第8話、ラウディの本音と、ジュダのお人好し


 創立記念祭がある。エイレン騎士学校において、読んで字の如く、創立を記念する行事だ。


 転入して日が浅いラウディでも、それくらいは知っている。幼い頃、何度か王族として記念祭のゲストとして出席したことがあるからだ。生徒側としての参加は、無論初めてだが。


 ラウディにとっては、憧れの王城の外の生活。そして新鮮な学校生活ではあり、創立記念祭も『本来なら』とても楽しみではあった。


 が、出し物と聞いた時点で、ラウディは血の気がさっと引くのを感じた。


 創立記念祭は、仮装パーティーの一面もある。生徒は好きな衣装で参加するのだが、一つイベントがあった。

 各クラスから、騎士とお姫様役を選抜してのダンスタイムである。


 なお、性別は問わない。お姫様役が男子生徒でもいいし、エスコートの騎士が男装女子でも構わない。


 そしてラウディは意地の悪いクラスメイト――ジュダから、プリンセス役に推薦されてしまった。


 男装して王子として振る舞っているラウディに、まさか女装――本来の性別の格好を強要したのだ。


 伏線はあった。勉強とかこつけてラウディはジュダを王都散策に誘い――いわゆるデートというやつを楽しんだのだが、その際、ラウディは女性用ドレスに憧れの視線を向けてしまった。


 私だって女の子なのだから、そういう格好がしたい――そういうラウディを、ジュダはしっかり見て、聞いていた。

 記念祭での姫役の推薦についても、ラウディの願望を叶えてあげようという親切心――なわけがなく、ただ意地悪がしたかっただけだろう。


 だからラウディは、自分がお姫様役なら、エスコートの騎士役はジュダで、と強硬に推して、ジャクリーン教官とクラスメイトたちに認めさせた。


 君も道連れだ、ざまあみろ――ラウディは、珍しくジュダが慌てるのを見て、その場は溜飲を下げたものの……やはり気は重かった。


『あなたがお姫様役に選ばれたお話をするとよいでしょう。きっと陛下もご機嫌をよくされる』


 ジュダがそう皮肉った時は、一発ぶん殴ってやりたくなった。


 王子であるラウディがよりにもよって、女の格好をする。これほどの皮肉があるだろうか。


 問題は、仮装パーティーのお姫様役、それが王の耳に入ることだった。


 ラウディは王子である。ヴァーレンラント王国の、ひいては次の王だ。ただでさえ女性的なルックス。女々しいところがあってはならないと、うんざりするほど父親に吹き込まれた身の上を考えると、最悪の展開もあり得た。


 ラウディの性別――王子が実は女であることを周囲に悟られてはならない。もし秘密がバレるようなことがあれば、即刻退学させる。


 ――これが知られれば、騎士学校を辞めさせられるかもしれない。


 女であることを悟らせてはならない。疑われてはならない。発覚してはならない――そういう約束で、騎士学校に転入させてもらったのだ。


 もっとも、その約束自体は、クラスメイトのジュダにバレた時点で、破られているが。


 ――駄目だ。もし父上にこのことがバレたら……。


 ずん、と気分が沈む。学校は辞めたくない。まだここで学びたいし、何よりジュダと一緒にいたかった。


 愉快なことばかりではない。だが彼は、物知りで頼りになって……。ジュダのことを考えると胸の奥がドキドキしてくるラウディである。


 はっきり言えば、恋をしていた。だがラウディ自身は、友情なのか恋愛なのか、いまいちわかっていなかった。


 彼はとても意地の悪い男だが、ラウディの性別を知りながら、それでも変わらず付き合ってくれる。そんな彼と会えなくなるのはとても嫌だった。


 ジュダも一緒に来てくれないかな――ラウディは思った。


 彼の養父であるペルパジア大臣も城にいるのだ。休みなのだから大臣と会ってもよさそうなものだ。そのついでに顔を見せてもいいのに……。それなら、あまり気の進まない王城への帰還も、また違ったものになるはずだ。


 だがラウディはそれを口には出さなかった。言ったら、ぜったい皮肉られる。意地悪されるからだ。



  ・  ・  ・



 休みが三日もあれば、寮を出る騎士生も少なくない。その多くは王都の雑踏に消えていく。

 貴族生たちは、迎えの馬車にお土産やら荷物を積んで家へと帰る。学校敷地内に連なる馬車の列に、ジュダは皮肉な笑みがこぼれた。


「まるで民族大移動のようだ。……何です、ラウディ?」


 恨めしげに青い目を向けてくるラウディである。


「本当に、王城には顔見せしないつもりか? たまには養父であるペルパジア殿に会っても罰は当たらないだろうに」


 またか――ジュダは思う。養父を山車にしてもらいたくないものだ。


「何です? 俺をそんなに自分の家に招待したいんですか?」

「来てくれると、うれしい」


 ラウディは拗ねたように言うのだ。


 ――まさか国王に紹介しようというのではないだろうな。


 ジュダとしては、殺したい相手であるヴァーレンラント王を、ラウディの見ている前で殺害するというのは後ろめたさがあった。しかし当人を見て、抑えられるかと言われるとそちらも自信がない。


 だから、行かない。会わないのが一番だ。しかし、子供のように拗ねるラウディのその態度は何なのか。


「たかだか三日くらいで、なんて顔をするのか」

「……どんな顔だ?」

「寂しそうに見えます。まるで子供が親と別れる前みたいな」

「そんな顔してないぞ!」


 ムキになるのがますます子供のようである。ジュダは肩をすくめた。


「そんなに付き添いがほしいなら、王城まで一緒に行きますか?」

「え? それは――」


 ラウディは目を見開いた。ほら、そこで嬉しそうな顔なんかして――


「門のところまでですよ。俺も暇人ではないので」

「あ、ああ。門までね」


 ぬか喜びと気づいたのか、何とも言えない顔になるラウディだった。ただ、こちらの事情を酌もうという配慮は一応あるようで。


「いいのか? 用事があるんだろう?」

「少しくらいなら。……もちろん、嫌ならいいんですが」


 ラウディは首を横に振った。


 かくて、ジュダは王族専用馬車に乗って、ラウディと共に王城へと行くことになった。


 王族専用馬車は、見た目は豪華だが、乗り心地が格別よいわけではなかった。

 王城に帰るラウディの付き添いになったジュダだが、二人っきりということもなく、王子付きの侍女であるメイアも同席した。


 メイド服姿の侍女は、すらりと背が高く、その目つきはやや厳しい。それもそのはず、彼女は第一級の魔法戦士であり、かつてはラウディの母親であるエルファリア王妃の近衛隊の最年少警護メンバーだった。


 何故か、このメイドは俺を敵視している――ジュダは、居心地の悪さを感じながら黙って、戦士の眼光を飛ばしてくるメイアを逆に睨み返した。


 ――やっぱり辞めておけばよかったかな。


 ジュダは思ったが、後の祭りである。ちょっとラウディのわがままにつきったら、これである。

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