね」

「約束?」


 思わずジュダは呟いた。国王とした約束とか、気になる。メイアは納得したように頷くと声を落とした。


「性別の話ですか。ラウディ様が、ジュダ・シェードを呼び出して口止めするつもりが、逆にボロを出してしまったアレ――」

「言うな、聞きたくない」


 男装の姫王子は両耳を塞いだ。割とこのメイアはメイドなのに遠慮がないとジュダは思った。


「約束なんてあったんですか? バレたら、何かペナルティーがあるとか」

「大体そんな感じです」


 メイアが答えた。


「周囲にラウディ様の性別が露見した場合、即刻、騎士学校から退学、王城に戻る――それがラウディ様と国王陛下の間で交わされた約束です」

「なるほど」


 ジュダは頷いたが、皮肉げに唇の端を歪めた。


「でも俺は、王子殿下の本当の性別を知ってしまいました。ええ、俺は知らなかったんですが、何を勘違いしたのか王子殿下がわざわざ俺に教えてくれて――」

「うわー、だから言うなっ! ジュダの意地悪っ! 意地悪っ!」


 ラウディが子供っぽく足をばたつかせた。


「声が大きいですよ」


 ジュダ、そしてメイアの声が重なった。何故かガン見される。

 ラウディは気を紛らわすように、馬車の窓から見える景色を見つめた。


「私は、騎士学校にいたい。城の外で色々なものが見たい」


 ただ王子として生き、将来、王となる――その身なれば、もっと世の中のモノが見てみたい、知りたい。そう、ラウディは思っている。


「こんなことでその機会を奪われてたまるか」


 外の世界への憧れ。それを聞いて、ジュダは微笑ましく感じる。世界を知ること、外を知ることは大切なことだ。


 ラウディなら……亜人にも好意的な彼女なら、今の世界を見て、変えていけるかもしれない。少なくとも、今より悪い王にはならないとジュダは思っている。――そうであって欲しい。これからも。



  ・  ・  ・



 優雅さをかもし出すヴァーレンラント城は、王都の中心にある。その城を囲むは頑強な城壁。門を馬車で通過すれば、ようやくにして本城に到着する。


 ラウディが目を細めながら王室専用馬車を降りると、そこには儀仗ぎじょう兵の一団が待ち構えていた。これにはジュダも皮肉を言いたくなる。


「派手なお迎えですね。いつもこうなのですか、ラウディ?」

「まさか。……何か行事でもあったかな?」


 半分うんざりを滲ませるラウディである。背後に控えるメイアは、耳に届く程度の声で答えた。


「いえ、特には」


 メイアは、ジュダへと視線を向ける。


「門まで付き添うとお聞きしましたが、まだここから先もご同行しますか?」

「いえ。俺はここまでで」


 ジュダは王城を見上げながら言った。


「城壁までのつもりだったのですが、つい、ね……」

「ここまで来たんだ」


 ラウディは騎士学校の友人に本城を指差した。


「少しくらい中にどう? お茶は出すよ」

「遠慮します。それでなくても場違い感がひどくて」


 ジュダは小さく頭を下げた。


「適当に帰りますので、お構いなく。……ご家族との貴重な時間をお大事に、ラウディ」

「あ、ああ。……帰るなら、誰か付けさせようか?」

「ご心配なく。だいぶ前に養父おやじ殿から道順を聞いてますので。……最近改築していなければ」

「ないと思うけど」


 ラウディが小首を傾げれば、メイアは頷いた。


「特に道が変わるような改築はここ最近はございません」

「そうですか」


 それは、事前情報と構造が変わっていないということだ。もし王城に乗り込む事態になったとしても、迷子にはならない。ジュダは気分がよかった。


「それでは、お姫様。ごきげんよう」

「姫様言うな」


 そっぽを向くラウディをよそに、ジュダは立ち去った。

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