第三話 ストレガトディ

ストレガトディ①

 その日 俺はラジオから流れる競馬の中継を聞きながら首を捻っていた。


 目の前には今や紙ゴミ同然となってしまった夢のカケラたち馬券が広げられている。


 当初の計画ではそのまま諭吉と同じ価値になる筈だったのに。


「……瀬後せごさんよぉ、世の中ままならねぇことばかりだよなぁ」


 馬券を買う時はしこたまの希望を詰め込んでクリスマスのプレゼントを待つガキのような心地なのに、いざ外れてしまうと寧ろ清々しい気分になるのは何故だろう。


「おい、二酸化炭素を垂れ流すだけのウンコ製造機神裂。何度言われれば分かるんだ、ウチの店にそんな汚ねぇモンを持ち込むんじゃねぇ」


神裂探偵事務所ウチの下にあるバー・カダスの店長 瀬後せごさんがグラスを拭きながら唾を吐き捨てるように言った。


「良いだろ別に、客なんざ俺しかいねぇんだからよぉ」


「金を払わなねぇ奴を客とは呼ばん」


 この店と来たらに対して一杯の水すら出しちゃくれない。


 俺が何をしたって言うんだ?何もしちゃいない。金が無いから未だ注文出来ないだけじゃねぇか。


「あー、あー、どっかに1億円くらいおっこちてねぇかなー」


「お前はまず、その0.0001%でも真面目に稼ぐ努力をした方がいいな」


 小数点の計算は面倒くさいので割愛する(決して出来ないわけじゃない)が、何となく馬鹿にされたのは分かる。


 俺が反証するために競馬雑誌を開くのと、カダスの扉が開き店内に客が入ってきたのはほぼ同時だった。


「いらっしゃい」


 営業意欲がカケラも感じられない態度で瀬後さんがぼそりと呟いた。そんな態度だからこの店は流行らないのだ。


「あの、ここに来れば神裂さんという方とお会い出来ると聞いて来たのですが」


 随分と丁寧な口ぶりの客に俺が視線を上げると、入り口で立っている爺さんと目が合った。


 爺さんはこんなしみったれた場末のバーには似つかわしくない、上品な佇まいをしていた。


「神裂は俺ですけど」


 と、言って改めて見るが覚えはない。

 さすがの俺もこんな年配の方に金の無心をしようと思わない、勿論シラフの時はだが。


わたくし、こういう者です」


 爺さんは優雅な手つきで小脇に抱えていたハンドバッグの中から一枚の名刺を取り出した。


 私立御津門学園 理事長 網野貞治あみのていじ。差し出された名刺にはそう記されていた。


「是非、神裂さんにご依頼したい事がありまして。ギムレットをお願い出来ますかな」

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