意義


「バイトか…」


お金を稼ぐことができるのは今の私にとってはものすごく嬉しいことだ。ただ、もう私は生きることに疲れているのだと思う。ここしばらくの間、魅力的なもの、楽しい気持ちにさせられたものなど何一つなかった。だから、今更飛び降りる前の状況に戻ったところで何かいいことが起こるわけでもない。ただひたすらに何も考えないで同じ生活を毎日繰り返すだけだ。手術が成功すればまたそんな生活に戻るだろう。店長があの話を私にした時点であの店でバイトとして働くのは変えることのできない運命のようなものだ。お世話になった店長の優しさを裏切ってしまえば後ろめたさが心の中に残り続けてしまう。だから今夜しかない、病院から脱走して行方をくらます。誰にも居場所がバレていなければ捜されることなく何かしら命を絶つ方法を見つけられるだろう。今夜に備えて僕は軽く眠りについた。




夢の中では今までの私の人生の映像が古びた映写機から映し出され、私はただそれを映写機の横に座りながら眺めている。映写機以外には何もなく、ただただ暗闇、いや虚無と言った方がぴったりだろう。それが辺り一面に広がっている。映像を見ていると次第に私の胸が苦しくなってくる。私のレゾンデートルは一体なんだったのだろうと考えてみる。昔からこれといって得意と言えるものがない無個性の人間なのだと改めて思い知る。映像を眺めていると私が高校2年生の時に書いた遺書に書いた文字が映し出された。


『得意なものを生かして生活する社会というものにおいて、得意なものがないというのは必ず誰かしらの劣化として生きていかなければならないということです。そんな人間が社会の厄介者として誰からも見放され、白い目で見られてしまいます。私がこのまま大人になったらそうなってしまうのは明白です。そんなのは絶対に嫌です。でもどうしようもないのです。意地悪な神様がそう決めたのだから。だから、そうなってしまう前に私は人生を終わらせます。今までありがとうございました。』


私の姿が再び表示されてた。先ほどまでの学生服とは違い白い無地のTシャツを着ていて、髪型も変わっていた。遺書を勉強机の棚にしまって私は外に出る。目的地は駅。そこから電車に乗って数分、電車を降り、電光掲示板を見る。『特急』と書かれている文字を確認する。ここは特急が通過する駅だ。アナウンスが聞こえ、電車がホームに猛スピードで入ってきた瞬間、私はホームから飛び出す。


そこで映像は止まった。記憶が正しければ誰かに思いっきり腕を引っ張られて体勢を崩し、しばらく何も考えられないままホームの黄色い点字ブロックの横に座り込んだまま佇んでいたはずだ。でもなぜか流れない。私はすぐにその意味を理解した。私は立ち上がる。映写機に一度手を触れ、歩き出す。虚無の中をただひたすら歩き続ける。それから少しして私は目を覚ました。

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