第3話、彼女と出会うまで


 十年前、一人のスロガーヴが黄金の刃によって公開処刑となった。


 それがジュダの母だ。


 少年だったジュダは、愛する母の最期を目の当たりにした。


 処刑と聞いて駆けつけた民衆が、スロガーヴを憎み、憎悪に満ちた罵詈雑言を吐く様を見守った。


 母が一体何をした? 少なくともここに詰めかけた者たちに危害は加えていないはずだ。だが民は、母がただスロガーヴだから、魔獣だから殺せと叫んだ。


 大勢の人を殺した。なるほど、それは事実だ。だが仕掛けてきたのは、お前たち人間だっただろう?


 亜人に対して差別して迫害する――人間至上主義を掲げる悪党どもから、亜人を守るために戦った。死んだのはその悪党どもだ。


 世の中は理不尽だった。


 見世物として処刑を演出する肥えた体躯のアルタール公爵。彼は大げさに敵意を煽り、乱雑に拘束された母を嬲り、そして処刑を執行した。


「スロガーヴに死を! 黄金の刃にて、不死の魔獣を討伐せりーっ!」


 ジュダは、アルタールが切り落とした母の首を持ち上げるために髪を掴んで、民衆に見せつけた光景を生涯忘れることはできなかった。

 そして、母を捕らえて、処刑へと導き、その執行を認めたレギメンスにして国王、ガンダレアス・ヴァーレンラントの、その冷徹な眼差しも。


 王は、処刑を高台から見下ろしていた。何とも言えない不機嫌そうな表情だった。それはスロガーヴへの敵意だったのか。公開処刑の場で嫌悪感を隠そうとせず、処刑が執行された後も喜ぶでもなく、無言で退席した。


 ジュダは、そんな王の姿を忘れない。

 大きくなったら、亜人差別主義者ともども、必ず殺してやる。母の仇をとる。そう心に誓った。


 それから十年。力をつけたジュダは、身を寄せていた亜人集落が、人間との争いによって壊滅させられたのを契機に、復讐を開始した。


 王国の重鎮にして、ジュダの保護者であるペルパジア大臣を頼り、王都に潜入。エイレン騎士学校に通った。

 昼間は騎士生、夜は仮面をつけた暗殺者として王都で暗躍した。亜人差別主義者に死の制裁を。


 亜人の友人とその集落を無茶苦茶にし、平然と生きている蛆虫どもを闇討ちする。スロガーヴであるジュダ――仮面の戦士を止められる者はいなかった。その剛力は、騎士を甲冑ごと切り裂き、武器を砕き、屍の山を築いた。


 そして差別主義者は、返り血に染まった悪魔の仮面を見ておののく。亜人や悪魔への罵声を浴びせ、その後みっともなく命乞いをし、そして死ぬのだ。


 貴族たちに死の制裁――コルジャント男爵、ハーグラー伯爵、そしてクランスハイド子爵を立て続けに血祭りに上げた。


 十年前のあの日以来、ジュダの復讐リストのトップにいたアルタール公爵に、十年ごしに復讐の時がきた。



  ・  ・  ・



「き、貴様はっ!? ま、まさか、スロガーヴ!?」


 あの頃よりもさらに醜く太った豚の如き公爵は、切り落とした母の首を悪趣味にも保存しており、それがなおジュダの怒りを買った。


 その腕を切り落とし、そして断頭台の一撃にも等しいジュダの斬撃が、憎き公爵の首を刎ねた。


 ――どんな気分だ? お前が狩ってきた頭と同じ目線になるというのは?


 アルタール公爵を始末した結果、ジュダが復讐するのは、ヴァーレンラント王のみとなった。


 ……その時はそう思っていた。だが運命というのは意地悪だった。



  ・  ・  ・



 王の息子であるラウディ・ヴァーレンラント王子が、エイレン騎士学校に編入する。


 その話を聞いたのは、クラス担当のジャクリーン教官の、補習という名のストレス発散に付き合っていた時だった。

 剣を振り回すことが好きな武闘派教官のジャクリーンは、剣を構えてこう言い放った。


「ヴァーレンラント王子がクラスメイトになると聞いたらどう思う?」


 別に、と答えたジュダだったが、内心は憎悪が吹き荒れた。母を殺した男の息子だと?――と。


 そして願った。どうか王子が嫌な奴でありますように、と。


 アルタール公爵のようなバリバリの亜人差別主義者であってくれたなら、容赦なくぶち殺すことができる。


 直接面識がなかったから、どうにも感情が乗らなかった。王族というだけで、苛々してきたものの、やはり実物に会わないと殺意もくそもなかったのだ。


 その翌日、ラウディ王子が騎士学校にやってきた。


 煌めく金髪に、深海色の瞳。中性的であるが凜々しく、なるほど美形であった。線は細く、男として見るなら、力はさほどなさそうというのが、第一印象だった。


 ヴァーレンラント王を敵と認識しているジュダからすれば、この王子もいつか『敵』となるのだろう、と漫然と思った。


 だが――数日後、ジュダの隣の席にラウディがいて、友人認定された。


 どうしてこうなった?


 きっかけは、やはり授業での模擬戦となるだろう。


 美形で、線が細いが、さすがはレギメンス、光のオーラを持つ一族に生まれた王子。その武術の腕前は相当なもので、模擬戦でクラスメイトとなった騎士生たちを圧倒した。


 関わり合いになるのを避けようと立ち回るジュダだったが、なりゆきから王子と模擬戦をすることになった。


 適当に武器破壊をしてお茶を濁すつもりだったジュダだが、レギメンスオーラの前につい力を入れて当たってしまい、王子を投げ飛ばしてしまった。


 そのやり方が騎士生らしくないと、クラスメイトたちから顰蹙ひんしゅくを買ったが、元々クラスでの評判がよろしくないジュダは、まったく気にしなかった。願わくば、王の暗殺が済むまで、あの王子と関わり合いにならないことを祈った。


 しかし、その期待も虚しく、ジュダは、王子の部屋に呼び出された。


 ――俺がスロガーヴであることがバレたか……?


 レギメンスのオーラをジュダが感じるように、ラウディ王子もまた、感じ取ったのではないか。

 結果から言えば、まったくの杞憂だった。


「君も気づいた、だろう……? その、私の股関に触れて――」


 模擬戦で腕と肩が接触した時の話である。


「私が、女だってこと」


 ……は?


 これには度肝を抜かれた。模擬戦で体が接触した時、男ならあるはずのそれがないことに、ジュダが気づいたのではないか――ラウディはそれで性別が露見したと思い、口止めのために呼び出したのだった。


「はあっ!?」


 まったく気づいていなかったジュダである。


 かくて、ラウディは自爆という形で、自身の秘密を明かしてしまった。期せずして、ジュダは王子の弱みを握ったことになる。


 いざという時に脅迫材料があるのは悪くない。それを胸に秘め、彼――いや彼女、ラウディの秘密は口外しないと約束した。必要な時に、この切り札を使おうと内心では、ほくそ笑んでいたが。


 自分から暴露してしまった手前、それでラウディは納得したようだった。

 だが、そこから何故か、ジュダはラウディに気にいられて、半ば付きまとわれることになる。


 まさかの宿敵の息子、否、娘から『友人』認定されてしまったのだ。

 それが、彼女との付き合いの始まりだった。

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