ストレガトディ⑦

「………っ、ぁ…あ?」


 目が覚めると青黒く染まった空を仰ぎ見ていた。どうやら俺は今 旧校舎の屋上にいるらしい。


 ただし後ろ手に手錠をかけられ貯水槽の手すりに拘束されている状態だが。


 新手の調教プレイだとすれば唆るモノがあるが、問題はどうして俺がそんな変態的プレイに興じているのかという記憶が欠落していることだ。


「目が覚めたみたいですね」


 月明かりに照らされ、黒髪をかき上げながら声をかけてきたのは霧島桐子だった。


 眼鏡を外し妖艶な笑みを浮かべている彼女の雰囲気は初めて遭った時とは大きく異なっている。


「……近頃のカウンセラーってのはまでしてくれるのかよ。次はムチと蝋燭でも持ってくるのか?あいにく俺ぁ、そっちの趣味はなくてな。この手錠を外してくれりゃあベッドに行ってゆっくり相手してやれるぜ?」


「時間を稼ごうとしても無駄ですよ。神裂さんの携帯電話はあの時壊しましたから、相棒の助けを呼ぶことは出来ません」


 言われ、校舎裏での出来事がフラッシュバックした。


 霧島が現れた瞬間 彼女の影の中から無数の触手が現れ俺を打ち据えたのだ。その衝撃によって俺は意識を失ってしまったのだろう。


「思い出してもらえましたか?」


「ああ、思い出したよ。アンタが薄汚ねぇクソ魔女ビッチだってこともな」


 音もなくソレは現れた。


「………っ、」


 霧島が傍に抱えていた本を開いた瞬間 彼女の足元から触手が波のように押し寄せ、俺の喉元数センチのところで止まっている。


「………魔女術ウィッチ・クラフトか。手に持ってるソレは魔導書の類いだな」


「ご明察の通り、神話探偵という名は伊達じゃないんですね」


「そのクソダセェ呼び名、あんまり好きじないんだけどな。お次はなんだ?お姉ちゃんコールガールでも呼んで盛り上げてくれるのか?」


「嫌いなのは、だからですか?」


 瞬間、俺の中でナニカの千切れる音がした。思わず身体を動かしたせいで腕の筋肉に手錠が食い込み、突き出された触手によって首筋が薄く切り裂かれる。


 それでも、滴り落ちる血も気にせず俺は霧島を睨みつけていた。


「あはっ、少しは本気になってくれましたか?」


「………お前、何が目的だ」


「私は貴方に興味があるんです、神裂さん」


 薄気味悪い笑みを浮かべ霧島は足元に置いていたバッグの中から手のひらサイズの小瓶を並べていく。


「コレが何か分かります?」


「………収魂器カノポス壺か」


「正解。子どもは素直ですよね、自分が悩んでいるなら、ちょっとしたお呪いにでも縋らずにはいられない」


 黒ミサ様のお呪いを流行らせたのは霧島だろう。他愛のない怪談として生徒たちに認知させ、自分の相談者獲物にだけ本当の遣り方を伝える。


 陰険で姑息で、如何にも魔術師魔女らしい手口だ。


「この儀式は術者が自ら神の供物となり、魂を差し出すことを了承することで完成するんですよ」


「……お前がそうさせたんだろう」


 ガキ共は多感な時期だ。色々な悩みを抱えた結果 死んでしまいたい、と思うこともあるだろう。だがそれは神の生贄になりたいなどと願っているわけじゃない。


 この女の悪意がガキ共の背中を押したのだ。


「でも橘さんは自力でその事に辿り着いてしまった。私が魔術師魔女だとはさすがに気付いてなかったとしても、真実に近づきすぎた」


「だから口封じしたのか」


「誤解しないで欲しいのですが、あの日は彼女の方から私を呼び出したんですよ。そして意識を失って倒れた生徒たちに何をしたのかと問われたので、を見せてあげただけです」


 霧島は自慢するように自らの犯行を詳らかにしていく。まるで探偵に追い詰められた真犯人のようだ。


 一つ問題があるとすればこの場合 探偵は拘束されていて、追い詰めているのは犯人側という点だが。


「お寒い一人朗読をどうもありがとうよ。それで?俺はどうしたら良い、わぁーすっごぉーい!とでも言ってハグすれば良いのか?でも両手コレがなぁ」


「安心してください。イドラに捧げる魂は信者のものが最良ですが、品質に拘らなければそこらの人間でも十分なんですよ」


 と、再び霧島が脇に抱えていた本を開く。


 ああ、そうか。真相に迫っていた橘薫がそうであったように、自ら儀式を行わなくてもはあるのか。


「……クソったれぇ」


 周囲で蠢いていた触手が一斉に俺の身体に巻きつき押さえ込んだ。


 直後、神経を直接 ハンダゴテで焼かれるような激痛が全身に走る。身体が硬直し指先一本動かすことが出来ない。


√﹀\_︿╱﹀╲/╲︿_/︺╲▁Ego sum umbra obscura, velamen dirimens ties


 霧島の詠唱は止まらない。悍ましい音が吐き出される度、体の奥底から何かが剥がれ落ちる感覚が広がっていく。

 

「……っ、ぁ…が…ッ」


 心臓が早鐘を打ち視界が明滅してくる。混濁した意識が途切れかけた瞬間——————、


——————彈彈彈ダンダンダンッッ‼︎‼︎


 連続して空気を切り裂いて響き渡る発砲音と同時に触手の群れが弾け飛んだ。

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