乙女な王子と魔獣騎士【WEB版】

柊遊馬

第1話、王子と騎士見習い


 ジュダ・シェードは、エイレン騎士学校の生徒である。


 目元を覆うように伸ばした黒い前髪。灰色の瞳に、無気力な表情。一見すると派手さのない、やや背の高いありふれた騎士生である。


 正直、愛想がないので、クラスメイトからは敬遠されがちな男だ。

 しかし、最近騎士学校を賑わせたヴァーレンラント王子の転入後の事件から一転、彼を取り巻く環境は激変した。


「なあ、ジュダ。君、聞いているかい?」


 そう声を掛けたのは、煌めく金髪の涼やかな美少年だった。深海色の瞳に、整った顔立ち。長い髪は後ろで束ねているが、線が細く、中性的な雰囲気がある。

 絵に描いたような美形の王子様が、上目遣いでジュダを見上げてくる。


「ジュダ、返事は?」

「すいませんが、何か言いましたか?」


 ジュダが素で返すと、周囲の視線を惹きつけて離さないラウディ王子は、深々とため息をついた。


「君だけだよ。私が側にいながら、平然と話を聞いていない人間は」


 人間は、か――ジュダは内心ニヤつく。随分と意味深な言い回しに聞こえてしまうのだ。それは、ラウディがジュダの正体を知らない故でもあった。


「あ、またニヤついたね」


 ラウディはムッとしたような顔になった。


「また、してやったり、ってほくそ笑んでいるのだろう。本当に君というやつは、とんでもなく性根がねじ曲がっていて、意地悪ときている。少しは自重じちょうしてくれよ」

「そのとんでもなくへそ曲がりで、意地の悪い男を、側においているあなたサイドにも問題はありませんか?」

「おや、私の人選ミスとでも言いたいのかな、ジュダ君」


 ラウディは皮肉げに横目を向けてくる。


「君は知らないだろうけれど、私はこれでも人を見る目には自信があるんだ。この国の王子だからね」


 その平坦な胸を張るラウディ。ジュダは今度こそ微苦笑を浮かべた。


 ――あんたは人を見る目はあっても、怪物を見る目はないんじゃないか。


 黄金の力、レギメンスを持つヴァーレンラント王国の王子。邪悪なる者を討つ光の一族に生まれたラウディ。人々は、伝説の化け物を倒してきた一族であるレギメンスを敬愛し、尊敬を抱く。


 ――俺は、レギメンスを敬う気は欠片もないが。


「なんだ、何がおかしいんだ、ジュダ」


 ラウディは腕を組んで睨むような目を向けてくる。ジュダは肩をすくめた。


自嘲じちょうしたんですよ」

「うん?」


 他愛のないやりとり。本来なら一騎士生と王子が、軽口を叩くなんてとんでもないことだ。


 しかし、今はラウディもまた騎士学校の生徒。ジュダとは同期であり、クラスメイトであり、貴重な友人でもあった。

 周りが騒がしくなってきた。


「ラウディ様ー!」


 後輩女子騎士生たちが感極まってラウディに遠くから声を掛ける。ラウディは背筋を伸ばすと、柔やかに微笑んで手を振る。それだけで後輩たちは『キャーキャー』騒ぎ出す。

 とんだ猫被りである。


 人気者の王子様。未来のヴァーレンラント国王。中性的ではあるけれど、俗っぽい言い方をすればイケメンというものである。


 だが、ラウディには、人には言えない秘密がある。身内の極一部、限られた者たちしか知らないその事実。王国の未来を大きく揺さぶりかねないスキャンダルを秘めた事実。


 この美形王子は、実は『女』なのだ。



  ・  ・  ・



「ねぇ、ジュダ」


 寮の部屋で、二人っきりになった途端、ラウディは甘えた声を出した。外での王子様は鳴りを潜めて、乙女の顔になる。


 これには、ジュダの心が掻き乱される。表情には出さないようにしても、内心では、こういう乙女な彼女は、とても可愛らしい。……それを絶対に、口には出すまいと思っているが。


「何ですか? 今日はいつになく近くないですか?」

「そうかな? いつもこれくらいだと思うけど」


 すっと、半歩、ラウディは寄せてきた。


「こう、かな?」

「わざとやってません?」

「意味がわからないなぁ。わざとも何も、わたしと君との距離なんて、正確に測ったことがないし」

「俺も物差しは持ち歩いていませんからね。残念です」

「なにそれ」


 くすり、とラウディは笑った。このお姫様には、そういう穏やか笑みが似合うとジュダは思う。決して、本人には言わないが。


 ジュダは自然に距離をとって窓へと歩く。ゾワゾワと共にピリリとした小さな痛みが離れる。

 ラウディは、ジュダのベッドを椅子代わりに座った。


 ――またこの人は、人の部屋の人のベッドに勝手に座る。


 ジュダの部屋である。騎士学校で個室を与えられている身分だから、他に誰も見ていない。とはいえ、王子のファンたちが見たら良くも悪くも発狂するのではないか。


 ――もしラウディが、俺の『正体』を知ったら、彼女もまた発狂するか。


 口には出さない、いや出せないことをジュダは飲み込んだ。


 この無表情な騎士生、ジュダは、実は魔獣である。


 忌まわしき悪魔。不死の魔物。その名は、スロガーヴ。


 人の姿をした最凶最悪の獣。剣で斬とうとも、槍で突き刺しても、矢の雨や魔法を浴びせても平然と生きている伝説の存在。


 万の兵隊を単独で虐殺し、小国を滅ぼした。

 その魔獣の血を受け継ぐジュダは、正体を隠して、人間社会に溶け込んでいる。……かつてスロガーヴであるからという理由で処刑された母の復讐のために。


 そう、不死身の化け物と言われたスロガーヴにも弱点は存在した。それが不死身を不死でなくした者こそ、レギメンス。光の力を持った一族。天が悪を裁くために、人に授けた神聖なる力。スロガーヴに世界が支配されなかった一因。


 不死身の魔獣スロガーヴであるジュダ。そして、それを倒す力を持つレギメンスであるラウディ。


 さらに言えば、ジュダの母を死に導いたのは、ラウディの父である国王ガンダレアス・ラーレイ・ヴァーレンラントである。つまり、友人として振る舞うジュダが見つめる少女の父親は、仇なのだ。


 だが、その関係を、ラウディは知らない。ジュダを貴重な友人、自分が女であるという秘密を共有している親友だと信じている。


 復讐すべき敵の一族、その娘であるラウディ。しかし、ジュダは、そんな彼女と奇妙な関係にあった。それを、彼自身も認めている。

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