第5話、ジュダの変化
ラウディ・ヴァーレンラントにとって、ジュダは、数少ない友人と呼べる存在だった。
そしてジュダも、彼女から絡まれるのは、嫌ではなかったりする。
それもこれも、ラウディにはジュダが嫌う要素がまるでなかったからだ。要するに、そばにいて苦痛でないというということだが。
――訂正。そばにいると物理的に苦痛。
ラウディがピリピリしていると、彼女の黄金の力――レギメンスオーラが無意識に発散されて、隣にいるジュダの肌を焼くような痛みを与えてくるのだ。
しかしこれで逃げていては、自分がレギメンスを天敵としているスロガーヴであると、疑われるので我慢するしかない。
正体が露見すれば、周囲から追われ、狩られ、多くの屍を築いた上で、討ち取られるだろう。
何が悪いかと言えば、知らなければ殺さずに済んだ者まで、相当返り討ちにすることになるだろうということだ。無駄な犠牲ほど、空しいものはない。
「で、ラウディ。今度は何ですか?」
「戦史の課題」
ラウディは口を尖らせるのだ。カビの生えた歴史書と睨めっこして、何を苛立っているのか。
「あなたは戦史系は得意ですよね? 何をそんなにピリピリしているんです?」
「ピリピリなどしていないぞ」
「してますよ」
少なくとも俺の肌にピリピリがきて、鬱陶しいんです――むろんジュダは言わないが。そうとは知らないラウディが、ジト目を向けてくる。
「誰かさんが、歴史教科ぶっちぎりのトップだからね。王子としては、負けてられないんだよ」
「……」
ちら、とジュダは目を逸らした。その歴史教科ぶっちぎりというのは、他ならぬジュダだったりする。だから、内心ラウディの口からそれを言わせるのは気分がよかった。
「ジュダはズルい」
「はい?」
「実技もトップ。勉強も成績上位で、歴史科目はトップだ。これでは私が首席卒業できないじゃないか」
「三年で転入してきて、首席狙いですか」
ジュダは口元が皮肉げに歪めた。正直、学校側からの受けが悪いので、成績がよくてもジュダは首席になることは、万に一つもないと思っている。
そもそもまともに卒業する気もないので、成績すら気にしていない。
それに王族が入ってきた時点で、その年の首席は、王子であるラウディのものになるだろうと予想がついた。
首席を狙っている人間には、まことに不幸なことであるが、王族と同期になってしまった不運としかいいようがない。ジュダは、まったく気にしていないので、鼻で笑える話ではあるが。
「黙っていたって、あなたが首席でしょ――」
「どうせ、とか言うなよ、ジュダ」
ラウディは睨んだ。
「本気でやって、努力して、正当に首席にならねば意味がない。王族贔屓で首席なんか欲しくないし、同期にもそう思われたくない」
本気で戦って、それで勝って、誰にも文句を言わせない。それでなければ同期たちに失礼だ、とラウディは言った。少なくとも、首席になるだけの力があると認めさせられないと、同期たちの意欲を削いでしまう。
――こんな時でも、同期のことを考えるのか。
お人好し過ぎる。自分のためではなく、周りの、同期たちのためになっているのが、ラウディの悪い点だと、ジュダは思う。
――だから、俺も彼女に付き合ってしまうんだよな……。
「何ならテスト対策、します?」
よせばいいのに、ジュダはラウディに言ってしまう。
「勉強会、してもいいですよ」
「勉強会!」
ラウディは食いつく。
「それって、ジュダの部屋で!?」
何でそんなに嬉しそうなんだ?――ジュダは訝る。
「ええ、まあ、そこは学校の図書館で、とかになりません?」
「そ、そうか?」
「勉強会って普通そういうものでは……?」
「普通……普通はそうか。うん、そうかもしれない」
ラウディは向こうに向くと背中を丸めた。
「友人と勉強会――」
こちらに背を向けてこっそり笑うとか、友だちに飢え過ぎているのではないか。
