第2話、復讐者ジュダ
「仮面の戦士って知ってるかい?」
それは王都エイレンの住民に囁かれる噂。
「鉄の仮面をつけた男だ。くり抜かれた二つの目には、魔獣のような金色の瞳が光っていて、遠くから見ると口元が笑っているように見えるんだそうだ」
それは大罪人だ、と人間たちは言う。その罪とは――
「貴族殺し。……先日の伯爵殺しも、仮面の戦士の仕業らしい」
一年前から、王都とその周辺で活動する正体不明の暗殺者、それが仮面の戦士だ。王国軍がその行方を探し、討伐しようとしているが、いまだ捕まっていない。
「人の姿をしているけど、その正体は魔獣か悪魔だって話だ」
その怪力は、鎧をまとう騎士すら引き裂いてしまう。貴族の屋敷に押し入っては、警備の騎士や兵もろとも殺戮する。
辛うじて生き延びた者たちは言う。仮面の戦士が現れた、と。
人間たちが恐れている一方、亜人――獣の顔や耳、尻尾などを特徴を持った人型かそれに近い種族の者たちに言わせると、また違った感想が出てくる。
「殺された貴族、また亜人差別主義者んところだ」
「普段の行いのバチが当たったんだ」
「差別主義者が減れば、オレたちも住みやすくなるのかねぇ……」
仮面の戦士が、殺すのは亜人を差別し迫害する貴族や有力者たち。言ってみれば、亜人たちから嫌われている者たちだ。
王都エイレンでの仮面の戦士に対する感情は、人間と亜人で、ほぼ正反対だった。
・ ・ ・
クランスハイド子爵邸。夜にも関わらず、煌々と松明が焚かれ、警備の兵が敷地に目を光らせている。
屋敷の主、クランスハイド子爵は震えていた。ベッドでシーツを被り、ガタガタと恐れおののく。
「来る……。ヤツが……来るっ……!」
月のない晩に現れる貴族殺し! コルジャント男爵も、ハーグラー伯爵も殺された。そうなれば次は――
「ひいっ!?」
ドン、と一階入り口の方で、ドアを蹴破られるような音がした。何事だ、と誰何する声が響く。
――本当に来たァッ!!
クランスハイドが震えている頃、屋敷入り口に、騎士や兵たちが集まっていた。そんな彼らの前に現れたのは――
「仮面の戦士っ!」
「殺せぇーっ!」
警戒していた相手が現れ、騎士が剣を抜いた。兵たちが一斉に突撃し――次の瞬間、先頭の一人が真っ二つになった。
黄金に輝く目が仮面の奥で光っている。仮面の戦士の手には厚みのあるブロードソード。そのサイズでは並の兵でも両手でようやく持てそうな重量だが、その男は片手で軽々しく振る舞う。
背丈は普通だ。それにも関わらずブンブンと振るわれる剣は、人体をバターのように切り裂く。一人、二人――と、薪を切るより容易く。悲鳴と絶叫が連続する。
「――マーク、ラッドウェル。……バウロ」
血が飛び散り、壁や床を染める。崩れ落ちた屍を越え、影をまとったような仮面の戦士は、まるで散歩中のように進む。
――所詮はこの程度か
仮面の戦士、ジュダ・シェードは無感動な目で、向かってくる『敵』を見つめ、そして刹那、切り捨てていた。
返り血に染まるマント。ジュダは手にした長剣を悠然と構える。鮮血にまみれた刀身が、ゆるりと振りあがり、恐怖にかられた騎士が剣ごと真っ二つになった。
靴音を響かせ、奥から新手が現れる。甲冑の類はなかった。ただ魔石の設えられた杖を手にしており、一目で魔術師であることがわかる。
魔術師は杖を掲げる。攻撃魔法を使おうというだろう。杖の魔石から魔力を引き出し、それを具現化させる。術者は何事か――魔法を具現化させる補助として言葉か呪文を口走るが――
「無駄だ」
ジュダ――仮面の戦士は一歩を踏み出し、加速した。同時にその黄金色に輝く目が、魔力の流れを捉え、具現化しようとしている魔法を網膜に焼き付ける。
解体。
黄金の目は、いままさに発動しようとしていた魔法を砕く。術者は、発現されるはずの魔法が消滅し、驚愕の表情を浮かべた。
――当たり前のように使えるそれが使えないのはどんな気持ちだ?
スロガーヴの黄金の目。それは魔眼。見る者を射すくめ、魔の力を砕く。
斬! 魔術師の胴体がいとも容易く真っ二つとなる。
ジュダは扉を蹴破った。そこにあったものに唾棄すべき怒りがよぎる。
亜人差別主義者のクランスハイド。亜人の体の一部を切り落とし、それをトロフィーとして飾る変態。
言葉は出なかった。ただ腹の底から煮えたぎる熱のような感情が迸っていた。
さらに奥へ。立ち塞がる兵士が三人。クライスにジーン、それとコリンズ。この屋敷に踏み込むまでに、そこにいる人間についても調べた。前の二人は死罪。コリンズは、主の行いに嫌悪感を持っていた。
――こいつだけは見逃してやる。
仮面の戦士は踏み込む。競うように亜人虐待をしていたというクライス。そしてその子供を笑いながら押さえつけていたジーン。この屋敷の人間の大半は、亜人に対して優しくない。
「邪魔だ」
立ち尽くすコリンズを飛び込んだ勢いで蹴飛ばす。後ろの扉をぶち開ける重りとなるコリンズをよそに、仮面の戦士はクライスとジーンを瞬殺した。
そのまま領主の部屋に入る。ベッドの上で震えているのはクランスハイド子爵。慌ててシーツを被って縮こまる貴族の姿に、ジュダは心底見さげ果てる。
「お前は、跪く亜人を――」
「ひぃえぇぇっ! 助けて! 助けて!」
「お前は助けを乞う亜人の言うことを聞いたか?」
「ぎゃああああああああっ!」
「うるさい」
仮面に血が飛んだ。また、一人、この世から亜人虐待の差別主義者が死んだ。
これがジュダ・シェードだ。苛烈な亜人差別主義者を、苛烈な襲撃で惨殺していく。恐るべき復讐者だ。
人間の、その他種族への敵意、虐待を許さない。そこまで深い憎悪を身の内に秘め、粛々と、世の理不尽を裁く。
ジュダを復讐者へと変えたのは、十年前の事件まで遡る。彼はそこで、最愛の母を亡くした。
亜人差別主義者たちによって。
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