第7話、休日の予定は?
「ジュダ、君は休校期間をどう過ごす予定なんだ?」
エイレン騎士学校の教室で、ジュダは隣席のラウディ・ヴァーレンラントに問われた。
「俺の予定を聞いてどうするんです?」
きらめく金色の髪を後ろに束ねているラウディは、この国の王子だが、本当のところは『女』である。
ジュダが警戒したのを感じ取ったのか、ラウディは少し困った表情を浮かべた。
「訊いたら駄目なのか?」
「いえ、別に」
ジュダは視線を逸らした。そんな神妙な調子になるとは思っていなかった。
ラウディは変わっている。ジュダは思う。
周囲に
後見人は、王の側近であるペルパジア大臣だが、ジュダ自身は拾い子で、出自が怪しいと思われているのもある。
にも関わらず、ラウディはジュダに積極的に近づいた。彼女の秘密をジュダが知ってしまったこともあるだろう。だが、それ以上に、ラウディはジュダの抱える問題解決に手を貸した。
例えば、課外授業に必要な馬を手配してくれたり、騎士学校に入り込んでいた亜人の少女シアラの危機には、周囲の亜人差別に反して、彼女を助けようと尽力した。
結局のところ、ジュダが力技で、シアラを助け出したが、この事件は、ラウディに対してのジュダの好感度を上げた。亜人を敵視しないラウディの姿勢は、ジュダには大いに共感するところだったのだ。
そんな彼女は、ジュダを友人と認めている。ジュダが王族に対して不敬な振る舞いをしようとも、笑ってスルーしているのだ。
身分差を気にしなくていい関係――ラウディはそれを求めているようだった。それが、一方で変人と囁かれるジュダに付きまとうこととなっているが。
「それで……どうなのかな? 君の、次の休みの予定は?」
どこか窺うような、上目遣いのラウディ。……断られたらどうしよう、というのが透けて見える。
「……」
ジュダは背筋を伸ばした。
三日間の休校がある。エイレン騎士学校の建物の定期点検と、学校の創立記念祭の準備を兼ねる影響で。
その間、在校する騎士生には、短いながらも休暇が与えられる。家が近い騎士生は寮を出て帰郷し、残る者は、それぞれ勝手に休みを過ごす。
「うん、それで、『君』の予定は?」
ラウディが笑いながら圧をかけてきた。黙って焦らすようなジュダの態度に、少々苛立ったのかもしれない。何と答えたものか、ジュダはしばし視線を宙に彷徨わせる。プライベートな話は、あまり好きではない。
「君は、ペルパジア大臣の身内だったな」
ラウディが言った。ジュダは頷く。
「はい。養父、後見人です。直接血の繋がりはありませんが」
「家に帰るのか? その、大臣ということは、ひょっとして王城になるのかな?」
誘っているのか?――ジュダは値踏みするように目を細めた。王城となれば、つまりは、ラウディの実家でもある。
「城には行きませんよ」
古傷が疼く。十年前に母を失った時のことを。
「王都を離れます」
「そうなのか?」
「ええ、用事がありますので」
友人たちの――亜人の集落にいた頃に親しかった者たちへの墓参りだ。ジュダが無感動な眼を向ければ、ラウディは首を横に振った。
「そうか。用事があるなら仕方ないな……うん」
納得の素振りを見せるラウディだが、どこかガッカリしているようだった。ジュダは素直に言ってみる。
「残念そうですね」
「残念? どうしてそう思う?」
ラウディが身構えた。ジュダはとぼける。
「残念じゃないんですか?」
ジュダの悪い癖である。何かと、皮肉を言わないと気が済まない性質なのだ。
「休みの間、あなたは俺につきまとうことができない――」
「つ、つきまとうとか、心外だな。……なんだ、何か言いたそうだな」
「いえ、別に」
じゃあ、どうしてあなたは俺の隣に好んで座っているんだ――ジュダは内心で呟いた。
「それでラウディ、あなたは三日間どうします?」
「城に戻るよ」
ラウディは俯いた。
「正確には呼び戻された。父上が、休みなら顔を見せろと言ってきてね」
「国王が……」
その響きは、ジュダの心を掻き乱す。ガンダレアス・ラーレイ・ヴァーレンラント王。母の仇、その一人だ。暗殺の機会を窺っている身であれば、気にならないはずがない。
「正直、あまり城に帰りたくないんだ」
ラウディは、本心から気乗りしていない様子だった。親子仲がよくなかったりするのだろうか――ジュダは気になった。むしろ不仲であってくれてもよいくらいだ。
「何かあるんですか?」
「父上と顔を合わせるのが……ちょっとな」
ラウディの父、ヴァーレンラント王は齢六十を迎えるが、幾多の戦乱を潜り抜け、英雄として国民から慕われている。ジュダにとっては実に不快であるが。
「不仲なのですか? あなたと国王は」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
ラウディは言葉を濁した。何やら深刻そうな顔をした後、彼女はちら、とこちらを見てきた。同伴希望だろうか。
「何か期待しても無駄ですよ」
「何を期待しろ、と?」
ラウディは拗ねたようにそっぽを向いた。内心、やはり期待していたのではないか。だからそんな態度を取るのだろう。
「俺が城に顔を出すことはないでしょうから」
「……いちいち念を押さなくてもいい」
ぷいっ、とそっぽを向いたまま振り返らないラウディ。ジュダは言った。
「せっかくお会いになるのですから、国王とたっぷり話をされたらどうですか。……もしかしたら、最後の機会になるかもしれませんし」
「――最後?」
ラウディは顔を上げた。今度はジュダが顔を逸らす番だった。
「何が起きるかわからないご時世です。世の中、物騒ですからね」
――俺が、王を、君の父上殿を暗殺してしまうかもしれないからな……。
機会さえあれば、母の復讐を果たす。ジュダはそれを胸に秘めている。
「あぁ、そうだ」
今思い出したとばかりに、ジュダはラウディのほうへ顔を向けた。
「国王陛下に、創立記念祭の出し物のお話をされてはいかがですか?」
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