第4話、困った友人
王子殿下は、女の子だった。その日から、何かと言えば、ジュダの隣にラウディがいるようになった。
クラスからの嫌われ者であるジュダが、まさか転入以来クラスメイトからの人気も高い美形の王子様の友人になる――。
誰も想像していなかったし、誰も得をしなかった。騎士学校は隠れ蓑に過ぎないジュダにとっても、人気者が隣にいるというのは迷惑な話である。
だが、王暗殺のためのアリバイ作りもあって、ラウディを無下にもできず、渋々友人としての付き合いをするしかなかった。
課外授業があったり、しばらく友人として振る舞うジュダだったが、とある休みの日に外出した。
王都エイレンの亜人街を、ジュダは外套をまといフードで頭を隠して歩く。閑散とした街並み。ある種の臭気漂うそこは、簡素な石造りの建物が積み重なるように伸びていて、昼間でも薄暗い。
「やあ、旦那。仕事かい?」
とある隠れ家に入ったジュダに声を掛けたのは、隻眼の
「ルーゴ・ヴォルガ。久しぶり」
人と比べるとやや背の低いガット人と握手を交わす。手の平が柔らかいことに定評のある猫系亜人。
「仕事というか、あなたにとっては仕事かな」
情報通であるルーゴ・ヴォルガ。界隈では有名なヴォルガ兄弟の兄であり、調べ物に関しては彼の仕事ぶりに定評がある。ジュダも、差別主義者暗殺のための情報収集で、ルーゴの世話になっていた。
「そのフードで隠すのは? おれたち亜人には、あまり意味がないぞ」
「見られて困るのは人間のほうだからいいんだ」
人間の、特に差別主義者は、亜人と仲のよい人間を敵視する傾向にある。面倒を避けるなら、そういう者たちに見られないのが一番である。
ジュダの回答に、ルーゴはニヤリとしながら奥の席に座った。
「旦那は興味ないだろうが、解放戦線が旦那を探しているぜ。人間と戦う仮面の戦士――」
「俺は亜人解放戦線が嫌いだ」
このヴァーレンラント王国内で『亜人差別主義を掲げる人類に抵抗し、抑圧されている亜人を解放する』という題目を掲げて、破壊活動をしている亜人の武装集団が存在している。
だがジュダは、この武装集団に賛同することはない。
「俺は、差別主義者と戦っているのであって、人間と戦っているわけじゃない」
人間にも亜人にも、いい人もいれば悪い人もいる。ジュダは、亜人差別主義者に容赦ない一方で、そうでない人間には極力手を出さないようにしている。
それが、亜人解放戦線とジュダの決定的な違いだ。
「俺のことは言っていないよな?」
「もちろんだよ、友よ。恩人を売ったりしないさ。それに、おれも解放戦線の無差別攻撃は犠牲を増やすだけだと思ってる」
猫系亜人は自身のピンと張ったヒゲを撫でた。
「すまないな、旦那。で、何を調べればいいんだい?」
「ラウディ・ヴァーレンラント。王子様の調査をして欲しい」
「……あー、そういえば、最近、騎士学校に入ったんだっけか」
情報通であるルーゴは、思い出したように言った。さすが、話が早い。
「次の標的かい?」
「それを見定めるために、調べてほしいのさ。王子が亜人に対してどういうスタンスなのか。過去に亜人への差別や虐待などしていないか、などなど」
「お安い御用さ。……しかし、旦那。あんたは学校にいるんだろう? その王子を直接見れるんじゃないのか?」
「よく見えるよ。何せ隣の席だからな」
「そうなのかい」
ルーゴは口元をニヤつかせ、目を細めた。
「どんな感じなんだい。旦那から見たヴァーレンラントの王子様ってのは」
「……悪い奴ではなさそう」
ジュダは肩をすくめた。
「貴族にありがちな平民差別もないようだった。顔がいいからな。人気者ではある」
「旦那だって、いい顔だと思うぜ?」
「ありがとう」
ガット人の美的感覚は人間のそれと違うので、あまりアテにならない。
「冗談はさておき――」
「割と本気だったんだが」
「それはどうでもいい。――王子はご友人に飢えているようだった。表面的な付き合いではなく、フレンドリーな、庶民的感覚の友人」
それと。
「かなりのお人好しではある。俺が馬を持っていないと言ったら、わざわざ手配してくれた」
「へえ、旦那にも乗れる馬だったのかい?」
ルーゴは言った。ジュダは、一般的な馬から避けられていた。魔獣のニオイを馬たちは感じ取っているのだ。馬は基本、臆病だから、その背中にジュダを乗せたがらなかった。
「馬というか……エクートだった」
馬に化けていた馬系亜人。おかげでそのエクート人の少女――トニから家族認定されて、『妹』になった。どうしてそうなるのかは、エクートの文化らしいので、ジュダにもよくわからない。
彼女も、群れにいることができず『はぐれ』だったから、その辺りはジュダとシンパシーがあったのだろう。
「王子様は、エクートだと知って手配した?」
「いいや、知らなかった」
何せ、人型――少女の姿になったトニが全裸でジュダのベッドにいるのを見て、あの乙女な王子様は――
『ハ、ハレンチっ! ハレンチだぞジュダ! ハレンチ過ぎるっ!』
そう喚いた。赤面して慌てまくる王子様は傑作だった。
エクート人は裸族なので、人型でも基本服は着ない。その時は不幸な遭遇だったが、仮に手配した馬がエクート人だったと知っていれば、ああも騒ぎにならなかったに違いない。
「ただ、亜人にもかなり寛容だったし、多少のことは目を瞑れる人だよ」
「……なあ、旦那。それはもうおれが調べるでもなく、『いい人』なんじゃないか?」
ルーゴは指摘した。そう、いい人だ――ジュダも思う。
「これまではな。ヴァーレンラント王の子供でなければ、よい友人になれたかもしれない」
だが、ラウディの父、ガンダレアス・ヴァーレンラント王への復讐を企てているジュダとしては、彼女と親しくなることはあまり望ましくない。色々突き放したり、嫌味をぶつけて嫌われようとするのだが、どうも上手くいかない。
「とにかく、何でもいい。かのじ――彼のことを嫌える要素が欲しい」
「変な依頼だな、旦那」
ルーゴは首を傾げた。
「嫌いにならなきゃいけない理由を探せ、なんてさ。それってつまり、旦那にとっては友人と言ってもいい相手じゃないか」
「……だから、困ってるんだ」
――俺の復讐に、彼女の存在は邪魔になる。
ラウディに肩入れしてしまうと、その父親であるヴァーレンラント王を殺す手が鈍るかもしれない。
王自身を殺すことに躊躇いはないが、それではあの優しいラウディが悲しみに沈むだろう。彼女のそういう姿は見たくなかった。
悪党には容赦はしないが、善人に対してはとことん甘くなるジュダだった。
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