などと思っていたら、声を掛けられる。
「えー、勉強会? ジュダー、あたしもいい?」
リーレ・ミッテリィ。クラスメイト。赤髪ショートの強気な騎士生。ボーイッシュな印象を与える少女だが、学校では『炎のリーレ』または『狂犬リーレ』などと呼ばれる危険人物である。
付き合いの悪さではジュダと一、二を争う。が、ジュダと意外と馬が合う。ぼっちな彼女だが、ほぼ友人に近い関係ではある。クラスで、グループを作ってー、と言われると余り者同士、よく一緒になるのだ。
なお、一部を除けば教官たちとの仲は悪くなく、成績も優秀だったりする。
「あの……、わ、わたしもいいですか?」
控えめなヨワヨワな感じの声は、シアラ・プラティナ騎士生。長い銀髪の可憐な少女だ。騎士になろうという学校の生徒としては、非常に気弱そうな姿は、クラスからは評判が悪く、彼女もまたぼっち組である。
勉強方面での成績は並み。しかし実技、こと剣術ではクラスでも五指に入る凄腕であり、二刀流の使い手だ。ギャップが凄いタイプである。
「シアラか。いいよ。皆で勉強会だ」
ラウディがあっさりと認めた。先日の課外授業で組んだメンバーが揃う格好になったが、そこで顔合わせが済んでいるから了承が早かった。
リーレもシアラも平民出であるが、学校でのラウディは、どこか貴族生を敬遠している節があった。
――この王子様、もといお姫様。楽しそうだなー。
ジュダは内心呆れつつも、そう悪い気分ではなかった。ここにいる面々は、学校は勉強をする場であって、馴れ合うつもりがないというスタンスの者ばかりだから、ある種集まって何かをするというのは新鮮ではあった。
――学校というのは、こういう一面もあるんだな。
同期との交流。他の生徒と関係を深めたり、将来のためのコネを作ったり、友情を深めたりする。本来、王子であるラウディは、貴族生たちともっと積極的に交流すべきだと思うが、彼女はそれから逃げている。それよりも友情のほうに関心が深そうではある。
――まあ、その友情も、のちのコネ作りの一面も否定できないか。
復讐目的で潜伏しているジュダからすれば、学校に対した関心はないが、ラウディと知り合って、ようやく学生らしいことをしているという感じた。偽装の意味でも、本当はもっと学生らしく振る舞うべきだったかもしれない、と今さら思う。
ジュダは、シアラと話しているラウディを見やる。貴族生から避けられているシアラにも、屈託なく声をかける彼女。
今この瞬間もクラスメイトとの交流を楽しんでいる。貴族生たちを相手にしている時とは違う、柔和な表情。そのさりげない笑みが、ジュダの心に突き刺さる。
温かくなる胸の奥。どうしてこうなのだろう? 自分には殺伐としたものしかないと思っていたのに、彼女はもっと見ていたいと思った。
ヴァーレンラント王の子。スロガーヴの敵、レギメンスなのに。
「――なーに、王子様を見てニヤついてるのよ?」
ずいっ、とリーレがすぐ近くからジュダを見上げながら言った。思いの外、近い距離に、寸でのところで不自然に身構えるところだった。それだけ彼女は、ジュダのテリトリーに踏み込んでいたのだ。
「あんたさぁ、最近、表情が柔らかくなったんじゃない?」
「……そうか?」
歩く狂犬などと言われているリーレから、マジ顔で言われるのも違和感のジュダである。
「あんたって、飢えた狼みたいな顔してたのにさ。……いや、まあいいんじゃない。そういうのも」
リーレは手を振った。ジュダは考え込む。人に表情のことを突っ込まれたことなど――なくはないが、柔らかくなったというのは初めてのことだ。戸惑いを覚える。
――俺が、影響されているというのか……? ラウディに……?
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