第6話、シアラ・プラティナ


 事件というのは、突然起こるものだ。


 ジュダの、あまり多くないクラスの交友関係の中で比較的親しい間に入るシアラが、実は人間ではなく、亜人――狐系亜人のウルペ人だと発覚したのだ。


 原因はどこぞの馬鹿が、魔法を暴発させ、その流れ弾がシアラに直撃。彼女が魔法で隠していた耳や尻尾が、魔力の干渉で解けてしまったことで、正体が露見してしまった。


 大事件だった。エイレン騎士学校は人間の学校であり、亜人の生徒はいない。そこに亜人が正体を隠して潜入していたのだ。これは明確にスパイ行為であり、シアラは逮捕されてしまった。


 特に昨今、亜人差別主義や、亜人解放戦線のテロによって亜人に対する当たりが厳しいご時世である。それがシアラの立場をより悪くした。


 人間にしか入らない学校に、何故、シアラは正体を隠して入学したのか? これについて、ジュダは正しく答えられる材料を持ち合わせていない。


 控えめで、礼儀正しく、温厚な性格なシアラが、スパイなどとは思えない。だがそれを否定する明確な理由も思い浮かばない。


 シアラは、悪名高きエイレン収容所に収監された。そこに放り込まれるということは、生きては帰れない。特に亜人差別主義が横行する昨今、亜人の囚人は、取り調べという名の拷問で死ぬだろう。


 シアラのことは、俺には関係ない――とジュダは思えればよかったのだが、あいにくと場所が悪かった。


 ジュダが蛇蝎の如く嫌う亜人差別主義者が多くいる。最近の亜人解放戦線のテロの影響で、疑いをかけられた亜人も多く囚われていると聞いているが、一番の原因は、十年前に処刑された母も、ここで収監されていたことだ。


 シアラが収監された日の夜、ジュダは仮面を被り、収容所を襲撃した。

 収容所の看守を皆殺しにし、収監されていた亜人らを解放した。中には本物の解放戦線の悪党もいただろうが、構わなかった。救出したシアラを王都外へ逃がすため、その囮として利用したのだ。


 無事、シアラを連れ出したジュダは、王都を囲む城壁を、スロガーヴの超人的力で吹き飛ばし、王都外へ彼女を脱出させた。



  ・  ・  ・



「助けてくれて、ありがとうございました」


 シアラは礼儀正しかった。道中、彼女は騎士学校に潜入――いや、種族を偽って学校に通った理由を話してくれた。


 幼い頃に仲のよかった人間の友人がいた。その子は騎士になるのが夢であり、シアラに騎士への憧れを説いた。


『シアラって、私と同じくらいなのに、ピュンピュンって強いじゃない! 大きくなったら、私と一緒に騎士になろうよ!』


 同じ騎士学校に行って、名を残そう――友人は言った。その子は、生まれつき体が弱かった。その後、余命幾ばくもないと告げられた時、友人はポロポロと涙を流し、騎士になるんだと繰り返した。


 やがて、友人はこの世を去った。最期の言葉は『ごめんね』だった。約束を果たせなくてごめんね、だったのだろう。シアラは友人の遺志を継ぎ、騎士学校に入学したのだ。


 騎士になる――それは、シアラの夢になっていた。


 だが、その夢も、もはや果たされることはない。正体が露見した以上、騎士学校には戻れない。


「騎士になる方法は、何も学校だけじゃない」


 ジュダは、古くからの騎士のなり方――正規の騎士に弟子入りし仕え、修行することで騎士になるという道を教えた。戦争による騎士不足が学校を作ったが、本来は、一対一の指導で騎士になったものだ。


 それなら――と、シアラは微笑んだ。


「あなたが騎士になったら、わたしをあなたの騎士見習いにしてくれますか?」


 これには意外過ぎて面食らうジュダである。自分で言った手前、断ることなどできようか。


「ああ、『もし』俺が騎士になったら、な」


 ジュダは嘘、いや限りなく可能性がないから『もし』などという逃げ道を作った。王への復讐を果たしたら、おそらく騎士学校どころか王都からも去るだろう。そうなれば、騎士になるどころではないから。


 そこで、ジュダは、シアラと別れた。人間でない自分が騎士学校にいる理由――ヴァーレンラント王への復讐を果たす、その日のために。



  ・  ・  ・



「――王都から、脱出されたのですね、姉上」


 一人平原に佇むシアラの背後から、若い女の声がした。ジュダが去っていった王都の方を見ていたシアラだが、その背後には黒装束のウルペ人たちが片膝をついていた。


「人間たちに正体が露見したと一報を聞き、救出に来たのですが……自力で脱出されるとはさすがです、姉上」

「……まだわたしを姉と呼んでくれるの、アクラ?」


 シアラがその名前を呼べば、狐の仮面をつけた少女――アクラ・プラティナは言った。


「姉上は姉上。家を出たとて、血縁までは捨てていないでしょう……? そもそも、お約束があるではありませんか。『もし、王都で正体が露見することがあれば、騎士の道は諦め、一族に奉公せよ』と」

「……ええ、そうね」


 シアラは静かに肩を落とす。アクラは続けた。


「ですが、さすが姉上。人間社会に忍びながら、己が技量をさらに高められた。あの悪名高き収容所に囚われたと聞いた時は肝を冷やしましたが、杞憂であったと安堵しました」

「あれはわたしの力ではないわ」


 シアラは振り返ると、微笑んだ。


「とても強い殿方がいたの。口数は少ないけれど、強くて頭のよい素敵な方。もしウルペ人であったなら、頭領も気に入ってくれる逸材だった」

「人間ですか?」

「いいえ、おそらく違うでしょう。人の姿をしているけれど、おそらく別」


 ジュダは、素性を明かさなかった。しかし、城壁に使われている大岩を魔法で破壊してしまえるなど、不死身の魔獣以外にいるものか。


「もしかしたら、彼は伝説の救世主かもしれない……」


 亜人たちの希望。そう口にして、おそらくジュダが聞いたら、そんなことはないと否定する顔が浮かんだ。

 彼を人間だと思っていたから、必要以上に好きにならないよう気をつけていたが、そうでないとわかった今なら、彼に全てを捧げてもよいと思った。


 それに命の恩人でもある。


「ありがとう、ジュダ・シェード。また会える日が来るといいですね」


 シアラは王都の方向に背を向け、同胞たちと闇に消えた。

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